オープンエアー・スタンプラリー

「あの多くの犠牲を出した大厄祭から間も無く十年……。この地にて災いを振りまいた奴がついに彼の地より解き放たれる。我々は総力を結集し、立ち向かわねばならない」
 刃衣良村長の言葉に、村民達は強く頷いた。決戦の日は、近い。

 ある不運な事情で住処と貯蓄を失い、途方に暮れていた私の下に、ある町の役場に勤務している旧友からの手紙が届いた。それは村おこしを兼ねた刃衣良村祭の企画に参加しないかとの誘いであった。
 それは近隣の村と協力した大規模なスタンプラリーで、億万長者で知られる村長から優勝者に二〇一七万三千三百円が贈られるという太っ腹な企画が催されるとのこと。だが妙なところでケチな村長は宣伝費を渋り、参加者が意外と少なく、近場の町の役場は私のような金に困った知り合いにかけあっているそうだ。天の恵みとばかりに、私は企画チラシのきな臭い概要を読み飛ばして参加申し込みを行ったのだった。
ラリー開催前日夕方、最寄りの寂れた駅から灰良村へ向かう送迎バスに揺られて、私は山奥の祭り会場へと向かった。
到着は早朝、見知らぬ台地の上で降ろされ、見渡す限りに広がる大パノラマの中、崖の上で刃衣良村長は参加者達を待っていた。
「参加者諸君、この丘から展望出来る範囲全て私の私有地であり、祭りの舞台である!」村長は両手を広げて告げた。「デジタルスタンプの祠を九百箇所用意した! バスの中で渡したタブレットのヒント機能を活用して全て回れ! だが祠の位置は自力で探せ! では健闘を祈る!」
 それだけ言い残し、村長はハングライダーを使って崖から飛び降りた。
 あっけにとられた私を含めた参加者約二百名は大混乱に陥った。いきなり右も左もわからない山奥に突如投げ出されたのである。頼みの綱のタブレットを起動し、祭り企画概要を検索した。
「地図は各地の物見塔でのデータダウンロードでその地区毎に閲覧できるようになります」
 それを見た誰もが絶望に震え、歯噛みするほど強く己を呪った。各々思考を巡らせて打開策を捻った。
「携帯端末は?」「ダメだ圏外だ、ネットも使えない」「バスは?」「片道分しかガソリンが入ってなかった。寝袋は人数分ある」「村の出口は?」「双眼鏡で見たが、吊り橋が焼き落とされてる」「他に出られそうな場所は?」「周りは断崖絶壁かつ乱気流の壁らしい」「村長は何処へ?」「多分もう吊り橋の外だ」「タブレットの充電は?」「ヒント項目には、各所の物見塔に簡易発電装置があると」「配布のタブレット改造できないか?」「この環境じゃ無理」「迎えはないのか?」「優勝者が出たら来るらしい。タブレットに位置情報センサーがついているそうだ」「誰か一人が九百も見つける必要があるのか?」「交換機能があるぞ」「クリアまでどうやって生活しろと?」「そうだ刃衣良村に行けば!」「そもそも刃衣良村は何処だよ?」「ここからは見えないぞ」
 我々は半日会議を続けたがとりあえず移動しようという結論に至り、碌な装備もないままサバイバル生活へ突入したのだった。

 最寄りの物見塔で入手した地図には、刃衣良村への行き方が記されていた。
「最短で向かうには煉獄山を突っ切るしかない」皆が山を見れば、山頂からもうもうと白煙が上っている。あれは駄目だと首を横に振って他のルートを探す。「北に迂回すると年中吹き荒れる冠雪地帯を通り、南に迂回するとオアシスのない砂漠地帯を通る。どちらにせよ、合流地点の大雷平原では避雷針が折れているから各自金属装備は持たないように」
 私たちは寒さに強い者を集めたA班と暑さに強い者のB班で二手に別れ、再会を約束して旅を続けた。私はB班のリーダーに抜擢された。
 タブレット端末に掲載されていた食べられる植物を採取し、野生にかえった豚や牛を仕留めて食料にして進む。時折発見するスタンプの祠に一喜一憂しつつも、過酷な生活の毎日に皆疲弊していった。だが挫けそうなときはあの不条理な村長への怒りを原動力にして、何とか脱落者を出さずに生き延びた。

 私たちB班が再び手に入れた地図を頼りに付近の村に赴くが、何処も廃村になっていた。廃屋を調査してみると、刃衣良村の金持ち村長が脅迫まがいの手口で村民を追い出し、スタンプラリーの難易度を上げる為だけに村を滅ぼしたと判明した。肝心の刃衣良村も。
「村長のやり方に反発して村を放棄しただと!?」
 二週間かけて漸く辿り着いた私達は愕然として項垂れた。頼みの綱だったその村も何と人が誰もおらず、祭りの準備すら途中で投げ出して打ち捨てられていた。悲しみで膝をつく者も多かったが、私達は希望を捨てず、互いに激励し、村に残された器具を拾い集め、拠点として村を再生した。
 他の廃村と違い、刃衣良村には農作具狩猟具備蓄などが数多く残されていた。家屋には『全てご自由にお使い下さい』とラリー参加者達への配慮の置き手紙があり、そこには村長の暴走を許し、祭りを中止出来ずボイコットするしかなかった村人達の無念さと謝罪が綴られていた。そして、どの手紙にも『村長を信じるな』と付け加えてあった。
 村を入手してから生活は楽になったが、祠探しは難航した。洞窟や滝の裏に隠されていたり、山の火口付近にあったり、湖の底にあったりと巧妙に隠されているのだ。日を追うごとに発見される数は減り、徒歩での探索の成果も乏しくなったとき、私は学生時代の部活で培った馬術スキルを活かして、乗馬部隊を結成した。

捜索範囲が広がると一気にスタンプ数は増え、部隊は喝采を浴びたが、次第に馬に乗れない参加者たちの仲がじわじわと悪くなっていった。狩り仕事をさぼったり、備蓄を奪い合ったり男女の揉め事から乱闘事件に発展したりと、村の治安は悪くなる一方だった。
 そんな折、夕暮れどきその日の捜索を終えた帰還した我々を、慌ただしい空気が待っていた。旧村長宅である豪邸を調査していた者達が、隠された金庫から村長のメッセージを発見したのだ。
 その内容は、『村長神像にタブレットを差し込み、祈りを捧げると、リタイアとみなされ、地下通路から脱出出来る』という驚愕の情報だった。但し脱出出来るのは一つの像につき十人まで。像の数は四つ。全て今までの搜索で発見済みだ。
 私は参加者の点呼をとった。半数の百名が既に村を発っていた。残った者は足が遅く定員に間に合わないと諦めた者達だ。私もリタイアを諦めて仮の家に帰宅した。
 しかしその脱出路の存在が、どうにも腑に落ちなかった。他人を排除してまでこの途方もない遊び場を作った暴虐無人な村長が、そんな『抜け道』を用意するだろうか。
 ふと思いつき、私は箪笥からこの地域の紙の地図を取り出した。村人が残してくれた大事な情報の一つである。それを眺めて、はっとした。
 村長像の場所は、全て水門の傍にあるのだ。
 まさかと思い、家を出て仲間を集め、資料を集めさせた。夜が明ける頃、とんでもない事実が浮かび上がった。
 この一帯はかつてダムの為に沈める予定だった場所だったが、村長の資産を叩いての懸命の抗議により中止となった。そこまでは美談だが、村役場で隠されていた書類によると、今もダム化を再開すれば資金は村長に返却されるというのだ。
 水門を開ければ、残った者達は、村と共に水没する運命が待っている。ダム化を止めた勇士である村長が催した村おこしの祭りの中で、水門を破壊した悪しき部外者の我々は天の罰を受けて事故死するシナリオだったのか。大掛かりかつ大雑把すぎて信じられないが、迷っている時間はない。脱出者達を止める為、乗馬隊は四手に別れ、愛馬に鞭を打ち走り出した。
 私は最も馬の扱いに慣れていた為、最も遠い像へ単身で向かった。万が一に備え、鍬と鍋の蓋で武装し、馬を駆った。最中未発見の祠に立ち寄ったり食料になるキノコを採ったりしたが、それ以外は脇目もふらず走り続けた。
 夕立が降り注ぎ始めた時、私は目指した像のある草原に辿り着いた。そこで十人の離脱志願者達と遭遇した。私は彼らに説得を試みたが、聞く耳をもってくれなかった。何せ、一人でも多ければ溢れてしまうからだ。彼らは弓を引いて馬上の私を射ようとした。
 大雨の中、素人騎馬兵一人と素人弓兵十人のぐだぐだだが苛烈な戦いが続いた。馬上から何度も声を涸らして罠だと説明するも、彼らは信じない。お互い殺人は回避したい為、中々勝負が決まらない。下手な殺陣のような死闘は数時間に渡った。
 ずぶ濡れでお互い衰弱し、戦意だけで立っているようになった頃、大地が大きく揺れた。地震かと思ったが違う。土砂崩れのような音が遠くから聞こえて、私はそちらの方角に双眼鏡を向けた。リタイア志願者たちも、揃ってそちらを眺めた。
 北西の像の周辺で、洪水が発生していた。雨の影響もあるのか、その勢いは津波の如く大地に押し寄せ、平原の一部が冠水してしまっていた。
「間に合わなかったか!」私は悔しさに叫んだ。「これが人のやることか!」そして周りの唖然とする者たちに告げた。「これでわかっただろう! 誰が嘘をついているのか!」
 抵抗をやめて意気消沈した彼らを連れて、私は村へ帰ってきた。防げなかった一箇所の有様を見て、他のリタイア志願者たちも戻ってきた。だが、水没した北西地区に向かった者たちは誰一人帰らなかった。
 翌朝から、我々は釈然としないながらもスタンプ探しを続けた。優勝者を決めず全員で賞金を配分すると決めて一丸となり、ついに全てのスタンプを集めた。すると偶然か仕掛けか、轟音と共に地域を封鎖していた乱気流が止まり、救援のヘリが飛来してきた。
 助けに来た役場の友人に我々は詰め寄る。村長を出せ、と。だが奴は海外へ逃亡し、外国で強姦を繰り返して逮捕され、懲役十年、既にその国の塀の中だという。賞金もダムの変換金で賄う予定だったようで無く、参加者は怒りと悲しみにくれた。
 そこで私は皆に告げた。私は十年後奴が帰国したとき裁判にもちこめるよう、あの村を保存し、資料を残して準備を整えると。賛同した者たちは私を新村長に抜擢した。
 こうして今回の刃衣良村祭りは大厄祭と名付けられて幕を閉じ、我々は復讐のときを待ち続けたのであった。


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サークル名:漢字中央警備システム(URL
執筆者名:こくまろ

一言アピール
毎度駆け足小説ですが今回はとりわけダイジェストな展開に。
最早あらすじのような内容です。
書き足せなかったボス戦編「炎の章」は、もう完成しているのでそのうち何処かで公開しようと思います。
尚、今回もゲームネタです。

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