このひとときを、いつまでも

 ピピピピピピ……。
「うーん……」
手を伸ばして目覚ましを止め、起き上がる。
今日は大学生になって初めての文化祭。
「たのしむぞー……」
あぁ、眠い。ぱたり、と布団に寝転がる。昨日は追い込みで遅くまで作業してたから……。

 ♪~

着信音と同時に振動。ケータイが鳴ってる?
手を伸ばして、画面を確認する。
[先輩 FaceTimeオーディオ]
眠気が吹き飛ぶ。
わたしは画面に触れ、着信に応じる。
「はい」
「もしもし、おはよう」
先輩の声。
「おはようございます……」
それにしても。どうして電話なんて……。わたしの考えを見透かしたように、先輩が言う。
「昨日のモーニングコール。忘れた?」
え? 
………。
…………。
……………あ。思い出した。

~☆~☆~☆~

 準備も終わり、帰りのこと。わたしと先輩は最寄駅が同じだから、一緒に帰っていた。
「今日は疲れましたねー」
「そうだね」
「明日起きれるか心配ですー。……あ、先輩、モーニングコールしてもらえません?」
そんなこと、普段ならいえないのに。疲れてたからか、明日への高揚感からか、気づけばわたしは口にしていた。
口走ってからはっとしてしまったけど、先輩は少し困ったような顔をして、
「いいよ。何時くらいがいい?」

~☆~☆~☆~

 「すみません今思い出しました」
顔を上げると、姿見に、顔を赤らめた女の子が映っている。
「じゃあ駅で待ってるから、遅刻しないようにね」
先輩はそれだけ言って、通話を切った。
「………」
目が覚めた。今のは夢だったんじゃないだろうか。わたしはケータイを手にとって確認する。
着信履歴に先輩の文字がある。頬をつねる。痛い。
……わたし、おかしくなかったかな。寝ぼけて、変なこと言ってなかったかな。急に不安になってきた。
って、そんな悠長にしていられないんだった。起きあがって、準備する。

* * *

 駅に着くと、先輩はすぐにわたしに気づいた。手を挙げてこっち、と合図してくれる。
「すみません。遅くなっちゃいまして」
わたしが言うと、
「大丈夫。今来たとこ」
ついさっきまでiPod使ってたの見えてたんですけど。先輩はそんなこと気にしてないかのように、
「じゃあ、行こうか」
「はい」
改札を通り、電車に乗る。
「先輩、眠くないんですか」
「まあ……多少は。ちょっと頭回ってないから」
「さっきもテンプレの台詞でしたもんね」
「テンプレ?」
「『今来たとこ』って」
「ああ」
先輩は合点がいったようにうなずく。
「んー、実際来てすぐだったけれど」
若干目をそらし気味なのが気になる。
「そーですかー?」
「そうそう」
……深くは追求しないでおこう。
ふと先輩を見ると、隣でうつらうつらしている。
眠いというのは嘘ではないらしい。
しばらく寝かせてあげよう。わたしは先輩に起こされるまで眠ってたくらいだから、頭はすっきりしてるし。
と、先輩が寄りかかってきた。
「あ、あの、先輩」
「………」
聞こえてない。寝てる。
……まあいっか。
しばらくそうしていると、目を覚ましたのか先輩が飛び退いた。
「……ごめん」
「……いいですけど」
とりあえず恥ずかしそうに頬を染めるのはやめてほしい。あ。悪戯心がわいてきた。
「先輩頬赤いですよ」
「君もね」
「えっ」
わたしは鏡を出して確認する。別に赤くな……、あ。
「先輩」
「ふふ」
悪びれずに先輩が言う。ほんとうにこの人は……。
そう思っていると、アナウンスが流れた。
「じゃあ、降りようか」
「はい」
わたしたちは大学へと向かう。

 教室に着くと、メンバーはおおよそ揃っていた。わたしたちもその中に混ざる。
友人がわたしに話しかけてきた。
「一緒に来るなんて、もしかしてお泊まり?」
「……待ち合わせただけだよ」
「そう?」
からかってる。
「まあいいや。早く着替えてきたら?」
そうだねと返しながら、わたしは隣の教室に向かう。

 着替えて、姿見で細かなところを整える。
「よし」
がんばろっ。
文化祭がはじまる。

 シフトを終え、着替えて教室を出ると、先輩が待っていた。
「どうかしました?」
「いや、これから暇?」
まさか。
「そうですけど」
「よければ、一緒に回らない?」
まさかだった。
「は、はい」
誘われるなんて思ってなかったから、変に緊張してしまう。
ん? 先輩が寄りかかってる壁のガラスに反射して、教室の様子が見えた。
わたしの友人とか、先輩の友人とか、わたしたちの方をなんとなく気にかけているのが見える。そういえば友人を誘ったの

に断られた。もしかして、
「じゃあ、行こうか」
先輩は気づいているのかいないのか。
友人たちはこのつもりだったんだろうか。でも、まあいっか。
歩き始める先輩の隣に並ぶ。
先輩が言う。
「去年は友人たちと回ったんだけどさ」
「はい」
「なんでだろう、今年はみんな予定があるってさ。ひとりで回るつもりもなくて、帰ろうと思ってたんだけど、もしかして

空いてないかな、なんて思ってね」
……多分同じことをされたんだろうな、と思う。お節介な友人たち。
「まずは医学部の出店かな。さすがお金かけてあるし、おいしいよ」
初めての学園祭で何もわからないわたしに先輩は教えてくれる。
「じゃあ、そこで。ほかにも色々教えてください」
先輩は返す。
「もちろん」

* * *

 「機材とか本格的なんだよ」
そう。なんかお祭りで見るような綿菓子機にガラス張りの温めるあれとか。どれもおいしそう。
悩んでいると、先輩が買ってくれる。
「これ、なんですか?」
「牛タン串」
「牛タン」
「そう」
「……豪華ですね」
「だよね」
食べ歩きしながら、わたしは先輩とふたりで学園祭を回る。
ライバル店の視察、なんて理由で喫茶店へ行き。
芸術学部の展示を見たり。
 中でも印象に残ったのは、人形劇。
見る前は子供向けなんじゃないかと、思ってたんだけど。
そんなことなくって、子供向けに見せかけた大人へのメッセージを含んだ作品だった。
物語は、とある世界に迷い込んだ女の子が喋る動物たちと出会い、心を開いていく、そんなお話。
と言いつつ、先輩によれば、
心的外傷トラウマによる反応、フラッシュバックなんかがよく描かれてたよね」
だそうで。
「奥深いでしょ」
先輩の言葉に、わたしは思わず頷いてた。

 撤収時間になり、教室に戻る。
やっぱりというか,友人が冷やかしてくる。
「リア充め」
「うう」
割と今回は否定できなかった。
みんな集まったので撤収もすぐに終わり、後夜祭が始まる。

* * *

 学内の広場に設置されたステージ。今年はバンドを呼んだと聞いている。わたしはあまり詳しくないので遠巻きに眺める


「盛り上がってますね」
隣には先輩。友人たちはいつのまにか離れてしまい、気づいたらこうなってた。
「そうだね」
先輩もあまり詳しくないらしく。これでお互いに知ってたら、一緒に盛り上がれたのかななんて少し寂しい気持ちになる。
「そうだ」
先輩がわたしの方を向く。
「いいとこ行かない?」
「いいとこってなんです?」
訊き返す。
「来ればわかるよ」
先輩がそういって歩き出す。わたしは着いていく。
研究棟へと入っていく。一体何が目的なんだろう。先輩とエレベーターに乗り、最上階を目指す。そこからさらに非常階段

へ。もしかして。
「ここの屋上、花火がきれいに見えるんだよ」
花火。そういえば、パンフレットにそんなことが書いてあった。
先輩が時計を見て言う。
「もうすぐだね」
殺風景な屋上にはベンチなんてなく、てきとうな段差に腰掛ける。
「よく、こんな場所知ってましたね」
「前に見つけたんだ。去年は一人で見てたから、今年はこうやって、――」
その時、花火があがった。先輩の声がかき消されて聞こえない。
言い直してくれないかと先輩を見てると、先輩は花火を指差した。
次々と花火が打ち上げられる。
「きれい……」
先輩が目をこちらに向け、すぐに向き直る。つぶやきは聞こえなかったらしい。
花火が止んだ瞬間、わたしは先輩に話しかける。
「先輩、来年も一緒に来ましょうね」
また、花火が打ち上げられる。
先輩が微笑んで、うなずくのが見えた。
このときが、この瞬間がいつまでも続けばいいのに。
それは花火と同じで、いつかは終わってしまう。
仮令嫌だと言っても、時間は待ってくれない。
先輩が話しかけてくる。
「最後は二尺玉、だったかな。一際大きい花火なんだって」
打ち上がる音がする。
わたしたちは音に導かれ、そちらを見る。
瞬間、大きな花火が夜空に舞う。
きっと、地上で見るよりずっときれいなのだろう、そう思った。

* * *

 屋上から降り、学校を出る。
「終わりましたね」
「そうだね」
「やっぱり、終わってしまうと寂しいですね」
「そうだね。でも」
「でも?」
「また来年もあるよ。あ、それとも他の大学の学園祭にも行ってみる?」
これってもしかして。
わたしは笑って、先輩へと向き直り、言う。
「いいですよ、ぜひ」
「ふふ。じゃあ、考えておくね」
「待ってます」
「うん。楽しみにしてて」
電車に乗る。ふああ。眠い。
隣で先輩が言う。
「起こすから、寝てて大丈夫だよ」
「はい」
今は、今だけだから、こんな甘え方するのは。
電車を降りて、先輩とふたり、夜道を歩く。
「さすがに夜遅いから、送るよ」
治安が悪い場所でもないし、そんな大丈夫ですと言おうと思ったけれど。
もう少しだけ、そばにいたいから。
「よろしくお願いします」
先輩はふふり、と笑う。
「……なんか変でした?」
「いや、素直だなって」
そんな、
「まるでわたしが素直じゃないみたいな言い方、やめてください」
「……ごめん。つい」
ついって……。
「先輩の意地悪」
「ごめんごめん」
ふたり、帰り道を歩く。もうすぐ、わたしの住むマンションに着く。
エントランスからは女性専用。先輩は入れない。
「じゃあ、今日はありがとうございました」
「いえいえ。こちらこそ楽しかったよ。ありがとう」
わたしは玄関を開け、中に入る。エレベーターのボタンを押す。
「じゃあ、また」
「うん、またね」
エレベーターの窓から、先輩の姿がずっと見えていた。

 部屋について外を見ると、先輩の姿はなかった。
また、ずっと、こんな日々が続けばいいな。
ぱたり、と布団に寝転がる。
おやすみなさい、また明日。
気づけば眠っていて、翌日が大変だったのは、また別のお話。


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執筆者名:彼絵なお

一言アピール恋愛(未満)小説を中心に書いています。その他にはミステリー風味ラブコメ風小説「先輩と僕」シリーズなど。今回は「先輩とわたし」シリーズ(大学生版)です。(HP:https://naokanoe.wordpress.com/)

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