Bird a basket

　この世界には、火を掲げ、月を拝む聖夜と呼ばれる祭がある。王国の人々は一夜限りの祭に様々な期待と願いと希望を託す。夜に人々が集まり、広場に聖火を灯し、聖火を囲いながら祈りを捧げる。この火はやがて希望と願いを呑み込み、天へ昇る。そしてこの火はやがて世界を救う勇者を生み出す生命力と信じられてきた。
　こうやって、王国は神聖な火の輝きを天に掲げて発展してきた。
『我々の世界を救う勇者、我々の世界を守る救済者の再来を願う』
　人々は中心に添えられた高々と燃える聖火に跪き、祈りを捧げていた。
　──今、この王国は突如目覚めた魔王という存在に脅かされていた。
　魔王は勇者の誕生と同時に生まれると伝えられている。魔王は勇者と同じ血を引く存在。ふたりは身も心も繋がった状態で生まれる。そして神が戯れのようにふたりの運命を分けるのだ。
　だが、王国の人々はまだ勇者を見つけ出せずにいた。魔王の手がすぐそこまで迫っているのに、希望となる勇者の存在には気付かなかった。勇者以外では魔王を倒せない。希望も見いだせないまま魔王は幾多の人の命を奪い、世界を恐怖に曝してきたのだ。今も魔王は王国を狙って配下を送り込んでいる。
　王国内で一大イベントである聖夜という神聖な祭り事に使う炎は今まで見た炎よりも大きく、赤々と燃えていた。人々は祈っていた。救済者の再来を。救済者は、どこにいるのか。

　ある孤島の森の中。旅の服を身につけ、剣を腰に携えた男は一人であてもない旅をしていた。時折迫り来る魔物を打ち倒しながら道を開く。足場の悪い道を歩きながら次なる目的地を探っていた。
　もちろん、あてもない旅。目的地がきっちり定められているわけではない。先程、小さな村を後にしたばかりだ。村は良いところだった。人々が畑仕事に従事し、手作業で果物や野菜を育てていた。のどかな空気に魅力を感じた男はその仕事に数日間従事し、果物や金貨を得ていた。
　果物は甘酸っぱい味がした。そして瑞々しかった。乾いた喉を潤わした。太陽のような色をした果物は男の全てを満たしていた。そして元気を取り戻した男は再び歩き始めたところであった。
　実の所、男はある衝動に駆られていた。それを探るために旅をしていると言っても過言ではない。そう、夜になると決まって同じ夢を見る。
　美しい男が厳かな城に住み、冷笑を浮かべながら配下達に囲まれる夢だ。男の顔は自分によく似ていた。だが、目が覚めればまた一人、あてもない旅人になっている。意味の無い夢だと最初は切り捨てた。しかし、夢は日を追う事に色濃くなっている。最初は美しい男の輪郭は朧気なものに過ぎなかった。それなのに今は男の表情や顔立ちまで鮮明に描けるのだ。この夢が意味するのは何か。男は恐怖心に苛まされながら旅をしていた。だから、すぐ近くの気配には気付かなかった。
「見つけたぞ！　捕らえろ！」
「……！」
　魔物達の声に漸く気づいた男は剣を抜こうとしたが魔物達は直ぐに男の剣を破壊した。
「連れて行け……我らが主が、お前を呼んでいる」
「……ま、待て……身体が……」
　意識が遠くなっていく。魔物達に押えつけられたのを最後に男は完全に意識を手放した。

　ちらちらと光が眩しい。男がゆっくりと目を開けると高い声が優しく降り注いでいた。
「……目が覚めたかい？」
「……ここは」
　そう言いながら気配のした方へ視線を向けると。
「お、お前は！」
　男は急に意識をはっきりさせた。無理もない。目の前にいるのは、夢に見た美しい男そのままの姿をしていたからだ。
「部下が手荒な真似をした。許してくれ」
　男の驚愕を見て笑いながら彼は謝罪を述べた。そして彼は呆然とする男の頬を撫でた。
「君の動向は今までずっと見ていたよ。君は強いね。それなのに人々ときたらずっと祈ってるんだもの。笑ってしまうよね」
　王国中が炎を掲げていた祭は知っていた。それは救済者の再来を待つ祈りだと言う事も。その祭りを嘲る美しい男は、もしかして。
「正解だよ。君の答えは……でも、君は自分の力には気づいていないんだね」
　男は身構えるように美しい男を見上げる。そう、彼は魔王。自分は、きっと彼にとっての脅威なのだ。
「そんなに震えてどうしたの。まさか芽を摘まれると思ってるの？　そんなわけないじゃないか」
　自分の予想を裏切って美しい男は、流れるような心地よい旋律のように囁いた。
「漸く、手に入れたのだから」
　震える男に彼は祈るように優しく男の髪を撫で、口付けを落とした。