彼らなりに祭の準備

 A女子大の文化祭でミスターコンテストに出場することにしたから。
 白鳥七生は、ある日恋人である朝雛雅人にそう告げられた。マジかよ、と思ったが確かに彼は文句のないイケメンであるので出場するのにふさわしい。かもしれない。なぜ自分の大学ではなく、女子大のミスターコンテストに出場するのか、そもそもなぜ女子大にミスターコンテストがあるのかは置いておいて。

 ミスターコンテストにはいくつかの審査があり、ある程度は事前にどのようなことをやるのかお知らせがあるので、対策をねることも可能だ。
「どんな審査があるんですか?」
「まずビジュアル審査」
「なるほど」
「これは、会場のお客さんに第一印象で良いと思った人にツイッターの投票機能を使って投票してもらうらしい。それと、その場で肌年齢を測って、年齢より若い計測値がでたら、その分だけそのままポイントになるらしい。このポイントはイケメンポイントと呼ばれる」
 その「イケメンポイント」を最終的に多く稼いだ人が優勝となるらしい。
「は、肌年齢……とは……?」
 テレビCMなどで、言葉だけは聞いたことがある気もするが、七生にはそんなものがある理由と、それを気にする理由がわからなかった。実年齢のように「生まれてからの日数」などと平等な基準があるわけではなく、化粧品会社?の思惑でいくらでも数値をいじれるものなのではないだろうか。
「第一印象は、対策が難しいですね。あなたはもちろん最高に良いと思いますが、他の参加者ももちろん良い方がそろってくると思うので……。ちなみに他の参加者ってどんな方がいるのかわかりますか?」
「いちおう、ツイッターで紹介されてる。そうそう、小嶋あきらも出るぞ」
 雅人はスマホを操作すると大学のミスターコンテストの公式アカウントを表示させた。四人の候補者がいて、確かにあきらの名前もある。
「え、でも小嶋さんって、大学生じゃないのでは……」
 彼は年齢は雅人と同じだが、大学には通っていなかったと思う。
「そこんとこは、……まあ、臨機応変に」
 大学名を公表するわけではないので、本人がきちんと大学生なのか確かめようがない。しかしあきらは舞台俳優でもある。調べればいくらでもわかってしまうのではないか。
「臨機応変に。小嶋は場の盛り上げができるやつだからな」
 雅人はもう一度言った。これくらいは何ともないことなのかもしれないが、大人になるとこういうちょっとしたことにはらはらとしてしまう。
「あと、京都から来るってひともいる。この浜田麦和ってやつ」
 雅人が見せた出場者の紹介ツイートには「京都から参戦!」と書かれたおとこが載っている。日焼けした浅黒い肌の健康的な若者だ。
「どこから声をかけたんでしょうね……」
 今時、インターネットを使っていくらでもイケメンを探せる時代なのかもしれないが、はるばるミスターコンテストに出場してくれるイケメンと出会えるかは謎だ。
「ビジュアル審査のあとは、立ち振る舞いの審査。具体的には壁ドン審査」
「か、かべどん…………って、お料理審査ってことですか?」
「そう。イケメンモデルお料理コンテストで一位を取ったことのある俺に死角はない」
 そんなコンテストにいつの間に、と思っていたら、雅人がぺしっと七生の頭をはたいた。
「って違う。どんぶりの種類じゃない。壁ドンっていうのは、こういうの。少女漫画でよくあるやつ」
 雅人が両手を前に突き出した。
「すみません……少女漫画には明るくなくて……」
「ここにおんなのこが入る」
 雅人は両手の間を示した。
「ミスターコンテストの前に、ミスコンテストが行われて、そこで優勝した女性が入るそうだ」
「よくわからないけど、浮気の気配を察知しました」
「浮気じゃない。しごと」
 雅人はむしろ満足そうに笑った。
「でも、これならあんたがいるから練習できる。ここに入って」
 雅人が壁際に立って、腕の間に入るように言うので、そこに立つ。雅人がトン、と七生の顔の横に手をついた。顔が近い。
「ときめいた?」
「い、いえ……別に……」
「なんでだ」
 雅人が七生の頬をつまんで横に伸ばした。
「ふええ」
「まだ練習が足りないのかな」
 雅人はぶつぶつとつぶやきながら配布された資料を見た。
「その後で、女装審査」
「はい、そこ」
 七生はストップをかけた。
「なぜ、ミスターコンテストに女装審査があるんですか?」
「さあ。でも、ミスコンの方も男装審査があるらしい」
 疑問には思うが、確か七生が勤めている大学の学園祭も、男装女装コンテストがある。こちらはミスター、ミス要素はなしで、単純に異性装を楽しみ審査する企画らしいが。
「たぶん、世間の流行なんじゃないかな」
「流行ですか……。でも、もちろん、女装して美しい女性像に近づいた方がポイントが高いんですよね?」
「おそらく」
「あの、あなたは背も高いし肩幅も広いし、とても女装が似合いそうにないのですが……」
「そんなの、たぶん出場者全員そうだぞ」
 雅人はなぜか胸を張って言った。似合わないことを確信されても……。たしかに出場者はざっと写真を見た限り、スマートな男性ばかりだ。小島あきらはかわいらしい顔をしているが、それだって女装が似合うかどうかはわからない。
「ただ、これは女装をして、自撮りをして、その写真写り、つまりSNS映えを競うらしい。これなら自撮りの練習をすればいい」
「えすえぬえすばえ……」
 さっきから、聞き慣れぬ単語ばかりだ。これも、自撮りをミスターコンテスト専用のツイッターに投稿し、投票で観客から審査をしてもらうらしい。そんなにツイッターばかり使って、見知らぬ人がろくに考えず投票してしまったらどうするのかと思ったが、公式ツイッターは鍵アカウントにして、事前にチケットを買った人がアカウントを申請し、運営が承認する申告制らしい。今時、ツイッターがないと学園祭もろくに楽しめないのかと驚いた。しかし、公式アカウントのフォロワー数を見ると、会場のキャパシティをすでに超えている。これはツイッター参加というシステムで、会場に来ない人も当日観覧席より安いチケットを買えば投票に参加できるというものらしい。毎年この学校のミスコン、ミスターコンテストはすごい人気で、会場チケットはすぐに売り切れ、チケットを買えなかった人からのクレームが相次いだため、こういうシステムを考え出したらしい。それこそ、SNSが広まったからこそのシステムだ。言葉は悪いが、儲かりそうである。
「僕も、あなたに投票するためにアカウント申請したほうがいいんでしょうか……」
「いちおう、身内は席を用意してもらえるみたいだから、あんたと兄貴の分を取っておいてもらってる」
「朝雛さんですか?」
 雅人の兄、誠人とは一緒に仕事をしたこともあり、面識がある。
「いや、真ん中の兄。たぶん席は別々だと思うけど」
 雅人には両親の再婚で兄弟になった義理の兄もおり、そこそこ仲良くしているようだった。しかし自分がミスターコンテストに出場するとして、身内に来てもらいたいものだろうか。女装姿も見られてしまう。
「俺のこと心配なんだろうな」
 心配されることに自信を持てるのも、彼らの信頼関係なんだろうな、と思った。
「誠人は俺の大学の方の学祭に来るって言ってた。一緒に回ろうって言ってたけど、あんたも来るか?」
「絶対目立つイケメン兄弟と一緒にいるのは嫌です……」
 七生は丁重にお断りした。
「進一もそう言う」「でしょうね……」

 一通り話を聞いて、たしかにこれは、優勝を狙うならばそこそこの準備が必要だと感じた。お金を取って場を作り、プロと同じ機材を使ってショーを開くとはいえそれを使う方も司会者も出場する方も素人大学生であり、場がしらけてしまうのが恐ろしい。そうならないためにも、観客を楽しませるのも出場者の目標だから、と雅人は語った。彼がそこまでして頑張る必要があるのだろうか、と七生は正直まだ疑問に思うところがある。しかし彼ががんばりたいというのだから、応援してやりたいと思った。
「というわけでエステの予約入れておいたから。あんたのぶんも」
「な、何故!」
 エステ、なんて違う文化圏の単語である。メンズエステという言葉は知っているが。
「僕は関係ないじゃないですか」
「出場特典で、エステ無料券をもらったんだ。ただ、券自体が新規客限定なんだけど、俺がいつも行ってるところだったから俺は使えないんだ。それに、一緒に行けばお友達特典が受けられる」
「いつも行ってたんですね……」
「それも仕事のうちだからな」
 しかし、出場特典でもらったものを出場者でない人が使うのは気が引けるし、体を他人に触られるのはあんまり好きではないし……、などと七生はまごまごしていたが、雅人のいやもう予約したから、の一言で黙るしかなかった。
「あんたがそう言うと思って、イケメンの施術者を予約しておいたから」
「うう、それなら行きます……」
「それなら行くのかよ」
「ちなみにお友達特典というのは何なんですか?」
「ヒゲ脱毛」
「それ要するに髭剃りなのでは……床屋さんでもやってくれるやつじゃないですか……」
「全然違う(怒)」

 一方そのころ京都では。
 ペペロンチーノ峯田(リングネーム)こと峯田ペペと、浜麦が秘密特訓をしていた。
「上段蹴り……よし、だいぶ形になってきたね」
 峯田が最後の一撃を受け止めると、浜麦は大きく息を吐いた。
「ありがとうございます。峯田さんがセコンドになってくれれば心強いです」
「でも、ミスターコンテストに出るのに、いつもと変わらない訓練だけでいいのかな? 女装の練習とかもした方がいいんじゃない?」
「伝統的に、狐の妖怪は男でも美女に化けるそうなので大丈夫かと……。あと俺は、最終審査のパンチ力測定にすべてをかけるので」
「そもそも、化けていいのかなあ……」
 峯田の懸念は秋の夕暮れに消え、祭の準備は着々と進むのであった。


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サークル名:cieliste(URL
執筆者名:壬生キヨム

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