祭囃子

熱い日差しが地上に降り注ぎ
じりじりと肌を焦がしていく
日焼けを気にせず走り回り
男の子に紛れて
虫を捕まえていたのは
もう二十年近くも昔のこと

昔は気にならなかった蝉時雨も
今は耳ざわりな雑音でしかない
自然以外に何もない田舎が嫌で
家を飛び出したのは十年前の事

もう二度と戻らないと決めた私は
一度も帰省をしなかった

今年の夏は
地元の祭りに合わせて
早めの夏期休暇を
取ることにした

――ちょうど一カ月前、懐かしい夢を見た

 夢の中の私は子供で、友達と一緒に祭り囃子の楽しげな音を聞きながら参道に立ち並ぶ夜店で遊んでいた。金魚すくい、ヨーヨー釣り、お面、綿あめ、リンゴ飴、型抜き。
 親から貰った僅かなお小遣いで、好きな物を子供ながらに厳選して夜店を回る。金魚掬いが得意な私は、お椀いっぱいに金魚を掬っていた。金魚掬いのおじさんに苦笑いされながら、たくさんの金魚を受け取った私は、友達に自慢しようと思って振り返る。
 既に友達は別の夜店に行ってしまったようで、辺りには知らない人ばかり。さっきまでの楽しさから一転、急に寂しさが込み上げてくる。
 慌てて人混みの中へと入っていく。小さな私は、人の壁に何度も行く手を阻まれながらも、必死に友達を探す。思うように進められず、友達を見つけられないままで、どんどん不安に覆われていく。鼻の奥がつんとなり、目に涙が溢れ始めた時、誰かの声が聞こえた。
「こっちだよ」
 聞いたことのない声は、さっきまでの不安を拭い去ってくれるような、優しくて……暖かくて……どこか懐かしい声だった。
 人混みの中から外れ、声を頼りに歩いていく。
「お久しぶり」
 急に耳元で声が聞こえ、私の身体がビクッと震える。恐る恐る声の方に顔を向けると、白い着物の、私と同じくらいの背丈の子が立っていた。
「やっと会えた」
 顔を覆う狐のお面の下から聞こえる声は、少し隠ってはいたが、ここに来るまで聞こえていた声と同じだった。私は黙ってその子を見つめている。
「僕のこと忘れちゃった?」
 ふぅ、と溜息を吐くと、静かにお面を外し、小さく笑う。その微笑みから、ゆっくりと遡っていく記憶。
「…………コウ……くん?」
 ホッとした顔に変わる。
「思い出してくれた?」
「うん!」
 コウくんは、私が小学校に上がる前に、一緒に遊んでいた男の子だった。小学校に行ってからは、新しくできた友達と遊ぶようになり、コウくんのことは自然と忘れていった。
「ずっと待ってたんだよ」
 少し拗ねたような顔をする。
「……ごめんね」
「でも、また会えたからいいや」
 そう言いながら私に近づき、スッと手を伸ばす。白い着物の袖から覗くコウくんの腕は、透き通るほど白くて、何故かドキドキしていた。
 伸ばされた手が私の頬を優しく撫でる。
「もう、あの約束から随分経っちゃったけど、僕は待ってるから……早く会いにきて…………」
 ゆっくりとコウくんの顔が近づく。頬に柔らかい感触を感じると同時に、風が吹き、木々がざわざわと音をたてる。一瞬、ぶわっと強い風が吹くと同時に、私は目を瞑った。
「……早く………会いに……きて…………ねぇ……シキちゃん…………」
 徐々に声が遠くなっていく。風が治まり、ソッと目を開ける。そこにはもう、コウくんの姿はなかった。

 目が覚めると、見慣れた自分の部屋の天井がぼんやりとした視界に映った。無意識に頬に触れる。
…………約束……
 記憶の奥で何かが引っかかるような不快感が、ずっと拒んでいた帰省を決めさせるきっかけとなり、実家に連絡を入れ、新幹線と電車、バスを乗り継ぎ、嫌いだった田舎へと向かった。
「今まで何の連絡もよこさんで……」
 グチグチと文句を言いながらも、浴衣を着せてくれる母親。十年間、一度も会わなかった両親は、私よりも少しだけ小さくなっていて、黒々としていた髪には、白いものが混じっていた。
「気をつけてな」
 母親の声を背中で聞きながら、玄関の引き戸を閉じる。懐かしい田舎道を、虫の音を聞きながら、神社へと向かっていく。木々に埋もれた紅い鳥居を潜ると、まるでタイムスリップしたように、昔と変わらない祭りの姿があった。
 夜店も変わらないままで、如いて言えば、カラフルな綿あめの袋と並んで掛けられているお面が、今流行りのキャラクターに変わったくらいだった。
 懐かしさに浸りながら、夜店を見て回る。
「おっ、綺麗なねえちゃん、寄ってかない?」
 そんな声をかけられるたびに笑顔でかわし、ゆっくりと参道を進んでいく。そして、不意に吹く強い風に目を瞑った。
 木々の騒めきが落ち着き、風が止んで目を開けると、さっきまで賑わっていた参道には誰もいなくて、遠くから祭り囃子が聞こえるだけ。何が起きたのかわからず立ち尽くす。
「来てくれた」
 急に声が聞こえ、私の身体がビクッと震える。恐る恐る声の方に顔を向けると、白い着物の、狐のお面をしている背の高い人が立っていた。私は黙ったまま、その人を見つめる。
「また僕のこと忘れた?」
 ふぅ、と溜息を吐くその人は、静かにお面を外し、小さく微笑む。
「……コウくん?」
「そうだよ」
 子供の頃の面影はあっても、大人になったコウくんは、見上げるほどに背が高く、着物から僅かに覗く透けるような白い肌は相変わらずで、この世の人とは思えないほど綺麗な顔立ちに、緊張してしまう。
「やっと、会いに来てくれた」
「あ……うん」
 気付かれないよう、素っ気なく答える。
「嬉しいよ」
 そう言いながら、コウくんが近付いてくる。距離が近くなるにつれて、鼓動が早くなっていく。スッと伸ばされる手に引き寄せられ、コウくんの腕に包まれていた。
「シキちゃん」
 優しい声が、頭の上から聞こえる。
「やっと………帰ってきてくれた…………僕の……愛しい……シキちゃん」
 強く抱きしめられながら口を開く。
「あの……聞きたいことがあって……」
「ん? 何?」
「……約束って、何の約束?」
「あれ? 忘れたの?」
 クスクスと笑うコウくんの腕が緩み、少しだけ躰が離れ、私の顔を見下ろす。
「大人になったら結婚するって約束」
「え?」
「僕はすぐにでも結婚したかったんだけど、「大人にならないと結婚はできないんだよ」って言うから、シキちゃんが大人になるまで待ってた」
「あ……えっと…………」
「シキちゃんはまだ人間だから…………人間のいう大人になるまで待ってたんだ」
――人間?
 違和感にコウくんを見つめる。
「そっか……それも忘れてるんだよね」
 少し寂しそうに笑うと、大きく息を吸い込む。コウくんの体から眩い光が放たれ、思わず目を瞑る。光が治まり、ゆっくりと目を開くと……目に飛び込んでくるコウくんの姿に私は驚きを隠せなかった。
 コウくんの長い黒髪は白髪に変わり、頭には白い耳、切れ長の目は金色に輝き、肩越しには真っ白な尻尾がゆらゆらと揺れていた。
「これが僕の本当の姿」
 コウくんの寂しそうな顔に胸が締め付けられて痛み出す。その痛みが徐々に小さい頃の記憶を思い出させていく。
 そう、私にだけ見えていたコウくんは、いつも一人で、いつも寂しそうにしていて、私が声をかけて一緒に遊び始めた。そして、コウくんには私にはない、真っ白な耳と尻尾が生えていたことを思い出す。
「シキね、コウくんとずーっと一緒にいたい」
「僕も、シキちゃんとずーっと一緒にいたい」
「ずーっと一緒にいることは、結婚することなんだって」
「それじゃあ結婚しよ」
「まだダメだよ。大人にならないと結婚はできないんだよ」
「いつになったら大人になるの?」
「うーん……もっと大きくなったら」
「どれくらい?」
「うーん………いっぱい大きくなったら」
「それじゃあ、シキちゃんがいっぱい大きくなったら結婚しよ」
「うん! 約束ね!」
「うん! 約束!」
 そして私とコウくんは、お互いの頬に唇をあてて、結婚の約束をした。

「思い出した?」
 不意に声をかけられる。
「…………うん……」
「もう大人になったから……結婚できるよね?」
「………………」
 答えられずに俯いてしまう。
「ダメ?」
 コウくんの鋭い爪に頬を撫でられ、身体がビクッと震えた。
「わ、私……人間だから……」
「人間だから?」
「……コウくんとは結婚できない」
「じゃあ、人間じゃなくなれば結婚してくれる?」
「………………」
 答えないままの私の顎をクイッと持ち上げ、コウくんがじっと見つめてくる。
「……昔みたいに……僕と一緒にいたくない?」
 真っ直ぐで純粋な金色の瞳が、私を捕らえて離さない。引き寄せられるように、ゆっくりと顔が近づき、唇が重なる。

トクントクン……流れ込む……
柔らかくて……優しくて……暖かくて……懐かしい……
昔の……遥か遠い記憶が……蘇ってくる…………
その記憶は……何百年……何千年も前の……私が人間になる前の………
私がまだ……白狐と呼ばれていた頃の……遠い……遠い記憶……

 ソッと唇が離れ、ゆっくりと目を開ける。目の前には愛しいコウくんが、優しく私を見つめていた。
「思い出した?」
 小さく頷く。
「……ずっと……待っててくれたんだね」
「うん、シキちゃんが人間になってから……ずっと……待ってた」

何千年も昔
私はコウくんと同じ
白狐だった

罪を犯してしまった私は
人間としての生を与えられ
数え切れないほどの
生と死を繰り返した

その間も
コウくんは私を見守りながら
ずっと待っていてくれていた
私が記憶を取り戻すまで
全てを思い出すまで

「……ごめんね」
 一言だけ言うと、コウくんは優しく微笑みを向け、再び唇を重ね合わせる。唇から、舌から、コウくんの想いと白狐の力が流れ込む。熱くなる身体と共に、私は人間から白狐へと、私の本当の姿へと戻っていった。

祭り囃子が聞こえる

遠くて近い
懐かしい音

私の罪は浄化され
人間としての存在は
人々の記憶から
消えていた

私はコウくんと一緒に
この地を守り
年に一度の祭り囃子を
一緒に聞いた

永遠の命を捧げ
計り知れない時の流れを
過ごしていく

何千年も昔の頃と同じ
コウくんと一緒に
自然を守り続ける
それが私の使命だから


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サークル名:雑食喫茶(URL
執筆者名:梅川もも

一言アピール
和風ファンタジー、NL、BL、GL、R18、R18G、なんでもアリの雑食主義。同人歴浅いですが、どうぞ宜しくお願い致します。 二次創作は主に刀剣乱舞。

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