二つの謝肉祭 ― 流天使・閑話 ―

 シャラシャラと、薄い衣や手首手足につけた薄い金具を器用に打ち鳴らして、広場中央で舞踏を披露する少女が一人。その歌声は取り巻く大勢の観客の声援をしてなお、誰の耳にも届く美麗な風情。

  唯一たる神 その使いたる御方々に
  この豊穣の この命繋ぐ世の在りしに
  感謝と祈りを捧ぐ
  この冬を無事を祈り 春に巡らせ給いし
  祈りと努めを約す
   なれど今は ただ感謝と喜びに全てを捧げ
   この地の万物の喜びをその身に……

 有り体な言葉も、美声と上質の舞踏を美少女が奉じれば、謝肉祭は大いに賑わう。
 大男が麦酒を軽々と煽り、子供は滅多にお目にかかれない仔牛の丸焼きにかぶりつく。女将が少女のように花冠を飾り、青年たちは年頃の娘に声をかける。

 平和だな、と、男は喧噪から少し離れた場所で、他人事のようにそれを見ていた。肩には異様に翼の大きな黒い鳥が留まっている。その様、まるで鳥の羽が男自身の物であるかのような錯覚さえ起きる。
「よう、兄ちゃん!」
 酔った勢いか、そういう気質か、村の男はお構いなしに声をかけた。
「なに突っ立ってんだい。あんたなら、あの踊り子だって落とせるだろ」
 構ってくれるな、というのも角が立って面倒ごとが増える。そんなことを考えながら、男は「いや、怪しげな余所者の礼儀は心得ている」と応えた。
 いい村だ、と男は思った。いかにも傭兵風な男を歓迎する平和な村は珍しい。この辺りは不作では無いが、余所者にまで大盤振る舞いできるほどの大豊作、というほどのものでも無かったはずだ。
 何故、己が此処に居るのか。そういう疑問を込めて肩の鳥へ目をやっても、答が得られる様子も無い。
 それでも、彼はこの謝肉祭から、一歩引いて眺めつつも、離れるわけには行かなかった。
 彼には彼の、使命があった。

 祭の喧噪がぎりぎりで届く牧草地で、彼は気怠げに、何かを待っていた。そんな外れに、シャラシャラと音が聞こえた。その音だけで、さきほどまで群衆の中心にいた少女がこちらへ来るのだと判る。
 彼は、眉をしかめた。
 休憩ならば、こちらである必要はない。敢えて彼の方へ来る。そして、それは一人所在なげにしている旅人への気遣いなどでは無いだろう、と、彼は感じた。
 シャラン、と、耳元に音がして、少女がここへ到着したことが判った。
「はじめまして」と、少女は鈴を鳴らすような声で言った。続けて「貴方が、十三番目の人?」と。それで、彼女は直感通りの存在である、と判った。いや、彼女が知らせに来た、と言うべきか。
「意味が判らない」
「わけ、ないよね」
 少女は、にっこりと笑んだ。無邪気にも見えるが、どこか妖艶なものが潜んだ笑み。
「貴方が居る、ということは、別のお祭がある、のね?」
「無ければ居ない」
 隠すのもおざなり、対応も面倒、と全面に出ているはずだ。
「あんたには関係が無い、人と魔の間の娘。あんたは、この村では平和を奏でる舞踏の巫女でいればいい」
「リリン。貴方は、ラセル、だったかしら」
 少女はクスクスと笑った。
「神様に、一番報われないお仕事を押しつけられる、可哀相な狩人さん。でも、目当ては私じゃぁないわよね」
 でなければこの瞬間に、きっと貴方は私をその背の大剣で切り裂く。そう、リリンは小さく付け加えた。
「理由がない。指令もない」
 ラセルはどこか面倒そうに付け加えた。次の瞬間、一転して彼は素早く動き、大剣に手をかけた。視線は、リリンとは真逆の方向にある。
「あれだな、ゼール」
 呼びかけは、方の上から飛び立とうとする異様な姿の黒鳥に向けられた。鳥は「そうだ」とラセルに告げた。

 いつしか、日は落ちて暗くなっていた。そこに、軋むような羽音と、ギィギィという、呻きとも泣き声ともつかない音が大量に迫る。
「立ち去った方が良い」というラセルの言葉は、リリンに向けられた言葉。けれども、リリンは少女特有の無邪気な声で「そんなに可愛い子じゃないのはしっているでしょ」と応える。
 音の集団はやがて彼らの視界に姿が入るほどに近づいた。
 三角形を組み合わせたような顔や身体は鱗状。開いた口は血の色で、黒い牙がびっしりと敵意を発している。
 下級悪魔、と、ラセルやリリンは認識していた。
「謝肉祭の季節には、こいつらも活気づくから面倒だ」
 言葉通り、面倒そうにぼやいて、ラセルは大剣を引き抜いて構えた。次の瞬間、鳥はラセルの方を離れ、ほぼ同時に、押し寄せた悪魔が剣一薙ぎで十を超えるほどになぎ払われ、地に落ちて、消える。それを、ラセルは無造作に二、三度、繰り返した。どさどさと、異形が地に落ちては消える。しかし。
「……人の謝肉祭は、悪魔の謝肉祭でもあるのよね」
 人が集まるから。それは、人肉を喰らう悪魔にとっても、格好の狩り場だ。だから、キリが無い。
 ラセルの役目は、これを防ぐこと。日光に弱い彼ら下級悪魔は、日が昇れば撤退する。逆に言えば、日が昇るまでは無尽蔵に近い状態で群がってくる。
「…あたしは、人の謝肉祭や生活の方が好きなの」
 呟いて、リリンは小さく動き始めた。
 シャラン、と音が鳴る。やがて、それは音楽となり、同時に地に落ちる魔物が一気に増えた。
 振り返らずとも、ラセルには、彼女が退魔を行う舞いでそれをしていることが判る。
 明け方を迎えずして、魔物達の攻勢は去った。あとには、静かな夜だけが残った。

 何故、とラセルはリリンに視線で問いをする。なにせ、大小様々な悪魔討伐を任務とする彼と違って、彼女の事情は複雑で、そんなことをする義理が無いのを彼は知っている。
 少女は、意を受けてくすりと笑った。
「たしかに私の半分は、魔性の血統よ、最古の」
 実に面白そうに。
「でも、もう半分は最古の人でもあるから」
 彼女の年齢は、見た目通りでは無い。最古の人に、神が最初に娶せた魔性を備えた妻の娘。そして、人の女を娶せるために追放された少女。彼女に何らかの罪を負わせるとすれば、それは神に全てを隠蔽された出自そのもの。
「恨みは?」と、ラセルは問うた。
「私をすぐに抹消しようとする、神様に忠実すぎる狩人は大嫌い」と、リリンは答える。「でも、十三代目は噂でも、こうやって会っても、違ったから」
「指令があれば斬る」と、ラセルは応えた。
 リリンはクスリと笑う。「そうかなぁ」という呟きを添えて。

 昼の神への謝肉祭はとっくに終わり、夜に繰り広げられようとされていた低級な魔性の謝肉祭は、他の誰にも気付かれること無く、未然に消えた。

「明日、宣伝してあげようか」と、リリンは外見相応の少女の無邪気さで言う。
 ラセルは「ここの用事は終わった」と、村に背を向けた。村へ戻る気すらなかった。
「思いっきり英雄にしてあげられるのに」
「必要ない」
「……じゃ、あたしもこのまま、貴方について行こうかしら」
 さすがに、この言葉には魔と墜ちた天使を狩る使命をもった神の使いの青年も、振り返って眉をしかめた。
「正気か?」
「聞いたこと、ない? リリンは気紛れなの。貴方、面白そうかな、って」
 ラセルの肩の上の怪鳥は、好きにしろ、と言わんばかりに黙秘をしていた。

-了-


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サークル名:幻創文楽舎(URL
執筆者名:龍魔幻

一言アピール
初めましてです。直接参加は現状、名古屋コミティアくらい。ハイ・ファンタジーっぽいのを完成させたいなぁ、と思いつつ、のろのろと乱打しています…冊子は全部、図画工作でそれっぽく見えるように作るのが、コスト都合と…製本楽しいデス

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