とある帝国の謝肉祭カーニバル

遥か昔、アテスカ帝国という国があったそうな。その国は強く、周りの国を次々に倒してどんどん大きくなっていったという。帝国の戦士たちは強靭であり、勇敢であり、そして戦闘狂でもあり、倒した相手を生贄として神に捧げ、己の身体に取り入れるために食べるという儀式を行うとして恐れられていた。
そしてまた、とある戦争でまたもアテスカ帝国は勝利し、捕らえられた捕虜達が儀式の祭壇へ運ばれていった。祭壇の前の広間に、後ろ手に縛られた捕虜達が並べ座らされる。
すると儀式の祭壇に立つ禍々しい衣装と不気味な仮面をつけた司祭が、杖を片手に持ちながら祭壇の大きな炎を背に両手を広げた。
「マヤヤ帝国の勇敢な戦士たちよ、我々は貴殿らと戦えたことに感謝する。そして我らが敬愛する神にも感謝を――」
「くっ、殺せ!」
「ああ、すまないが儀式の途中だから、大人しくしてもらえないだろうか」
祭壇にいる司祭が声を発した捕虜をたしなめる。声の主は捕虜の女戦士であった。
「さっさと殺せ!どうせ貴様ら、これが終わったら酷いことをするのだろう!わかっているぞ!エロ同人みたいに!B級映画みたいに!」
「よくわからないが、とりあえず警戒されているのはわかった。だがまずは儀式が終わるまで大人しくしてもらいたい」
祭壇の端で待機していた屈強な神官たちが女戦士を押さえ付ける。女戦士は抵抗し、なかなか暴れることを止めない。
「知っているぞ!お前たちは自分らの神に生贄を捧げるために、生きたまま人を切り刻むのだろう。そしてその生贄を食べることで強くなると信じているのだろう!野蛮な奴らめ!」
女戦士の言葉は無視して、司祭は儀式を再開した。
「我らが神ケツデルコーアトルよ。ここに生贄を捧げる。さあ受け取り給え」
司祭が指示を出すと、祭壇の脇から怪しい形をした台座が運ばれてきた。
「それも知っているぞ!その上で生きたまま心臓をくり抜く儀式用の俎板だろう!そんなことされてたまるか!さあ殺せ!でなければ自ら死んでやる!」
「生贄をここへ」
すると屈強な戦士たちは女戦士の方へ進み……そのまま通り過ぎると、その先に置いてある人ほどの大きな包みを持ってきた。司祭はそれを台座に乗せ、包んだ布を取り払う。
「え、なに、それ?」
「なにって、生贄ですけど」
女戦士はきょとんとして動きを止める。そこに置かれていたのは、人ではなかった。身体は牛で、頭は何かで作られた袋に、装飾のされた綺麗な仮面をつけられていた。
「だってそれ、牛じゃない。頭は違うけど」
「人の代わりです。身体は子牛を〆てから縫い合わせて人らしくして、頭はトウモロコシ生地に肉を詰めて焼いたものです。」
「ええ?」
そして儀式は進む。まずは首を儀式に見立てて切り落とし、司祭は刃物で牛の身体から心臓を慣れた手さばきで切り出した。
「心臓はやっぱり取り出すの?」
「だって美味しいんですよ、ハツ」
「ハツ!?」
続けて身体も順に解体していく。女戦士も含め、ざわついていた捕虜たちは呆気に取られて作業を見つめている。途中からは、周りにいた神官たちも解体に参加していく。皆、手際よく作業を進めていく。
「あの、あんたたち随分手慣れているけど、あなたたち神官じゃないの?それ牛でしょ?」
「ああ、神官と兼務でみんな肉屋ですよ。牛の扱いはプロです。でないとこの生贄になった子牛にも失礼ってものでしょう」
「はあ…」
生贄、というより子牛の解体が一通り終わった後、捕虜達は兵士たちによって別室に連れていかれた。そこは長いテーブルが置かれ、大人数が座れるようになっている食堂のようであった。捕虜たちは手を縛っていた縄を切られ、テーブルにみんな座らされた。あまりの予想外の展開に誰もが呆気にとられ、逃げることも抵抗することも忘れていた。
しばらくすると司祭とその周りの神官たちも現れ、捕虜たちの向かいの席に座った。
そしてしばらくすると、奥の部屋から美味しそうな匂いとともに、豪華に彩られた様々な料理が運ばれてきた。それらはテーブルに所狭しと並べられ、食欲を刺激された。
捕虜たちが料理に目を丸くしていると、司祭がそれでは、と立ち上がり会釈をした。
「先ほど神の御許へ捧げられた者です。あなた方も儀式の参加者として、その身に宿す義務があります。どうぞ食べてください」
「これは……その……人ではないのか?」
 女戦士が恐る恐る尋ねる。司祭はゆっくりと首を振った。
「もちろん、さきほど目の前で見てもらった通りです。さあどうぞ」
「で、では……お、美味しい!」
思わず声が出る。他の捕虜たちもその声につられて次々と料理に手を付けていく。
「う、美味い!」
「こんな料理初めてだ!」
 捕虜たちは料理をバクバクと食べていく。司祭たちもゆっくりと食事に手を付けている。
「美味しくなるよう育てた牧場自慢の子牛ですからね。美味しく食べてあげないと、子牛にも神にも失礼ですから」
「あの、生贄というのは、普通は人を捧げるものと聞いたが、この国は違うのか」
「生贄は本来人を捧げるものではありました。しかし、人をいくら捧げても、神は喜んでも、国には何も残らないのです。この国は元々人口が少ないのに生贄の儀式があったので、続けていては衰退する一方でした。だから大分前から代わりの生贄を立てるようになったのです。ですが、古くからの伝統が長かったものですから、今でも人を生贄としていると他の国では思われているみたいですがね」
「なるほど」
「あと捕虜の方々を捧げるにしても、やはり捧げるには代償が大きいのです。我々の国は常時人手不足です。一人でも国のために、大事な捕虜を減らしたくないのです」
「ふむ、理に適っている」
 「どうやら私たちはあなた方を誤解していたようだ。血に飢えた戦闘民族と思い込んでいた。国が負けたのは今でも悔しいが、話の通じる人間で良かったと思えるよ」
捕虜たちは食事をしつつも、司祭の話に感心した。
「現在、国の学者たちが我々の帝国の歴史をまとめ、それを紙や壁画に記して後世に残す作業をしています。我々も、神も、決して生贄だけを求めて戦った野蛮な部族と思われるのは心外ですし、先祖に失礼です。なので、何十年、何百年経とうとも、我々の想いが伝わって引き継がれていくようにしたいのです」
 司祭はこれまでとは違う、少し熱い口調で語った。他の神官も、捕虜たちも、真剣に耳を傾けた。やがて食事もほとんどを食べ終わったところで、また司祭が立ち上がった。
「それでは儀式もこれで終わりとなります。皆様の身元は儀式の担当者としてお預かりします。責任を持って行き先を決めますのでご安心ください。おそらくはなにかしらの労働についてもらうこととなりますが、その働きぶりによっては普通の市民として暮らすこともできます。なに、戦の責任については帝国の上層部にすべてとっていただきますので、あなた方は罪に問われません」
 そして、司祭が女戦士に向き直り、手を伸ばした。
「あと、そこのあなた。あなたにはその代わり一つ、受けていただきたい話がある」
「やはりか、やはり私は狙われているのだな。くっ、辱めを受けるくらいなら死ぬ!殺せ!」
「いえ、私の妻になってください」
「ふ、ふえええ!?」
「初めて出会った時からずっと気になっていました。一目惚れです」
「ふええええええ!?」
「職権乱用してでもお会いしようと思っていました。お願いします」
「ええ、えと、私は戦士として生きてきたから、こういうことには不慣れで、どうしたらいいのか」
「関係ありません。私は貴方が好きです。どうか、奴隷でなく、私の所へ来てください。今すぐでダメなら、私の家で手伝いだけでもいいです。仲間の方も面倒見ます。ぜひ」
「え、えと、そそ、それじゃあ、不束者ですが、よろしくお願いします」
「貴方も意外とノリ良いですね。ありがとうございます」
そんなこんなで司祭と女戦士は結婚し、沢山の子どもにも恵まれ、幸せに暮らした。
それからもアテスカ帝国は勢力を拡大していき、国はどんどん栄えていった。しかしある時、遥か遠くからやってきた国と戦争になり、長い戦いの末にアテスカ帝国は滅ぼされてしまった。帝国の財宝はすべて奪われ、国民はほとんどが虐殺され、助かった人々も散り散りになった。また、遥か昔から残されてきた帝国の歴史の記録や資料はすべて燃やされてしまった。残ったのは、隠してあったものや、かろうじて破壊を免れたわずかな壁画などだけであった。アテスカ帝国は文字通り消滅し、次第に人々の記憶から薄れていった。

そして時は過ぎ現代。
アテスカ帝国について研究をしている有名大学の権威を持った教授が、ある日歴史的な発見をした。それはアテスカ帝国で伝統的に行われていたとされる『生贄の儀式』を記した壁画であった。
「こ、これは大発見だ!この壁画を見るに、かつてここにあったアテスカ帝国は度々他部族の捕虜を生贄として神に捧げ、心臓を生きたままくり抜いていたらしい。さらに戦士たちでその生贄を食べていたのだ。この壁画はそれを記している。文字は解読できないし他にもまだ出てきてない遺跡もあるが、きっとそうに違いないぞ!権威のある私が言うのだから間違いない!」
そんなわけで司祭や学者の頑張りも空しく、アテスカ帝国は野蛮な人食い人種として認識され、本当の歴史が見つけられることはそれからも永久になかったそうな。ちゃんちゃん。

ちなみに、食人を意味するカニバルという言葉があるが、カーニバルの由来はラテン語の謝肉祭であり、カニバルはスペイン語由来である。語源の意味も全く別物なので、決して作者のように安易に混同せぬようご注意願いたい。


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サークル名:城東ぱらどっくす(URL
執筆者名:病氏

一言アピール
自費出版の体験記出してます。興味のある方ぜひご参考に!あと作品的には星新一大好きなので、短編メインで書いてます。そろそろ新刊頑張る!今回は「祭」ということでカーニバル→カニバルと連想し、勢いとノリで書きました。しかしカニバルとカーニバルって、実は関係なかったと書く過程で調べて知って愕然(白目

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