写真

 はっきりいおう。僕は「お祭り」という類いのものは嫌いだ。
 特に、神輿を担ぐ祭りやハロウィン等の仮装イベント。「祭り」という名前を利用して、ただ馬鹿騒ぎをしたいだけとしか思えない。
 そもそも、ハロウィンは豊作を祝うものだし、小さい子どもが仮装するから成立するのだ。それを仮装だかコスプレだか公然猥褻なんだかわかんない格好をした奴等が騒いで交通の邪魔をしやがる。騒いで交通の邪魔をするのは神輿を担ぐ奴等も一緒。酒を飲んで泥酔しているから余計にたちが悪い。
 あんなものを「祭」というのは、僕は絶対に認めない!
「…だから、絶対無理」
 そう言って部屋に戻ろうとした僕の手を父が掴んだ。
「お願いしますよー、ひろしさん」
「気持ち悪いわ!」
 普段呼んだことがないくせに、こういう時に「さん」付けで呼ぶ父に掴まれた腕から鳥肌が立った。反射的にその手を振りほどく。
「ご心情お察し致しますが、ここは何卒お願いいたします」
 まるで仕事の取引相手に頼むような形で頭を下げる父。僕に対してここまでやるって事はもしかして…。
「町内会長に頼まれて、任しとけっ! なんて大見得切ったの?」
「うん」
 嫌な予感が的中した。何勝手な事してくれてんだよ!
「……あぁっ! もうっ!」
 これ以上断っても父に怒っても無意味だと判断した僕は「今回だけだからね!」と父の為、仕方なく了承してそのまま自分の部屋に戻った。

 僕が写真撮影を趣味としているのを知っている父や町内会長から毎年頼まれていた「町内会の祭りの撮影係」を以前から断り続けていたが、とうとう断れない頼み方をしてきた。クレーム対応を生業としている会社員の親父とお調子者の町内会長のコンビはなかなか侮れないと痛感するが、こうなった以上はやるしかない。
「よしっ!」
 保管箱からカメラを取りだし、ひとつ気合いを入れた。
 動画サイトで本来なら観るのを避けてきた御輿祭りの映像を探して再生しながら、どのレンズが良いか、どの機能を使えばいいか…等を頭の中で組み立てる。引き受けた以上は妥協したくない! というのが僕のポリシーだ。
「…このレンズを使うか」
 カメラとレンズはすぐに決まり、どの機能を使うかもある程度決まった。あとはカレンダーで日にちを確認する。本番は、明日…?
「…えっ?」
 もう一度カレンダーを確認する。今日は金曜日。本番は…明日。…間違いない。
「あ…んの…クソ親父っ!」
 あまりにも急すぎる日程に、僕は驚きを通り越してカレンダーの前で呆然とするしかなかった。

 本番当日。
「大人御輿は二時開始だから、昼前に町内会館前に集合。時間厳守な!」
 ダボシャツに半纏、股引に足袋という格好の親父が威勢よく僕に言ってきた。本人は褌を締めたかったそうだが同じ衣装を装備した母親に「みっともない」と反対された。褌の件は息子も母親に同意します。
「昼前って…早くねぇ?」
 父親の言葉に眉をしかめる。昼前っていったらもう用意しないと間に合わないじゃんか。
 一気にやる気をなくした僕の頭を軽く叩くと
「御輿担ぎ手たるもの、神様を待たせたらいけねぇからな!」
 台詞が決まったのか、父はドヤ顔で母とともに家を後にした。
「……だから祭りは嫌いなんだ」
 そもそも僕は担ぎ手じゃないし。…まぁ、そう言っても仕方がない。腹が立つ言葉を吐き捨てコップに入ったジュースを一気に飲み干す。「ボランティア…ボランティア…」と自分に言い聞かせ、カメラを取りに部屋に戻った。

 準備万端で町内会館に着いたのは、それから三十分後。
「遅いっ!」と怒る父親に小さく舌打ちをして、町内会長の元へ指示を仰ぎに行った。
「悪ぃな、折角の休みなのに」
「ホントですよー」
「おっ、あんなに可愛かったのに、生意気な口をたたくようになったなー」
 苦笑しながら言った僕に、笑いながら頭を叩く会長。酔っぱらって加減を知らないのか結構痛い。
「それで希望とかありますか? 素人なんで難しい事は出来ないですよ」
「簡単だから大丈夫。担いでる奴等を中心に撮ってくれるかな。御輿全体が入った写真も何枚かあると有り難いが、担いでる奴等の顔をできれば個人単位で」
 親父と違って的確な指示を出してくれる。
「個人単位かぁ…。かなり難易度高いけど、なるべく全員撮るようにします」
「俺だって全員担いでるかなんて把握できるわけがないんだから、弘の出来る範囲でお願いするよ」
 僕の言葉に会長が笑った。彼がくれた言葉は、少しだけ緊張していた僕の気持ちを楽にしてくれる。
「わかりました」と言う僕に、会長は頭を軽く叩いて「ひとつだけ」と少し悲しそうな表情で口を開いた。
「角にいる爺さん二人組いるだろ?」
 会長が指した方向を見ると、缶ビールを手に子どものようにはしゃいでいるおじさん二人がいた。小さい頃からお世話になっている近所のおじさん達だ。
「えと…塚越つかこしさんと野間のまさん?」
「そうそう。悪いんだけどさ、今回はあの二人を多目に撮ってくれないか?」
 おじさん二人とは正反対の表情で僕に頼む会長。一瞬僕の頭に「?」が浮かぶ。それを瞬時に察知したのか、二人の方を見ながら会長がポツリと呟いた。
「…実は、あの二人末期ガンなんだ」
 あまりにも想定範囲外の言葉が飛んで来た。
「冗談ですよね?」
「ホント。まぁ、二人とも余命半年だから明日明後日死ぬって事ではないし、今日も明日も御輿を担ぐって気合い入りまくりで病人には見えないだろ?」
 会長の言葉にもう一度二人を見る。少し遠いが顔色も良くて末期ガンにはみえないけどなぁ。
 やはり頭の中が「??」になっている僕に、今度は「こっち」と会館の入口に置いてある長机まで移動した。
「…あぁ、なるほど」
 長机の上に小さな写真立てが数個飾られている。そこには亡くなった人達の笑顔が写っていた。この日を楽しみにしていたような笑顔ばかり。
 それを見た僕は、会長のお願いの意図をやっと理解できた。
「ここに飾るため…ですね?」
 僕の言葉に会長は頷く。御輿の周りに集まる人達を見ながら、少しだけ寂しい表情を浮かべ口を開いた。
「この写真さ、担ぎ手だった奴等なんだ。こうやって飾ってるけど、皆祭りの時じゃないんだよ。せっかくの祭りの日に一緒に居るのに、担ぎ手としてはなんか悲しいじゃん?」
 そう言われてみると、皆祭りの時の写真じゃない。
「だからさ、好きなものに一生懸命になっているお前に、俺も含めてここに飾るための写真をお願いしたかったんだ。弘が写真を撮るのが好きなように、俺等は御輿を担ぐのが好きだからさ」
 そう言って微笑んだ会長。その言葉に僕は頷く事しかできなかった。
「会長! もうすぐ時間っ!」
「わかった! じゃあそろそろ始めるから、写真よろしくな!」
 僕の父親の声に会長が返事をする。僕の頭を二、三回叩くと、そのまま輪の中に入っていった。
「今日は後ろにいる弘がカメラで撮影してくれるから、皆、気合いいれていくぞっ!」
 輪の中から会長の気合の入った声が響く。「撮影」というワードに反応して、一斉に僕の方へと振り向いた。集団で見られるほど怖いものはないが、それもたった一瞬。会長と同じように皆、無邪気な笑顔へと変わった。
「イケメンで撮ってな!」
「すぐにメイク直してくるから、若く撮ってよね!」
 カメラを構える僕に皆の声が聞こえる。フィルター越しに見える彼等は、まだ御輿を担いでないのに凄く楽しそうだ。祭りが嫌いな僕も少しだけ好きになれそう。

 会長の期待に添えられるかわからないけれど、彼等がどれだけ祭りが好きなのかを写真を通して伝えたい。
「イケメンに撮れなくても文句言わないで下さいよっ!」
 格好つけるいい歳したおじさん達に言いながら、僕はシャッターボタンを押した。

 できれば僕が撮った写真があの長机に飾られるのは、まだまだ先の話になればいいなと願いながら。


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サークル名:紅茶とケーキ(URL
執筆者名:砂塩香味

一言アピール
サークルの頒布作品は、男女の恋愛のお話を中心に書いてます。書きたいものが色々とあり、男女の恋愛以外に、BLや日常的なお話等も出せたらいいなと思っています(希望)。基本的には「ほのぼのとした中に、少しだけキュンとする」作品を目指しております。
まだまだ修行中ですが、よろしくお願い致します。

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