邂逅

『邂逅』

 赤、青、緑、紺、紫、白、黄色、桃色、水色、橙色―――――。
色とりどりの浴衣の色は、夏祭りを思わせる。
飾られたかんざしや髪飾り、巾着袋も涼しさに彩りを添える。
この町では今年から成人式を冬から夏に切り替えた。
浴衣を着ること自体が非日常の世界で、懐かしい友人たちとの再会に心が躍る。
「みのり~!」
「元気だった?」
高校時代の友人たちがこぞって声をかけてくる。
「みんな変わらないねぇ」
私も声をかける。
まだ高校を出て二年。
日常はそうそう劇的に変化するはずもない。
それでもこの「変わらない」という言葉を聞くと、安心する。

 正確に言えば私は秋生まれだから、まだ未成年だ。
こういうのは学年で区切られてしまうそうなので、ある意味仕方がない。
もうすぐ成人として扱われる日が来る。
これまで一人で頑張って育ててくれた母のためにも、今まで以上にきちんとしなければ。
母が着付けてくれた黄緑色の生地に百合模様の浴衣の胸元に、軽く握った手を置く。

 異変が起きたのは、成人式の終了直後のことだ。
終わってもすぐはみんな同窓会のような雰囲気になり、積もる話に花を咲かせている。
突然、誰かの叫ぶような声が聞こえる。
出入口近くで男性が怒鳴るように声をあげている。
「……なに?」
「嫌だねぇ……」
「こんな昼間から酔っぱらってるのかな……?」
友人たちだけではなく、会場に残っている女性たちはすっかり怒鳴り声におびえている。
小声で友人と話していると、耳に飛び込んできたのは人の名前。
「『ハヤセミサト』ってやつはいるか!!」
怒鳴っているのは金髪で細身の普段着姿の若い男性。
遠目からも、左目の下に小さなほくろが見える。
外から来たのと、スーツでも羽織袴でもないということは、成人式の参加者ではない。
その人が声を荒げているせいで、会場の雰囲気はすっかり変わってしまう。
会場を出ていこうにも出入口にいるので、なかなか外に行けない。
係員の制止も聞かずに、男性は同じ名前を何度も繰り返している。
顔も赤くはないし、足取りもしっかりしている。
酔っぱらっているわけではなさそうだ。

 そんな中、私は一歩踏み出す。
「ちょ、ちょっと……」
「待ってよ、みのり……危ないよ……」
友人たちの慌てる声が聞こえる。
袖を引っ張って、私を行かせまいとしているのもわかっている。
だからといって、会場にいつまでも留まるわけにもいかない。
無事通り過ぎようとした瞬間、右手首をつかまれる。
「あんたが『ハヤセミサト』か?」
「違います。 手を放してください」
お互いが立つ位置からなのか、正面に向かい合う形になる。
私は男性の目を見つめる。
――――この人を知っている感じがする。
初対面のはずなのに。
不思議な感覚が頭を、いや、全身を覆いつくす。
「『ハヤセミサト』を知らないか?」
「知りません」
感覚が鈍ったままの頭では、そう答えるのがやっとだ。
「……悪かったな」
男性はばつが悪くなったのか、目をそらして謝ってきた。
「だから、そんな人はいないと言ったでしょう! ここで叫ばれては皆さんが会場から出られません! すみやかにお帰りください!」
しびれを切らしたのか、年配の係員が叫ぶ。
「……わかりました。 すみませんでした」
男性は来た時とは別人のように、頭を下げる。
私に追いついた友人たちが「行こうよ」と促してくれる。
「……いったい、何だったんだろうね? あの人?」
「ストーカーなんじゃないの? 今どき、名前しか知らないなんて逆に怪しいよね」
それもそうだ。
今の時代、知り合いならいくらでも連絡の取りようが他にある。
成人式の終了後に配られた記念品には紅白饅頭と、町章というのだろうか、町の頭文字を図案化したモチーフ入りの文鎮と風呂敷が入っていた。
「文鎮なんて誰が使うのよ?!」
「いや、 書道する人とかいるじゃん……子どもの書道用……には、ちょっと早いか」
「うちらの年齢で、学校で書道する年齢の子がいたらそれはそれで驚くわ!」
「いや、妹とか弟用とかあるでしょうよ」
「……あぁ、そういうことね……っていうか、今の小学生って何年生で書道やるんだっけ?」
「確か、三年生か四年生ぐらいじゃなかった?」
文鎮ならともかく、風呂敷なら使う機会もあるだろうか。
深紫色に染められた布地を見つめながら、使う機会とやらを考えてみたがすぐには思いつかなかった。

 

 「さぁ、昼ご飯を食べたら盆踊りに行こうよ!」
「そうだね。 嫌なことは忘れちゃおう!!」
今日は町の盆踊り大会の日でもある。
昼過ぎからというザックリとした時間指定はあるものの、誰かが祭囃子を奏でれば始まるというゆるい盆踊り大会だ。
終わりだけは近隣の迷惑にならないように、夜七時と決まっている。
変わっていると言われればそうかもしれないが、私はここの盆踊りしか知らない。
屋台で母の好きな玉こんにゃくとあんず飴を買おう。
私の大好きな大判焼きも忘れずに。

 仕事から帰宅した母に玉こんにゃくとあんず飴を見せると、子どものように大喜びした。
玉こんにゃくは祖父母との、そしてあんず飴は母と父の思い出の味だという。
「結婚してすぐに行ったお祭りでね、買ってもらったのよ」
誰に、とは言わない。
それが私たち母娘の暗黙の了解ルール
「大判焼きは明日にしようね」
紙袋から食器に入れ替えてラップで包んで仏壇に供える。
そこには不格好な精霊馬と祖父母の位牌がある。
成人式でのできごとを伝えると、母は納得した様子で言う。
「その子が探していたのは、やっぱりあんたのことだと思うわ」
私の名前は『早瀬実里はせみのり』。
漢字のとおりに読めば『ハヤセミサト』と読めないことはない。
「その子、泣きぼくろがあるって言ったわね?」
「うん、左目にあったよ」
「……『あちらさん』の子、だわねぇ」
左目の泣きぼくろは母にとって決定打のようだ。
母は父の新しい家族のことを『あちらさん』と呼ぶ。

――――――私には、四カ月しか違わない異母弟がいる。
そのことを知ったのは、高校入学する時だった。
母が入学に必要な戸籍謄本を私に見せながら、説明してくれた。
父が母との結婚前から付き合っていた女性を妊娠させたのと、母の妊娠判明がほぼ同時期であったらしい。
理容師という、いわゆる手に職のある母は、事態を正確に把握した後に父を追い出した。
それまでに住んでいた家も母がすでに亡くなっていた両親、つまり私の祖父母から相続した家だった。
もちろん慰謝料と養育費は取り忘れないように弁護士さんを頼んで、正式な書類を取り交わしたという。
書類の取り交わしの際に父が弁護士さんに『再婚したことと、息子が生まれたこと』を自慢げに語ったという。
最初からそうすれば、こんなことにはならなかっただろうに。
なぜ、父は母と結婚したのか。
「あちらさんも相手側のご両親に反対されていたみたいよ。 でも、駆け落ちする度胸はなかったと」
その時、母が初めて『あちらさん』と呼ぶのを聞いた。
「あんたには『お父さん』って言った方がいい?」
私は首をぶんぶんと横に振る。
『お父さん』はいなくて当たり前。
それまでやってきた二人のバランスが崩れるような気がして、怖かった。
一度も娘に会いに来たことのない父に何を感じればいいのか。
「わたしも両親が亡くなったばかりだったから、男を見る目が鈍っていたのかもしれないね……。でも、あんたを授けてくれたことには感謝しているよ」
「……生まない、選択は、なかったの……?」
「それはなかった。というより、今、もしあの時に戻っても、それだけはない」
おそるおそる尋ねた当時十五歳の私に、母は即答してくれた。
母は『ない』と言い切った選択だけど、後悔はなかっただろうか。
人よりも困難な道を歩いても、私を選んでくれた母には感謝している。

 ――――あれが異母弟なら。
視線を交わした、あの一瞬に感じた『知っている』感覚は正しかったのか。
あの人の半分はわたしも持っているものだから。

いつかこの先、またあの人と向き合わねばならない時が来る。
私はこの日、覚悟を一つ決めた。


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サークル名:暁を往く鳥(URL
執筆者名:砂原藍

一言アピール
現代日常・恋愛・学生・強い女子好き。通称、ローカル食アンソロジー東北編主宰です。第六回は東北六県の郷土食アンソロジーと糸偏の漢字で綴る作品集、創作サイトからの採録集を委託参加します。どうぞよろしくお願いいたします。

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