Fibber&Wimp
警告灯の灯りが闇を舐め、Keep Outのテープが場を切り裂き、ざわめきが静寂を乱す。
そんな様を横目で見ながら、俺、私立探偵ジェフリー=クロウズは、一人煙草を吹かしていた。
別段、高みの見物って訳じゃ無い。
いや、むしろそれだったならば、どんなに良かった事か。
それは、実にありふれていて、かつ、つまらない話だった。
少々面倒な仕事を受けた。良くある話だ。
内容は勘弁してくれ。こんなちんぴら探偵にも、守秘義務って奴はあるんでね。ただまあ、そんなに手間の掛るものでは無かった、とぐらいは言っておこう。精神的な面倒と、実際の手間は別物だ。
本当に面倒くさくなったのは、依頼を進める内に、どうやらお上が同じターゲットを追っているようだと気付いた辺りからだった。
どうしたものかと考えたのは僅かな間で、依頼を済ませた上で、引き渡す事にした。
そっちの方が何かと後腐れも少なそうだったしな。
とは言え、こっちも脛に傷を持つ身、必要以上にお上に関わり合いを持つなんざ、命取りになりかねない。
直接引き渡すなんて、脳みその軽い真似はせず、逮捕できるよう仕向けてやったと言うわけだ。
普通ならこれで万々歳。俺も依頼を済ませてギャラを受け取り、安酒で全てを流してお終いにする、その筈だった。
会った事も無い相手にするにしちゃ、運命の女神様とやらは、いささか意地悪が過ぎやしねえかね。
万々歳とはいかせてくれない材料が二つばかり、俺の目の前に飛び出した。
一つは、その関わっていたお上に、知り合いがいたって事。
もう一つは、その知り合いが、なぜかは知らないが、俺が関わっているって事だけは、嫌に敏感に嗅ぎ付ける奴だって事だ。
まあ、正直な話、奴さんが関わっているって事に気付いていないって訳でも無かったんだが……。ま、知っている顔がまごついているのを、ただ見ているだけってのも出来ない性分なんでね。
ふん。まったく損ばかりするよ。
俺が、そんなつまらない事を考えながら、煙草を二本ばかし煙と灰へと変えた頃、ようやくに件の相手、市警察捜査官リサ=イヴンハートがやって来た。
「お待たせ」
と、三文芝居のような台詞と一緒に。
「ああ、待った。勘弁してくれ。暇じゃ無いんだぜ」
俺の言葉に、リサは肩をすくめて、
「悪いわね。あんた暇じゃ無いって事は、日々昼寝に忙しいって事も含めて、知ってるわよ」
けっ、言ってろ。
俺は残り少なくなった煙草を捨てた。
事が終わったって言うのに、こいつが俺を留め置く理由は解っている。
妙な事を押し付けるか、妙な事を要求するか、そのどちらかだ。
解り切ってはいるが、一応訊いておこう。
「で? 何の用があって、人を拘束した? 言っちゃなんだが、今さらお前達の手を煩わせるような真似はした覚えがねえぞ」
俺の言葉に、何が楽しいのか、リサはふふんと言った感じの笑いを浮かべる。
「警部殿からの伝言。『何も言わずに受け取るか、何も言えないくらいの物を寄越せ』」
「………………」
リサの上司、アルフレッド=マコーウェル警部殿の顔を思い出しながら、俺は軽く眉根を揉んだ。
ゼンモンドーみたいな物言いだが、要はこう言う事だ。
善意の協力者として感謝状と報奨金を受け取れ。
もしくは、報告書の体裁が整うくらいの、手伝った理由を言え。
前者は論外だ。警察に追われる事はあっても、感謝されるような「悪事」を働いた覚えは無い。第一、同じ依頼で二重に依頼を受けない、二重にギャラを受け取らないのは、俺のポリシーだ。
後者はまあ、考えない事も無い。お役所向けの作文なんて物が、俺には一切書けないって点に目を瞑れるのならば。
「お前は、どっちだと思っているんだ?」
「どっちも」
即答しやがった。
「前者はあんたからすれば論外。後者は、そうね、……人間、何事にも向き不向きはあるって感じかしら?」
そこまで解っていて、わざわざ口にするか、普通?
「あんたが、そのどちらか素直にしてくれるか、素直に他人の言う事を聞く、普通の人間ならね」
けっ……。
俺は新しい煙草を取り出した。
「前者は論外だ」
「プロがタダ働きするの?」
ふん。
俺は煙草に火を点ける。
「タダ働きなんざしねえ。だが、それ以前にルールを破る事もしねえ。それだけだ」
「ふうん……」
おい、その妙に満足げな顔は何だ?
「じゃ、理由の方ね」
「そうだなあ……」
俺は煙草を一吹かし。
「ま、点数稼ぎって事にしておけ」
くわえたまま、煙を口元に漂わせる。
「男ってのはなあ、惚れた女相手の点数稼ぎなら、損得勘定なんて放り投げた事をしでかすもんさ」
実際のところ、そう言った状況の男って奴は、根性が三倍くらいになる代わりに、知能指数が百分の一ぐらいになっているっぽいな。そうでなきゃ説明がつかない事が多すぎる。
それはさておき、俺の言葉を聞いたリサの顔こそ見物だった。
カートゥーンの見本のように、短い時間の間に表情が変わる変わる。
ようやく落ち着いた時には、目元は不機嫌、口元は緩むと言った、実に不思議な表情を見せていた。
そんな顔のまま腕を組んで考える事数秒、リサはやおら俺の口から煙草を奪い取った。
「おい」
そのままくわえて、乱暴に吸い込む。
案の定、激しくむせた。
お前、そんな吸い方出来る程、慣れちゃいないだろう。
それでもすぐにコツが解ったらしく、落ち着いた吸い方になった。
いや、どちらかと言うと、どこか不機嫌な吸い方になったと言うべきか。
「何それ。嘘つくんなら、もう少しマシなものつきなさいよ」
茶化す様子など微塵も無いリサの目を見る事数秒、俺は肩をすくめた。
「ああ、嘘だよ。大嘘。これより下が無いってくらいの、つまらない嘘だ」
そのまま、芝居がかった仕草で数歩歩いて振り返る。
「どうだ、これくらい馬鹿馬鹿しい事を並べりゃ、それ以上何かしようって気にもならねえだろ? だから、この嘘で通せ。オヤジも、笑って過ごしてくれるさ」
リサは俺の言葉に応えない。
少しの間、時計なら数秒、俺の感覚では経過すらおぼつかない重い間を経て、ようやくに口を開いた。
「ジェフ、あんた、本ッ当に、馬鹿だったのね」
今さら気付いたか。
「もういいわ、行ってちょうだい。こっちで何とかするから」
まるで犬か何かを払うように手を振るリサに、俺は黙って背を向けた。
ふん、なら、最初からそうしろ。
腹の中で、そう毒づきながら。
色々やっている内に、気付けば随分と時刻は遅くなっていた。
こりゃ、クライアントへの報告は明日だな。
ま、依頼達成なんで、満足はしてもらえるだろう。それが幸せな事かは別として。
俺は煙草を取り出し、火を点けた。
一人夜の街を歩く俺の口から、煙と共に言葉が漏れ出す。
「ああ、そう。嘘、嘘、大嘘だ。……嘘でなきゃならねえんだよ」
発した俺自身、なぜ漏らしたのか、どんな意味があるのか、良く解らない事だった。
リサ=イヴンハートは、遠ざかるジェフリー=クロウズの背中を目で追いながら、残りの煙草を吸った。
聴覚を夜風の巻く音が支配する中、チリチリと火が煙草を焦がす音が、やけに届く。
残り少なくなったそれを、吐き捨てるように口から離した。
一呼吸置いて、言葉が漏れる。
「ばか……」
それがどちらに向けて発せられたのか、リサには良く解らなかった。
サークル名:POINT-ZERO(URL)
執筆者名:青銭兵六一言アピール
ハードボイルド調小説を中心に、書いています。他にはガンダムの二次創作なども。今回の作品は、拙作「ジェフリー=クロウズ・シリーズ」のショートストーリーです。本編の合間にあった、そんなエピソードです。