未熟な心持ち
遠くから盆踊りの太鼓の音が聞こえてくる。
毎年近所の公園でやっている盆踊りだ。その広い公園のグラウンドにはいくつもの屋台がグラウンドの周回を並び、真ん中には矢倉が立てられる。矢倉の中にはでかい太鼓があり、自治会の関係者が叩いたりする。矢倉の下の周りをぐるぐる円を描くように数人の浴衣を着た老若男女の人々が盆踊りに興じる。
八月の最後の週、土日に行われている。つまり二日間だ。二日間で内容はあまり変わらないが、それなりに人は集まる。
一日目は女友達と行った。小学校からの友達で仲が良い友達とだ。楽しくて時間を忘れてしまうくらいにお祭りを楽しみ、あっという間に一日目のお祭りは終わってしまった。
昨日の一日目を振り返り心残りとして覚えていたのは私服でお祭りに行ったのだが、友達の唯ちゃんは可愛らしいオレンジの浴衣を着ていてそれがとてもよく似合っていた。来年は私も着たいなと思ったことだった。
一日目におおよその屋台を周ったので、二日目の今日はどうしようかと考えた。
「たまには一人で行ってみるか」
夕方になり一人でお祭りに行ってみることにした。
「あ!草刈!」
グラウンドに入ってすぐ声を掛けられた。振り返るとそこには私が通っている中学校の先生、田辺がいた。
「田辺先生、どうしたんですか?」
「近所の公園で祭りがあるって聞いてきたんだよ。あ、お前もビール飲むか?うまいぞー」
「先生、私、まだ未成年です」
「あ、そか」
田辺はすでに軽く酔っ払っていて頬がほんのり赤い。授業中のしっかりした態度はどこへやらという感じだ。
田辺はまだ若い先生で、新任ではないが先生の中で一番若い先生だ。担当の教科は国語。黒い短く整えられた短髪に凛とした整った顔立ちに「イケメン先生」というあだ名がついていて有名だった。私の中の印象は休み時間はいつも女生徒に囲まれているイメージしかなかったので、私の名前を覚えていたことに驚いた。
「草刈は一人か?友達はどうした?」
「あーえっと今日は一人できました。弟におみやげ頼まれて」
一人で来たのは本当だが、弟へのおみやげのくだりは嘘だった。一人できていることへの後ろめたさでつい言ってしまった。弟がいるのは本当だ。最近は家の中でも会うことが減ったけど。
「そうかー弟がいんのか。オレには妹がいるよ」
「え、先生、妹がいるんですか?」
「あぁ、三つ離れているんだが……あんま仲良くないよ?」
ふふっと笑って田辺はビールの缶に口を付けて飲んだ。ビールを飲むという学校ではしない非日常の田辺の行動に心がドキドキした。
「ち、ちょっと、先生飲みすぎじゃないですか?」
ふと田辺の足に転がっている缶を数えたら少なくとも四つはあった。
「いーろ、いーの。明日は休みだし」
すでにろれつが回っていない口ぶりで答える田辺。
本当に大丈夫かなと思いつつ、頭の上を照らしている光が影をつくっていることに気が付き、目をやった。その光の正体は綺麗な三日月で光っていた。
「……かり、草刈!」
ふと気付くと先生が私を呼んでいた。
「あ、すいません、ついぼーっと」
答えると、なるほどと田辺は言いながら
「オレ、ちょっとトイレ行ってくるわ。荷物番してて」
「はーい」
ふらふらと歩く田辺の後ろ姿を見つめていた。長身の背丈。そんな田辺が人ごみの中に消えるまで見つめていた。
田辺がいたところには空き缶が置いてありプンとアルコールのにおいが漂っていた。
暇だと思いつつケータイをいじっていると
「草刈!」
顔を上げると満面の笑顔の田辺がかき氷を持って立っていた。
「お、遅いですよー」
「はは、悪ぃ。これを買ってたもんで」
近くのへりに二人並んで座る。田辺が持つ体温が左端に伝わってくるくらいに近かった。
「はい、あーん」
一つしかないかき氷の一口めを持って田辺はストローのスプーンで近づけてくる。
「は、はずかしい」
「照れない、照れない。さ、あーん」
小さく口を開けその中に田辺は氷を丁寧に入れる。
はずかしさで紅潮した頬を溶かすように冷たい食感が口の中に広がる。
「先生、酔っ払ってます!」
「へ?そう?」
「はい。誰にでもするんでしょう?そうやって」
「さ、どうかなあ」
田辺の横顔は飄々としていて真意は分からなかった。そんな田辺の綺麗な鼻筋と俯いた横顔が妙にドキドキとした。
「ま、こういうのは、高校生になって、彼氏にしてもらいな」
「わ!先生、ズルイ。ここまできてガキ扱い?」
「ははー。だって先生から見たらまだ君たち子供ですぅ」
シャカシャカとかき氷をかき混ぜながら田辺は意地悪く笑った。
「はは、でも照れてる草刈は可愛かったよ」
「なにそれ」
「そのまんまの意味」
もうと口では言ったものの顔が火照ってきた。これは夏の暑さなのか、自分の心なのか。葛藤しているうちに、さ!と膝を叩いた田辺が立ち上がる。
「オレはもう帰るわ。草刈はまだいんの?」
「えっと、弟に焼きそばを……」
「そっか、じゃあまた新学期に」
「はい」
「宿題忘れんなよー」
まだ酔いが覚めないのかふらふらとした足取りで田辺はグラウンドの出入り口に向かっていく。その姿が消えるまで見続けた。
これが憧れなのか、恋なのか。私の心はまだ迷っている。
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執筆者名:mあんずk一言アピール
恋愛、友情などの小説を書いています。ジャンルは「恋愛」です。日常の物語を書くことがほとんどです。テキレボは2回目になります。既刊・新刊、両方持って行きます。よろしくお願いします!