後のまつり

 「……では、単刀直入にお訊きします。犯行時刻、すなわち二〇一六年一一月二七日の午後三時四〇分頃、あなたはどこで何をしていましたか?」
 「三時四〇分……ですか?」
 「えぇ、間違いありません、殺害された被害者の死亡時刻はほぼ三時四〇分。前後に一〇分と差はありません。犯人は、死亡推定時刻をごまかしたかったのか、時計を破壊したりエアコンの設定温度を極端に上げたりと稚拙な策を弄していましたが、死体の発見が早かったこともあり、検死官は正確な時刻を割り出しました。よせばいいのに付け焼刃の知識でやったのでしょうが、現代の科学捜査はもっと多角的です」
 「……」
 「で、三時四〇分頃、あなたはどこに?」
 「……競馬場です。競馬場に、いました」
 「あなたが? あなたは、ギャンブル狂の被害者に何度も金を無心されて困っていると、周囲に漏らしていたことは調べがついています。そのあなたが、競馬場に?」
 「競馬はスポーツでもあるんですよ。何がいけませんか。確かに、ここ二〇年ほどは遠ざかっていましたが、惚れ惚れするようないい馬がいて、最近また戻ってきたところです。えぇ、その日は東京競馬場で、その馬が勝つところを間近に見ていました。換金せずにおいて良かった、これが証拠です」
 「東京競馬一一レース、ジャパンカップにおけるキタサンブラックの単勝馬券……ですか。東京競馬場で購入されている。なるほど。これがあなたのアリバイ、と」
 「そうです。ジャパンカップの発走時刻はちょうど午後三時四〇分」
 「ほう」
 「それからこちらも。その後の、京都一二レース京阪杯の馬券です。東京競馬場に問い合わせれば、発券番号から、購入時刻がおよそわかるはずです。なんなら監視カメラも全部調べてみたらいい。僕が映っているはずですから」

 「お待たせしました。監視カメラまでは調べきれませんでしたが、馬券については確認が取れました。ジャパンカップの馬券は、事件当日の午後三時頃。京阪杯の馬券は、締め切り直前つまり午後四時一〇分頃、購入されていました」
 「でしょう?」
 「ですが、それを発券した端末は、競馬場西門を入ってすぐのものでした。殺害現場である被害者宅は、西門から歩いて行ける距離です。徒歩で約三〇分、駆け足や自転車ならもっと早いでしょう。この購入時刻の間に、現場への往復は可能です」
 「それは言いがかりってもんです。競馬場で馬券を買って、レースを見ないなんてことはないでしょう。ジャパンカップ目当てに出かけて、競馬場に入ってまず馬券を買ってからレースを見られる場所を探した。当たったから、予定になかった京阪杯も、帰りがけに少し買った。疑問を差し挟む余地がありますか」
 「では、午後三時四〇分頃、あなたが何をしていたか、具体的に供述していただけますか」
 「そりゃあもちろん、観覧席でジャパンカップを最初から最後まで見ていましたよ!」
 「ほう?」
 「素晴らしかったですよ! キタサンブラックが真価を発揮した、独擅場と言ってもいいレースで、心底満足しました」
 「ほほう?」
 「あぁもう、歓声に包まれ一体となったあの競馬場の雰囲気を、どれだけ伝えられるか……クラシックディスタンスたる東京二四〇〇はスタンド前のスタートですから、否が応にも盛り上がるってもんですよ。人間が興奮するのと裏腹に、馬たちは落ち着いたものでしてね……とりわけキタサンブラックは素晴らしく、白い帽子が絶好のスタートを決めた瞬間はもう、それだけで快哉を挙げそうになりました! そこから、終始先手を取る、逃げ先行馬の鑑のようなレース運び。武豊騎手がガッチリ手綱を抑えての完璧なペースコントロール。一定の間を置きつつも、決して乱されることなく、むしろ余裕を持って脚をためての逃げ。直線に入ってやや詰め寄られるも、坂を上ってから一気に突き放す! 差し馬をまるで寄せ付けず、ただ一頭伸びたサウンズオブアースも振り切って、余裕綽々のゴールイン! 圧巻! まさしく王道、チャンピオンホースの勝ちっぷり! タイムは二分二五秒八、上がり三ハロン三四秒七、騎手は武豊調教師は清水清水久詞馬主は大野商事生産者はヤナガワ牧場、すべてのスタッフが一丸となって作り上げたこの日本最強馬、競馬界の至宝! いやもう、この目で見ることができて感激の言葉しかありませんよ!」
 「そうですか」
 「そうなんですよ!」
 「……まるで実況を見てきたような説明だと、思いましたがね……それで、その後は」
 「あの日はジャパンカップが最終レースでしたから、レースの余韻に浸りながら、そのまま自宅に帰りましたよ。あぁ、当たったんで調子に乗って京阪杯も少し買ってしまいましたがね。それは後から結果だけ確認しようと」
 「ほう……?」
 「はい。何ですか、何かおかしいですか?」
 「……」
 「どうぞおっしゃってください。僕は潔白だ」
 「いえ、まぁ、……あなたは、何も間違ったことは言っていません」
 「でしょう?!」
 「ですが、正しいこと───本当にあの日あの時間に東京競馬場にいたならば、必ず口にするはずのこともまた、言っていません。そこが、ひっかかる」
 「……え?」
 「つかぬことを訊きますよ、あなたはいまキタサンブラックの馬主が『大野商事』だとおっしゃいましたが、その会社の社長の名前をご存知ですか」
 「は? そこまでは知りませんよ、何の関係があるんです? そりゃ、大野さんでしょう」
 「その通りです。……本名はね」
 「…………本名?」
 「芸名、『北島三郎』。演歌歌手のサブちゃんですよ。だから馬の名前が、『キタサン』ブラック」
 「え……」
 「北島三郎氏は、歌手稼業の傍ら、長年馬主としても活動してこられました。しかしなかなか活躍する馬に恵まれませんで、それがようやく、日本最強とさえうたわれる名馬にめぐり逢えた。氏は『孝行息子』と呼ぶほどに喜んで、キタサンブラックがG1レースで勝った後は、馬主として表彰台に立つと、持ち歌の『まつり』を披露するのが恒例となっています。これ、今の競馬界の最大のトピックスといっていい話題ですよ。キタサンブラックに惚れこんで競馬を再開したというならなおさら、知らないはずがない。表彰式に言及しないなんてありえない。テレビかネットか、レースだけを見て話したのでもない限り」
 「……」
 「だから付け焼き刃はおよしなさいと言うんです。あなたは競馬に興味もなけりゃ、馬券を買いたくもなかったんだ。……あなたは、『金を無心されていた』のみならず、ギャンブル狂の被害者に、『馬券を買わされていた』のではないですか? 学生の焼きそばパンよろしく馬券の使いっぱをさせられるとは、いったいどんな弱みを握られていたかは知りませんが」
 「……」
 「あなたが先ほど興奮して語ったレース実況、それは被害者こそが、あなたに買わせた馬券を握りしめながら言っていた言葉なんでしょうね。その熱狂ぶりがあなたの怒りに火をつけた。誰の金だと思ってるんだ、ってね。だから、ついに耐えかねて殺害に及んでしまった……その後にあなたは気づいた、少しでも死亡推定時刻をずらす偽装ができれば、自分を苦しめたその馬券が、逆に強力なアリバイになるのでは、と。ずっと競馬場にいたことを印象付けようと、急いで競馬場に戻って京阪杯も買い増しさえもした……ま、こんなところですか」
 「……で、ですが」
 「これ以上は、いらぬごまかしはよしましょう? この取り調べはすべて記録されています。何を取り繕おうともう手遅れです、口にしたことも、犯した事件も。……さて、私の『まつり』はここからです」


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サークル名:DA☆RK’n SIGHT(URL
執筆者名:DA☆

一言アピール
現代・SF・ファンタジー脈絡なく書いています。最近はなぜかバクチものの話に偏り気味。今回は珍しくミステリータッチですが、やっぱりバクチがらみです。

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