デートプランはきみのもの

 鮮やかな赤い大輪の咲いた、淡いブルーグリーンに白いストライプ地がかわいい浴衣を着て、盥の氷水に足を浸す。
「冷たっ」
 慌てて足を引いた彼女は、へら、と照れ笑いをスタッフたちに向けた。髪を結うかんざしについた透かし細工の飾りが涼しげな音を立てる。
 夏祭りをテーマにした撮影である。都内某所にある古民家のセットを借りている。きちんと手入れされているため、庭に草が生い茂ることもなく、木の床もぴかぴかと磨き込まれてツヤがある。縁側に腰掛けた真白は、少しだけ浴衣の裾をまくって、もう一度、今度はおそるおそる盥に足を伸ばした。
「冷たい!」
 文句を言いながら顔は笑っている。撮影だから無理をしている、という感じではなくて、冷たいことが面白くてたまらない、という箸が転んでも笑う年頃の少女の純粋さが、真白は無意識ではあるもののきちんと透けているのが、カメラマンにも伝わる。
 そのまま、盥とたわむれたり、縁側でたそがれるカットを撮って、一度休憩が入る。
「マネージャー」
 視線を上げて、返事に代える。真白が裸足で縁側の廊下を歩いてくるのを待って、濡れた足を拭いてあげる。白いやわらかな足の裏やふくらはぎを念入りに、タオルで押すようにして水分を拭うと、くすぐったさからか笑い混じりの愚痴が降ってきた。
「氷水、あんな冷たいと思わなかった」
「でも笑ってたね」
「だって、冷たすぎて逆に笑っちゃうんだもん」
 淡いピンク色のくちびるがぶつぶつと言う。それを聞き流しながら、そう言えば、と話題を変える。
「今日、この辺でほんとうのお祭りがあるよ」
「……」
「けっこう地元じゃ有名で、出店もけっこう多いんだって」
「知ってる……」
 真白がお祭りをちらつかされても顔色がいっこうにすぐれないのにはわけがある。
「お祭りの風景撮影で、ちゃんと行けるよ」
「撮影はプライベートじゃないじゃないですか!」
「そうだね」
 ちぇ、とくちびるを尖らせて、真白はつんと人差し指を立てて力説を始めた。
「あたし、お祭りは最初は絶対かき氷って決めてるの。そのあとじゃがバターを買って、相手とシェアして食べて、それからちょっとおなかが膨れたら金魚すくいをして、あたしは一匹も獲れないけど相手はなんと出目金を獲ってくれて、その出目金が入った袋をぶら下げて、いろいろお店を冷やかして……。花火が上がったら一番いいけど、でもなくてもいいや。途中で、綿あめを買って、お店のおにいさんにちょっと大きくして、ってお願いする!」
 途中、というかかなり序盤で気づいたが、これは真白の理想のお祭りデートプランらしい。
 なるほど、真白の彼氏は出目金が獲れる、できる男なわけだ。残念ながら浅学な俺には、ふつうの赤い金魚と出目金と、捕まえるのに難度の差があるのかが分からないので、それができる男なのかどうかは分からない。
 適当ににこやかに相槌を打ちつつ、まだ続く真白のデートプランを聞く。
「綿あめは、あたしが全部食べてもいいけど、相手にひと口あげてもいいかなあ……。あっ、あとちゃんと最後は神社に行ってお参りもしてくるの、五円玉をお賽銭箱に入れてね、ずっと一緒にいられますように……って。そして帰りは、ちゃんと家まで送ってもらう!」
 完結した妄想デートを反芻する。相手の男、実質かき氷とじゃがバターを半分食べただけじゃないか? すごく腹が減ると思わないのか?
「……焼きそばは?」
「えっ? 駄目だよ、青のりが歯についちゃうもん!」
「でも、それだと相手の男の子、かき氷とじゃがバターしか食べてないからおなか減ると思わない?」
「……」
 面食らった様子で目を丸くした真白が、幾度かまばたきをして、たしかに、と呟く。
「じゃあ……チョコバナナも買う……」
 チョイスがかわいい。
 真白の理想のデートを叶えてあげるのは俺じゃないんだと分かっていつつも、頭の中では勝手に、今着ているかわいい浴衣姿の真白と、自分が歩いているのを想像してしまう。
 仕事帰り、スーツ姿の俺と、かわいい浴衣で待ってくれていた真白。並んで手をつないで歩きながら、じゃがバターとチョコバナナを食べて腹ごしらえして、俺は出目金を獲って、そして最後は神社で神さまにお祈りする。
 真白がずっと俺のことを好きでいますように。
「……我ながら女々しい」
「え?」
「いや。さて、お色直しといこうか」
 真白をメイク室にしている和室に押し込んで、俺は縁側に戻ってスタッフとの談笑にまぜてもらう。
「真白ちゃんの理想のデート、かわいいですね」
「聞こえてたんですか?」
「広田さんの駄目出しもきちんと聞こえてましたよ」
「お恥ずかしい……」
 笑って、真白のことを話題にして和気藹々と喋るスタッフたちのその様子からして、彼女がちゃんと彼らから愛されているようなのを確認し、安心する。
「あんなかわいいデートしてあげる男の子って、誰だろうなあ」
「好きな男の子いるのかなあ」
「密かに憧れの男の子がいたりして!」
 言葉がナイフのようにぐさぐさと刺さる。皆が無邪気に推理しているのをなるべく聞かないようにしながらスケジュール帳を睨みつけ、仕事をしているふりをする。
 と、廊下の向こうから軽やかな足音がして、真白が顔を出した。
「着替えました!」
「かわいい!」
 カメラマンが即座に絶賛する。たしかにかわいい。先ほどの赤い花のストライプもよかったが、今度のクリーム色をベースにした浴衣は、金魚が泳いでいる。
「じゃあ、次は林檎飴食べようか」
「わあ」
 大きな林檎飴を手渡され、真白は目を白黒させた。それから、おそるおそる寄り目気味になりながら齧りつく。
 撮影は終盤を迎え、やがて日も暮れてきて、遠くからお囃子の音が響き出した。
「じゃあ、ちょっと外出るよ」
 ディレクターのその言葉を合図に、ロケバスに乗り込んで移動する。祭り会場の入口はあらかじめ撮影許可を得ていたので、問題ない。
 夕暮れ、日中よりも静かになった蝉の声、薄闇の中ほんのりと明るさを主張する提灯、祭囃子、駆けてゆくこどもたち、屋台からただよういろいろな食べ物の匂い。
 深緑に淡い紫色の花を咲かせた浴衣を着た真白が、音も立てず祭りの喧騒に溶け込む。
「すごい」
 ほとりと落ちたその言葉に、急に胸が締め付けられた。なぜだろう、妙に郷愁を刺激される気持ちになる。
 提灯の明かりに照らされて、真白の頬が淡い橙色に染まる。そんな、どこかさびしげな横顔を、カメラマンが写真に収めていく。真白は、シャッターがひっきりなしに鳴っているのにこちらに目もくれないで、まるで祭りの空気に吸い寄せられるようにじっとその場を動かない。
「はい、オッケー!」
 やがて、カメラマンのその一言で、ようやく、我に返ったように真白がこちらを向いた。正確に言えば、俺を見たのだと、すぐに分かった。
「……」
 しばし無言で見つめ合い、負けたのは、俺のほうだった。
「かき氷くらいなら、買ってあげる」
「ほんと?」
 ぱあっと表情に可憐な花を咲かせた真白が、いちごがいい、とねだる。それを背中で聞き流しながら、かき氷の屋台でいちご味を注文する。ほんとうは真白がそんなことを目で主張していたわけじゃないことくらい分かっているけど。
「……マネージャーは?」
「俺はいいよ」
「え~? せっかくなのに」
 くちびるを尖らせてかき氷を受け取った真白は、スプーンになったストローでひと口すくい、俺の口元に寄せてきた。
「はい、どうぞ」
「真白」
「食べて!」
 もしかして俺は根気がないんじゃないのか。こらえ性がなさすぎるんじゃないのか。即座に負けて開いた口に、冷たいいちご味の氷が放り込まれる。
「あま……」
 舌の上でひんやりととろけて、人工甘味料の余韻だけが残る。それはなんだか真白のようだった。
 俺が触っても決して捕まえることはできなくて、甘いほほえみだけをふわりと残していくような。
 きっといつの日かそうなるだろう、彼女の甘いデートプランを叶えるのは俺じゃないのだろうと分かっていても、俺は真白に触れたいという欲求を抑えられやしないのだ。
「真白、おなか冷やさないでね。体調管理はしっかり」
「もう、こども扱いする」
 提灯の明かりを映し込んだ瞳が妙に大人びて見えて、真白が急に遠く見えてこども扱いしたなんて、俺のほうがこどもだ。


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サークル名:notice me senpai(URL
執筆者名:宮崎笑子

一言アピール
テキレボ5にて頒布しました「ヨコシマ・ラブ・ホリック」の番外編になります。もちろん、今回も頒布します。女子高生アイドルといい大人のマネージャーがイチャイチャするメッチャかわいいお話です。

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