蛇が身

 蛇を連れて秋祭りに行った。そんなことを言ったら、両親はどんな顔をするだろうか。
 そんなことを考える。
 土曜日の夕方。
 町の外れ、バイパスを横切って山に向かい、頂上のお寺に続く細い舗装道路を途中まで登り、銀杏の木の所で左に曲がる。砂利道を五分ほど進むと、『秋祭り』の会場がある。そう、教えてもらった。
 山のモミジやクヌギは、紅葉どころか冬の準備を始めているようにすら見えて、道路にも葉を多く落としていた。踏みしめるかさかさという音だけが響く中、ひたすら坂道を登る。当然、ほかに人はいない。
 と、耳元で急にミイナが喋った。
「楽しみだねえ、ジュンヤ」
 びくついた僕は、姿勢を元に戻す。
「疲れたよ。……本当にこんなところにあるのかな、祭りって」
「無いかもねえ。このまま暗くなったら、帰れないかもねえ」
 声のトーンを落とすミイナ。ことあるごとに僕をおどかそうとする魂胆はわかっている。ライトがあれば大丈夫だろう。長居する気もないし。
 耳元で話し続けるミイナ。
「わたし、夜目がきくから。大丈夫だからねえ」
 蛇は夜目がきくのだろうか。よく分からない。

 砂利道までたどり着くと、門があった。門というか、丸太が二本立てられているだけだけど。そこから進むと、広場になっていた。山の斜面を削って平らにしているようで、学校の駐車場と同じくらいの広さがある。
 そして、多くの出店。
 遠くから眺める分には普通の祭りと変わらないけれど、人がほとんどいない。大きく異なるのがそこだ。盛り上がっている感じがしない。寂れた商店街の風情。それとも、来るのが早かっただろうか。
 夕日が照らしてはいるが、もう気温も下がってきた。ポロシャツでは軽装すぎたかもしれない。
 準備を続ける人影がある。水風船を売る出店には、若いお兄さんがいた。横には、一匹の白猫。こちらをじっと見つめている。
 僕はそれを見て、『噂』が本当であることを、なんとなく確信する。
 にょろりと、蛇がうごめいた。

 用があるのは、奥の建物だった。木造の小さな平屋。そこが、住職さんの離れだと教わった。
 玄関の横のインターホンを押す前に、僕はミイナに訊く。
「外で待ってる?」
「一緒に行くに決まってるよ。……それとも、わたしをどこに置いていくの? もしかして、どこかに捨てていくって話でもするのお?」
 一層低くなる声と共に、僕の右腕に絡みつく蛇が、その力を強める。僕を首をぐるりと一周し、締め上げる準備を始める。
 僕は首を軽く振った。
「そんなつもり、全くないよ。じゃあ、一緒に話聞こうか」
 そう言うと、力が僅かに緩んだ。今度は左の脇腹へと這って降りていく。くすぐったさは、未だに慣れない。
 ミイナを置いていくなんて気持ちは一切ない。それでも、これから僕が住職さんにする質問を聞いたら、少しはびっくりするんじゃないか、なんて思ったのだった。
 インターホンに手を伸ばした瞬間、左の方から声がした。
「なにか用かね?」
 声の方を見ると、いかにもな住職さんがいた。
 僕はすぐさま、頭を下げる。インターホンを押す手間が省けた。
「住職さん、ご相談があって来ました。淳也と言います」

 通された離れの座敷には、戸棚以外、何もなかった。向かい合って座る。緑茶を出してもらった。外と違って、普通に蛍光灯があって明るい。
「相談というのは、その『蛇』のことかね?」
 僕の首元をにいるのを見て、住職さんはすぐそう言ってくれた。
「はい」
 にゅるりと、動く。絡みついた蛇が、僕の首元から、ポロシャツを抜け出してお腹の方に出てくる。たっぷり三十秒はかけて、膝元に収まった。
 縞模様をした、長い長い、蛇。
 ミイナ。
 住職さんはそれをじっと眺めているが、驚いている感じはしない。
「これはこれは。立派な蛇だ。『憑いている』人から相談を受けることは少なくないが、久々のことでね。……それで、何が聞きたい」
 勘違いされてもいけない。練っていた質問を、僕は住職さんにぶつける。
「このミイナのように、僕も『蛇』になる方法はありませんか」
 ミイナが器用に、こっちを向いた。

「『自分もそうなるには』、か。私もここに居て長いが、それは初めて言われたな」
 そう言って軽く笑う住職さん。
「寺のことをしながら、こんな相談屋ことをやっているものだから、諸々頼られることは多い。私をテレビの霊能力者と勘違いして『この憑いているモノを取ってくれ』なんて言われたこともある。なかには居るんだ、そういう分かっていない輩っていうのがね」
 そして住職さんは、僕を真っすぐに見る。
「君は、誠実だね」
「……いえ」
 僕は首を振る。
「その子がそうなった理由というのは、分かっているのかい?」
「……はい」
 分かっている。ミイナがこうなってしまったのは、僕のせいだって。
「そうか。それでも、後戻りしてみる気はないということだね」
「ありません。もうどうにもならないというのは、分かってます」
「だから、君も蛇になる、と」
 その通りだ。僕の考え全てを指摘されて、少し恥ずかしくなる。後悔先に立たず。今更自分の行いを、ごまかすわけにはいかない。
 話している間、ミイナは僕の膝の上でぐるぐると動いている。遊んでいるのか、話を聞いていないのか。
 住職さんは、軽く坊主頭をかいた。
「悪いね。結論を言うと、君を蛇にする方法は知らない。そもそも、そういうことをしている場所でもない。思いつくことというと、その子が蛇になったのと同じようなことをすれば、君も蛇になれるかもしれないが……無理だろう?」
 僕は頷く。無理だ。蛇になるには、僕を堕とす人が必要だけれど、そんな人はもういない。ミイナはもうこの通り、蛇になってしまっている。
 やっぱり、どうしようもないのか。
「すいません。ありがとうございました」
「役に立てず、すまないね。聞いていることかもしれないが、そういう、『憑かれてどうしようもない人たち』が開いているんだ。この秋祭りっていうのは」
 それは聞いていた。『憑かれた者』が、出店を開く、影のお祭り。町の人に知られてはいけない、静かな集まり。
 憑かれた人にだって、それぞれの経緯がある。僕と同じように、困って、足掻いて、何かをしたのだ。それでも、どうにもならず生活を続ける人たちが集まるのが、こういった場所なのかもしれない。
 僕が手を膝に置くと、ミイナがいつものように登ってきた。ぐるぐると、器用に腕に上がってくる。
 住職さんは、お茶を飲む。
「私は場所を貸しているだけで、皆がどうするかについては、何も言っていない。人は必ず、何かに憑かれる。それは動物かもしれないし、人かもしれない。そういうもんだ。ちなみに、このお祭りの始まりっていうのも、ある人が『出店を開いてお面を売りたい』と相談しに来たからだ。その人と狐は、今日も店を出しているよ。もし気になるなら、話を聞いてみるといい」
 頷きはしたものの、僕にはその気はなかった。
 結局、解決法はなかった。
 僕が蛇になる術はない。もちろん、ミイナを元に戻す方法もない。
 それは、ここに居るみんなが分かっていることだろうから。

「ちなみに」
 と、最後に住職さんに声をかけられる。
「わたしに『憑いている』のが一体だれか、見えるかい?」
 僕は改めて目を凝らすけれど、住職さんの周りには誰もいない。僕のように、身体にまとわりついている感じもない。
 それでも居るんだろう。そう思った。

 外に出ると、もう日は暮れていた。山の斜面には所々大きなライトが設置されていて、二列に並ぶ出店を照らしている。人も増えていた。なんだか本当に、町のお祭りみたいだ。
 ミイナは僕の身体に巻き付いている。たまにひょっこりと、僕の首元から顔を出す。いつも隠れているから、こうやって外に出れる機会が貴重なのかもしれない。
 射的屋さんには、鷺がいた。おもちゃ屋さんには、兎がいた。食べ物の店は妙に少ないけど、それは、様々な存在が集まる、このお祭りだからかもしれない。
 ミイナが僕の耳に、身を寄せてくる。耳たぶを軽く噛んできた。
「ごめんねえ」
「なにが?」
「さっきは、疑って」
 そのことか。別に怒ってなんていない。いつまでも、僕はミイナと一緒にいる。捨てたりしない。
 むしろ、捨てられたらどうしよう。
 毎日こうやって絡みついてくれるから、僕は辛うじて、この世界にいるというのに。恨まれなくなったら、本当に終わりだ。
 僕は歩きながら、できる限り明るく、ミイナに訊く。
「今度、僕たちもここに出店を出してみようか。何か売る?」
「なに売るの。ジュンヤ、不器用でしょう」
「そういう本当のことを言わないで。……なら、相談屋っていうのはどうだろう」
 憑かれた人の話を聞くところ。住職さんと似た感じ。もしかしたら、僕が蛇になる方法を知っている人が来るかもしれない。
 僕はつい、心の中で笑う。体中蛇が巻き付いた人間に相談しに来る人なんて、どこに居るんだろうか。
 もう一度、祭りを眺める。
 僕が、自分自身の結論を出したら、このお祭りに店を出せるだろうか。
 ミイナが、嬉しそうに出店内容の意見を喋りながら、僕の首に巻き付く。これを、心地いいと思ってしまっている自分がいる。だからまだ、僕には結論が出せない。


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サークル名:絶望系青春同盟(URL
執筆者名:義里カズ

一言アピール
絶望系青春同盟は、青春があった人 / 青春がなかった人に送る、切望に満ちた物語サークルです。義里カズ・少色の2名で現在活動中。テキレボ初参加ながら、いつも通りにやります。

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