ドリーの失敗
人間たちって馬鹿だなあ、と思う。オイラの格好を見て、飴をくれたり、頭を撫でようとするんだ。オイラ、悪魔なのに。
今夜も小さな女の子から指を二本盗ってきた。夢と思って契約するのが悪いのだ。オイラ、ちゃんと言ったからね。契約書類もあるよ。
指は幼子特有のぷっくりした手で、ふにふにしている。欲しがった悪魔はきっと子どもの姿なんだろな。そう思いながら夜の街に降りると、なんだか今夜は賑やかだ。しかも明るい。人間がいっぱい。
甘い匂いもしている。いつもは街灯の明りだけの道に、所狭しと屋台が並んでいる。匂いに釣られてふらふら覗くと、出来立てのパンや揚げ物が売られている。オイラ達は人間の食べ物なんて必要ないけれど、中には好んで集めている奴もいる。ゲテモノをよく食べられるなあ、なんて思うけどこんな匂いをしていたら、ちょっとわかるかも。
「ちっこい嬢ちゃん、なんだ欲しいのか? 一つ味見するか?」
ほいっと投げられた揚げものを口に放り込むと、ふわふわぽかぽかする。
「むむ!」
すっごくおいしい。屋台のおっちゃんをきらきらした目で見ると、にかっと笑顔を返された。
「そっかそっか、うまかったかー。あんがとなー」
わしゃわしゃと撫でられていい気分だ。人間はこういうことを時々しているけれど、何だかこれは楽しいものだ。
「お、そこな嬢ちゃん、これもどうだい?」
横で飲み物を売っていたおっちゃんがカップを渡してくる。それににぱっと笑ってやると、このおっちゃんもうれしそうだ。そういえば対価を払っていないなと思った。人間たちはお金を持っていないと気づいたのか、それはいいよと言ってくれた。なんだ、人間、案外話がわかるじゃないか。上司たちに聞かせてやりたいぞ。
お腹が満たされたら他にも催しがあることに気づいた。どうやら広場で皆が踊っている。少ない楽器で奏でられた音楽は華やかさはないが、やさしげだ。さざめく声に広場を窺うといろんな人間がいる。男も女も年寄りも子どもも。
オイラも中に入ろうか、迷っていると後ろからぶつかられた。
「おっと、ごめんよ」
男が転げたオイラを立たせ、埃を払う。
「お嬢さんも中へ入りたいのかい」
気のよさそうな兄さんがオイラの手を取る。そのまま輪の中へ引っ張られ、そしてくるくる回り出す。にこにこと笑顔の兄さんに、オイラも笑顔を張り付けた。でも回ってる間になんだか本気で楽しくなった。
途中で何度か飲み物やお菓子をもらっていたら、次第にあたりは静まっていく。祭りの終わりが近いのだ。
「お嬢さん、今日は楽しかったよ。ありがとう」
兄さんが送っていこうと言ってくれたが辞退する。
「じゃあ、また会えたらいいね。俺はマイセルという。お嬢さんは?」
「お……あ、わたしはドリーです」
人間に名前を聞かれるのは初めてだ。うっかりオイラと言いそうになって、言い換えた。今のオイラはかわいい少女。次に見かけても声はかけられないが、一時の出会いも悪くない。
「ドリー……。そうか、ドリー。またね」
手を振り、マイセルはオイラが路地の闇に消えるまで見送ってくれた。祭りのうかれた気分のままに、オイラは棲み家に戻る。
上司から問われ、依頼品を差し出そうとするが、ない。
待ってくれている上司を前にあたふたとする。スカートの中。ポケットの裏側。胸のリボンの隙間。髪留めの奥。何処にも、なかった。
確かに手にした少女の指は煙のように消えていた。結局上司からは怒られ、任される仕事の格は下げられた。
もしかしてあの人間だろうか。でもオイラが悪魔だなんて見た目にはわからないはずなのに。
オイラは人間たちを甘く見すぎてたんだろうか。またね、と言ったあの人間の名前を、記憶から探り出す。
あの楽しそうな笑みは偽物のようには見えなかったけど、悪魔も欺くとは侮りがたし。あの町へ再び行かなければ、とオイラは決めた。
人間、すべてが馬鹿とはいえないかもしれない。
サークル名:月明かり太陽館(URL)
執筆者名:恵陽一言アピール
青春ものとか友情ものとかに弱いです。気ままに書き散らしております。今回の作品はサイトにも公開している「左腕オリバー」の次作へつながるお話になっております。青少年の友情と悪魔への抵抗のお話。興味あればどぞです。