祭りの外

 いつ来てもこの通りは人が多い。多くの商店が通りの両側に軒を連ねているせいで、普段から多くの人が行き交っているが、今はことさら多かった。太陽がまだ空の高い位置にあるというのに、正体をなくしている酔客の姿が目に付く。居酒屋の前を通り過ぎる時、祝杯をあげる声が聞こえた。
 従属国のヴェンレイディールが、宗主国である、ここリューアティンに独立を求めて戦を仕掛けてきたのが一年前。戦力差から勝敗はあっけなくつき、ヴェンレイディールは併呑されて地図上からその名が消えた。
 あと三日で、戦が完全に終結してから一周年となる。公式な行事があるのはその記念日だけだが、王都は今から祝祭のように湧いていた。三日後には祝典の一環で荘厳な軍事行進があり、リューアティンの王族もお出ましになるという。
 ヴェンレイディールとの戦は短期間で決し、王族が処刑され国さえなくなったヴェンレイディールと違い、リューアティン側の損害は全体から見れば微々たるものだ。それでも戦勝記念の祝賀行事を派手に行うのは、他の従属国への見せしめという意味合いが強い。
 ハルダーは顔をしかめ、人でごった返す通りを歩いていた。彼は傭兵を生業としているが、一年前の戦には加わっていなかった。戦場で働くより、隊商の護衛や人探しなどをする方が性に合っているのではないか、と最近は思う。
 今だってそうだ。戦帰りではなく、顔なじみの魔術師・キシルに頼まれた、魔術具の材料をかき集めて帰ってきたところだった。
 高所の岩場や崖を好んで生える植物、時には狼さえ飲み込むこともある巨大な食虫植物、小さいくせに巨大な炎を吐いて敵を威嚇するヒフキトカゲ、キシルに細かく指定された地点から採取した拳大の石等々――。
「……くそ、あの嘘つき女め」
 それらが詰まった麻袋は赤ん坊が二人は入っているかというほど膨れ、ずっしりと重い。
 キシルはどれも比較的簡単に手に入る、と言っていたが、とんでもない嘘だった。だいたいのものは難所にあり、手に入れるのには危険を伴うことが多かった。
 もう少し時間をかければ、多少危険も少なくなったかもしれない。だが、ハルダーはどうしても今日までに王都に帰ってきたかった。道中急いで、なんとか今日たどり着いたが、すでに昼を過ぎている。王都に帰ってきて、行きたいところがあるのだ。この重い荷物をさっさとキシルの店に届けて代金を受け取り、そこに行かなければならない。
 キシルの店は、大通りからだいぶ引っ込んだ小路にある。大通りの喧噪はここまで届かず、人の気配はない。キシルの店をはじめいくつか看板が見えるが、果たして客が来るのだろうかと、毎度思う。
「お帰り、ハルダー。今日あたりだと思ってたよ」
 挨拶もなく戸口をくぐったのに、狭い店の奥からキシルの声が飛んできた。ハルダーはおうとぶっきらぼうに答え、奥に向かう。
 キシルは作業台をめいっぱい使って、様々なものを広げていた。魔術師である彼女は、魔術のかけられた道具――魔術具を商っている。売り物のほとんどはキシルが作ったもので、ハルダーは時々、その材料の仕入れを頼まれるのだ。
「中身を確認してくれ」
 台の上に置く場所がないので、キシルに麻袋を突き出す。
「まあ、座って待ちなよ」
 作業台のそばにある椅子をキシルは指さした。
「いい。代金をもらったら、すぐに行きたいところがあるんだ」
「せっかちだね。帰ってきたばかりだろうに。あの子は逃げたりしないよ」
 ハルダーがどこへ行きたいのか、言わなくともキシルはよく知っているのだ。
「明るいうちに行きたいんだよ」
「じゃあ、わたしも一緒に行きたいから、確認はあとにしよう」
「いや、それは今やってくれよ」
「あの子のとこに、すぐにでも飛んでいきたいんでしょ」
「品物は代金と引き替えに渡すという約束だったろう」
「でもハルダーが急いでいるから、後回しにしようとわたしは言ってあげてるのに」
「またここに戻ってこないといけないじゃないか」
「いいじゃない。お茶くらい出すよ」
「それは遠慮する」
 以前、勧められるがままに飲んだお茶は、キシルが新しく作った薬(それもまた魔術具の一種だ)で、おかしくもないのに半日近く笑いが止まらなかった。また妙なものを飲まされるのはごめんである。
「長旅の疲れを癒すお茶を出してあげるのに」
「心から遠慮する。いいからさっさと代金をくれ」
 そうして差し出されたハルダーの右手を、キシルがしばし見つめる。
「義手、魔力が弱くなってる。整備がいるよ。傷んだところもあるんじゃない?」
 ハルダーの右手は、肘から先が義手だ。キシルが作った特別製の義手は、魔術がかかっているおかげで本物の手のように自在に動かせる。長袖を着て手袋をはめていれば、まず義手と思われることはない。しかし、魔術は永続するものではなく、いずれ効果が切れる。なので、定期的にキシルに整備してもらわねばならなかった。ハルダーは傭兵業をしているため、主に植物を使ってできている義手の痛みも早い。今回は崖をよじ登ったりもしたので、なおさらだ。
「今回は楽勝だよ、というお前の言葉を信じた俺が馬鹿だったよ」
「ハルダーなら楽勝だと思ったんだけど」
 しかしそう言うキシルの視線は、ハルダーではなく袋の中身に向いている。言葉にも心はこもっていない。期待はしていないが。
「はい。代金」
「毎度あり」
 硬貨の入った小さな革袋を、中身を確かめずに腰に提げたもの入れに突っ込む。
「そのうちまた頼むから、よろしくね」
「考えておく」
「誰に義手の整備をしてもらうと思ってるの」
 ハルダーがキシルの頼みごとを渋ると、二言目にはこれである。
「……喜んで引き受けるよ」
 整備には金がかかる。傷んだ部分の交換も必要となると、さらに。時々その代金をツケにしてもらうので、ハルダーの立場は弱かった。
 そろって店を出ると、キシルが扉に鍵をかけ、かかっていた木の板をひっくり返して「閉店中」にする。
「ハルダー。どこに行くの」
 行く先はキシルもわかっている。彼女は、自分と反対方向へ歩き出したハルダーを駆け足で追いかけてきた。
「大通りを通っていく」
「遠回りだよ。急いでるんじゃなかったの」
「手ぶらで行くのは味気ない」
 目的地への近道には、めぼしい店がないのだ。今はいつも以上に店が出ていて品物もあふれている。手土産にちょうどいいものがあるだろう。
「あいつが好きそうなものを見繕ってくれよ」
 大通りに入ったハルダーは、目的の店を求めてきょろきょろと見回す。
「お菓子を? それなら、自分で選べばいいのに」
「どれがいいのかさっぱりわからない。おすすめの店とかないのか」
「ハルダーが選んだ方があの子は喜ぶと思うけど」
「キシルが選んだのでも喜ぶだろ、あいつなら」
「まあね。それじゃ、遠慮なく選ばせてもらおう」
 早速一軒の店先で足を止めた。薄切りしたパンにこれでもかと砂糖をまぶしてあるお菓子だった。一個の大きさはキシルの手のひらほど。それを、キシルは二個包んでもらう。
 それから数歩進んだ先の店で立ち止まる。今度は、練って固めた小麦粉を焼いた菓子だった。店先には甘い匂いが立ちこめている。見た目には甘くなさそうだが、口に入れたら、甘いものが苦手なハルダーはげんなりとするような味なのだろう。硬貨とさほど変わらない大きさのそれを、キシルは二十個ほども包むよう注文した。
 その後、三軒の店で、それぞれ違う菓子を買った。おかげで、ハルダーの両手は大量のお菓子でふさがってしまった。自分のすぐそばから立ち上る甘い香りをかぐだけで胸焼けしそうだ。
「これくらいあれば、あの子も喜ぶこと間違いなしだね」
「おい、いくらなんでも買い過ぎだろう」
「甘いものはいくらでもお腹に入るんだよ」
「そうは言っても限度がないか?」
 華奢な体に、本当にこれだけ入るのだろうか。大いなる謎だが、食後で満腹になっていようともお菓子をおいしそうにほおばっていた姿を思い出す。あながち嘘ではないのかもしれない。いやしかし、ハルダーの両手一杯の菓子は、やはりいくらなんでも多くはないか。
「でも、二人分なら別に多くないでしょ」
「二人分? 俺の分は必要ないぞ。食べないんだから」
「あんたは頭数に入れてないよ」
「おい、ちょっと待て。それじゃあ、キシル、お前の分か」
「当たり前でしょ」
「当たり前じゃないだろ。誰が金を払ったと思ってるんだよ。俺はあいつの分だけを買うつもりだったんだぞ」
「大勢で食べる方がおいしいし」
「いや、だから俺は食べないと言ってる」
「いいじゃない、それくらい。さっきわたしが渡したお金があるでしょ」
「それはそうだが、その金の使い道を決めるのは俺であってだな」
「今日くらいケチケチしない! あの子は喜ぶって」
 喜ぶ姿を想像すると、ハルダーはこれ以上は文句を言えなくなった。甘いものが苦手な彼は、相伴できないのだ。
「……今日だけだからな」
「さすが、ハルダー。物わかりがいいね」
 特別な日なのだ。キシルの言う通り、ケチケチしても始まらない。懐は温まったことだし、喜ぶのであれば、ハルダーはできる限りのことをしてやりたかった。それくらいしかできないのだから。
「……おい、なんでもう食べてるんだよ」
「味見よ、味見」
 せっかくキシルの意見を容認してやったというのに、彼女はハルダーの抱える菓子の山から、いつの間にか焼き菓子を抜き取ってほおばっていた。
「甘い、おいしい!」
 いったい誰のために買ったのかわからなくなる。だが、キシルがおいしそうに食べているから、きっと同じように喜ぶのだろう。
 その姿を想像すると、呆れ顔は自然と微笑に変わっていった。


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サークル名:夢想叙事(URL
執筆者名:永坂暖日

一言アピール
異世界ファンタジーや現代物、SFっぽいものを書いています。
本作は頒布予定の異世界ファンタジー長編『嘘つき王女と隻腕の傭兵』からおよそ一年後の話です。一年前に何があったか気になった方は、ぜひとも本編もよろしくお願いします。
現代を舞台にした短編連作集『サボテンの子どもたち』も頒布予定です。

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