旅路の果てに ~宇宙駅『神田』人情奇譚~

“旅路の果てにたどりつく 光輝く未来へと”
 宇宙駅『神田』の気象センターが見事に演出した、地球の島国そっくりの秋の夕暮れの中、風に歌声が混じる。
「頑張っているなぁ~」
 南校舎の三階の六年生の教室の窓が開き、混声パートが混じり合った合唱曲が響いている。
「もうすぐ文化祭だから」
 ふと、窓から床に金色の四角を描く日差しが目に入る。それに半透明の整った顔に光る涙が浮かんだ。
 あれは、私が中学生のとき……。

 コロニー仕様のコンパクトな体育館に私一人の足音だけが響く。
 扉から、秋風と共に日差しが入り、床に金色の四角を描く中、明日に備え、整えられたステージの前を歩く。
 せり出した昇降台に登り、まわれ右をして深々と礼をする。顔を上げてずらりと並んだ空っぽの観客席の椅子を眺め、私はぶるりと身震いをした。
 明日は文化祭の最終日。合唱コンクールが催される日だ。ステージには3Dホログラムの看板がカーテンの前に浮かび、壁にはプログラムを映すパネルが取り付けてある。天井からこちらに向いたライトに、私はドキドキと波打つ胸を押さえた。
「……なんで、私が指揮者なのよ……」
 合唱コンクールの曲決めのときに、悪ノリで決めてくれた友人達に向かって愚痴る。
 責任感からか、ずっと指揮の練習に付き合ってくれていた友人達も、本番の日を前に何度も何度も練習を繰り返す私に呆れ、皆帰ってしまっている。
『まあ、体育館を閉める時間までなら良いぞ』
 担任の先生も苦笑と共に職員室に戻ってしまった。
 台を降り、もう一度ステージ脇の待機場所に戻る。
 ……前日からこんなに緊張していてどうするのよ……。
 小心者の自分に呆れながらも、もう一度練習する。台に登り、また誰もいない観客席に向かってお辞儀をし、顔を上げたとき、飛び込んできた光景に私は思わず目を見張った。
 誰もいなかったはずの観客席から楽しげに私を見つめる沢山の顔と瞳。
「ふえっ!? えっ! えええっ!!」

 さっきまで空っぽだった観客席の前列が、いつの間にか低学年の小学生で埋まっている。『神田』では見たことの無い、おしゃれな制服姿の子供達が二十人ほどと、脇には引率の先生か、高級ブランドのシンプルなパンツスーツを着た若い女性が立っていた
 台の上で戸惑う私を、皆にこにこと笑いながら見ている。なぜか向けられる、眩しいばかりに期待に満ちた目を見返しているうちに、私はふと、あることに気付いた。
 ……子供達と先生の向こうに、椅子の背もたれや座面や床が、うっすらと透けて見える……。
 ……まさか、これって……。
 いやいや、この宇宙時代にそれはないだろう。首をぶんぶんと振りつつも、強張った背中に嫌な汗がつうと流れる。
 そういえば、さっきから子供達も先生も、楽しそうにしゃべっているけど、声は全然聞こえない……。
 ごくりと生唾を飲む。そのとき
「おねえちゃん、みんながお歌、歌ってって言ってるよ」
 可愛らしい男の子の声と共に、つんつんと私の足がつつかれた。

「きゃあっ!!」
 思わず台の上で飛び上がると
「純様~、知らない学校に入り込んではいけませんよ~」
 のほほんとした声が聞こえる。
「えっ!?」
 台の脇には少しやんちゃそうな顔をした五歳くらいの男の子が立っていた。背中にオレンジ色のリュックを背負い、中から緑の人工蔓が三本、ゆらゆらとはみ出している。蔓植物を模したロボットだろうか。さっきの声は、その一つについた葉っぱ型のスピーカーから出ていた。
 ……この子は透けてない。
 純くんと呼ばれた男の子は、私も通っていた北区の大手幼稚園の黄色い制帽をかぶっている。
 台に膝をつき、おもむろに彼の頬をむんずと両手ではさむ。小さな子特有の柔らかくて暖かい頬を、無言で真顔で真剣にもむ。
「おねへひぁん、やめへ~」
「よし、君は普通の『神田』の子だ」
 ほっと息をついて「じゃあ、あれは?」観客席の方を見ると
「誰かいるんですかぁ~」
 カメラアイのついた蔓をロボットが席に向けた後、またのんきな声が流れた。
 ……つまり、カメラには映ってない……。
 よくあるオカルト映画の定番シーンのように、子供達と先生は光学的には映らないモノらしい……。
「バイン、また故障? おばあちゃんにメンテしてもらおうね」
「いや、それ違うと思う」
 蔓を撫でる純くんに取り敢えずツッコんで
「どうしよう……」
 私は涙目で座り込んだ。
「だから、みんな、おねえちゃんに歌って欲しいんだって」
 純くんは幼稚園に迎えに来た、子守ロボットのバインと、おばあちゃん家に帰る途中、賑やかな声に誘われて体育館に入ってきたらしい。そして彼の話だと、子供達と先生(多分、幽霊)は遠足の途中で、文化祭の飾りを見て、一人で合唱の練習をしている私に歌を聴かせてもらおうと、ここに現れたという。
「……私、指揮者だし」
 目を反らしてボソリと断る。
「おねえちゃん、歌えないの?」
「いや、歌えるけど……」
 子供達の間に広がった笑顔に、しまった……と頭を抱える。
「……でも、伴奏者いないし」
「このタブレットと向こうのピアノをリンクすれば、自動演奏が出来ますよ~」
 リュックから出たバインが譜面台に登り、楽譜の入った音楽の授業用タブレットをつついて答える。
「バイン、すごいねぇ~」
「バインは情操教育も出来る優秀な子守ロボットなのです~」
 ……いや、今はその優秀さはいらないから……。
「……合唱曲なのに歌う人が私しかいないし」
 純くんも台に上がり、楽譜の音符をなぞって曲を聞いて、エヘンと胸を張った。
「ボク、この歌、歌えるよ」
「純様、すごいです~」
 ……お前もか……。
「それに……」
 彼はタブレットの隅の時計をさした。
「歌わないと『出られない』よ。さっきからこれ止まっちゃってる」
「えっ!?」
 そういえば時計の数字が、ちっとも進んでない。
「あ~!! 歌えばいいんでしょ!!」
 私は覚悟を決めて、台の上に立ち上がった。

「ステージに向かないの?」
「……背中から襲われたら怖いじゃない」
「え~、そんな悪いことしないと思うよ」
「……いや、実際『出られなく』されているし……」
 昇降台の後ろギリギリまで下がり、もしものときは抱えて逃げられるように、純くんを隣に立たせると、私は観客席に向かい礼をした。
 聞こえないけど、子供達が熱心に拍手をしてくれる。
 両手を上げ、譜面台に巻きついたバインに合図を送った。ステージ脇のピアノから前奏が流れ始める。
 半分やけで大きく手を振り、純くんと一緒に歌い出す。
 曲は、学校の卒業式でよく歌われる、旅立ちをテーマに作られた合唱曲だ。
“旅路の果てにたどりつく 光輝く未来へと”
 明るい元気なボーイソプラノの純くんの歌声に合わせ、アルトのパートを怖さに声が裏返らないように必死に歌う。
 二つの歌声が流れる。二番の間奏に入っても、子供達は金色の光の中、行儀良く座って、楽しそうに聞いているだけだった。
 ……本当に歌が聞きたかっただけみたい。
 小さく息をついて、先生を見る。
 にこにこと子供達を見ながら聞いている先生の目は、少しうるんで光って見えた。

 曲が終わり、深々と礼をする。
 ガタッ! 突然大きな音が体育館に響いた。
「きゃあっ!!」
 また台から飛び上がると
「あ、すまん。驚かせたか? そろそろ体育館を閉めるぞ」
 中庭の渡り廊下に続く扉が開き、担任の先生が顔を出した。
葉山はやま、その子は?」
 先生の問いに観客席を見回す。席には、もう子供達も先生もいなかった。
 純くんが私の手を引く。
「皆、次の楽しそうな場所に行ったよ。素敵な歌をありがとう、だって」
「……助かったぁ……」
 急に力が抜けて座り込んでしまう。今度は安堵から涙目になった私の頭を、小さな手が撫でてくれた。
 バインが勝手に学校に入り込んでしまったことを先生に謝っている。
「二人とも、暗くなる前に早く帰りなさい」
 ステージのホログラムを消して、先生が振り返る。
「暗く?」
 顔を上げると、床の日溜まりの光は淡く、吹き込む風は少し冷たくなっていた。
「『出られた』みたい」
「……良かったぁ」
 立ち上がり、譜面台からタブレットを下ろす。時計の数字が一つ進んだ。

 下校のチャイムが鳴り、校舎を見回る私の脇を
「さようなら~」
 口々に声をかけて、生徒達が通る。
 あの日、あの後、私は純くんをおばあちゃんの家まで送っていった。
 その途中で自分の万能多機能カード、バリカのお絵かきアプリに子供達の制服と、ついていた校章を描いて、バインに調べてもらったのだ。
 あの子供達は地球の名門学校で、当時の七年ほど前に貸し切り宇宙船で遠足の途中、行方不明になった生徒達と先生だった。
 銀河連邦警察機構の事故調査班の調べによると、彼等の船の信号が途絶えた頃、航路上をどこかの星系からはぐれた自由浮遊惑星が通過していた。
 自由浮遊惑星は恒星と違い、自ら光らないぶん、発見が困難だ。
 船がワープアウトした後、惑星と衝突、船は破片ごと惑星表面上に落下したと推測されていた。
『ですが、保護者の中には、あまりに突拍子も無い事故原因と不十分な証拠から、彼等はどこかで生きていると信じている方がいるようです』
『だから『なむなむ』してもらえない子を連れて、ずっと遠足しているんだって』
 『なむなむ』、弔いをしてもらえず、逝く先が解らない子供達を、先生は遠足の続きだと引率しながら、さまよっているらしい。
“旅路の果てにたどりつく 光輝く未来へと”
 小さく歌をくちずさむ。先生のうるんだ瞳が浮かぶ。
「葉山先生、さようなら」
 生徒がまた一人、私に手を振って、校門へと駆けていく。
 あの子供達と先生はもう『旅路の果て』につけたのだろうか……?
 『輝く』どこかにたどりつけていると良い。
「さようなら、気を付けて帰ってね」
 私は生徒に手を振り返した。


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サークル名:一服亭(URL
執筆者名:いぐあな

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サイトで主に人外キャラを中心にファンタジー、オカルト、SFを長編から掌編まで書いてます。今回イベント初参加です。
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