臆病な脅迫者

「えっ、モニカさん出ないんですか?」
 大声に耳を塞ぐ。昼前の食堂は生徒で賑わっており、注目を集めなかったのは幸いだった。
 モニカが声のボリュームを咎める間もなく、向かいに座った後輩女子は身を乗り出してきた。サシャ、そんな風にしてはケチャップが、ああ。
 シャツに着いた赤いシミをものともせず、サシャは机をバンと叩いた。
「どうして? 年に一度のお祭りじゃないですか!」
「私は毎年パスしている」
「そんなあ……」
 童顔気味のサシャは、頬を膨らませるといっそう幼く見える。露骨にがっかりした声を出されると申し訳ない気持ちになるのは確かだった。
 来月行われる魔術競技祭は、文字通り魔術師の技能を競う一大行事だ。とはいっても、何か特定の競技が定められているわけではなく、日頃の研究成果や新魔術の発表の場として活用されている。この魔術学院からもグループで参加する者が多い。
 モニカは、まさか後輩が自分を誘う気だなんて考えてもみなかったが。
「一緒に出ましょうよー!」
「運営が人手不足らしくてな。毎年そっちを手伝っているんだ」
 心苦しくも謝罪を告げようとしたそのとき、横槍が入った。
「まあ、そういうわけだ。諦めろ」
 いつの間にか、空のトレーを持った男子生徒がモニカの横に立っていた。にやにやとからかう笑みはサシャに向けられている。
「ウォルター」
「あー! ウォルターさんの所為ですかっ?」
 友人・ウォルターとサシャはとことん相性が悪いようで、サシャの声が一気に低くなった。一方ウォルターはじとりと睨まれてもどこ吹く風で、ヘラヘラとしている。
「モニカは俺の頼みを快く引き受けてくれるんでね」
「モニカさん、脅されたりとかしてないですよねっ?」
「あ、ああ……」
 勢いに怯んだモニカの腕を引き、ウォルターは無理やり話を切り上げた。
「次同じ講義だろ。行こうぜ」
「ちょっと!」
 つられて立ち上がったサシャを制するように、ウォルターが手のひらを向ける。小さく何かをつぶやき、指を鳴らした。
 サシャの服に染み込んだケチャップが、ふつふつと赤い泡になり、一つの球になって宙に浮く。唐突で鮮やかな魔術に視線が惹きつけられ、サシャはぽかんと口を開けていた。泡はふわふわと上昇して、サシャの顔の前で止まり――弾け飛んだ。
「あー……これも防げない程度の実力なら、競技祭はやめといたほうがいいぜ。何年か前には魔術の失敗で怪我人だって出てるしな」
 ケチャップまみれの後輩を見て、ウォルターは苦笑した。
「うるさいです! ウォルターさんのバーカ!」

 教室の後ろで小さな破裂音がした。
「あ、やべっ」
 不穏な一言にモニカが振り返り、その一拍後に光が弾けた。
 何もかもが極彩色に覆われ、突然の事態に室内は騒然となる。色の粒がチカチカと乱反射して、目を開けていられない。耐え切れずに目蓋を閉じる。
 混乱と悲鳴の渦中、場違いなほど軽い声が耳に届く。
「あーあ、やっちまった」
 おかげで、これがどこの馬鹿の所業なのかよく分かった。何が起きたかも大体予想はつくが、どう対処するにしても初めに視覚を取り戻さなければならない。
 モニカは右手を正面に構え、人差し指をまっすぐに伸ばした。指先に意識を集中させてゆっくり宙をなぞる。目を開くことができないので、自分の指がどう動いているのかは想像任せだ。それでも毎日繰り返している動作に迷いはない。
 小さな円を一つ描く。その内側に記号を二つ並べた。名前の頭文字を崩したもので、魔術を使う前の暗示のようなものだ。準備はこれだけでいい。さて、光を遮断する方法を考えなくては。
 帽子? 鏡? 光の粒は部屋いっぱいに広がっているので、あまり有効とは言えない。
 屋根か? そんな大きなものを用意するのは骨が折れる。
 布は? 被ったら光を遮ることができるけれど、代わりに何も見えなくなる。いや、マントのように分厚いものではなくて、もっと薄い布ならどうだろう。先日買った、黒いレースの肩掛けのような。そうだ、あれを使えばいい。
 方針を決めたところで、女子寮の自室を脳裏に思い浮かべた。ベッドに書棚、魔道具の箱、勉強机……さがしものは確か、クローゼットの一番右端に。想像上の部屋に向かって見えない腕を伸ばす。ハンガーにかかった布の端を指先で捉えて、手繰り寄せて。その重みがきちんと手に収まったところで感触を確かめた。さらりとこぼれる布が、今は本当に手の中にある。
 頭から布を被ってゆっくり目を開けた。思った通り眩しすぎず暗すぎず、これなら周りの様子が見える。
 ウォルターは教室の後ろで棒立ちになっていた。その正面には、今回の原因とおぼしき魔術式が浮かんだままだ。やはり新魔術の実験でもやって失敗したのだろう。
 しかし、彼は事態の収拾に努めるどころか、自分もしっかり目を閉じて「眩しいな」と他人事のよう。原因はお前だ! とぶん殴りたくなる。いや、ぶん殴ることにした。
 机から紙束を取り出し、筒状にして利き手に持つ。彼の背はモニカより頭一つ高いため、助走が必要だ。他の生徒を避けながら距離を詰め、残り三歩で大きく跳ぶ。空中に残る魔術式をかき消しついでに踏み台にして、男を前に利き手を振りかぶった。
「ウォルターッ!」
 ぱこん。勢いの割には間抜けな音がした。

 注目を浴びる前に、ウォルターの腕を掴んで教室から引き摺り出した。
「効果自体は狙い通りだが……位置補正を強めに入れないと駄目だなこりゃ」
 されるがままについてくる男は、悪びれもせずに独り言を重ねている。
「あら、また?」
「ウォルター、今度は何やらかしたんだよ」
 廊下や階段ですれ違う顔見知りが、モニカとウォルターに向かって代わる代わるやじを飛ばしてくる。日課の説教だと答えかけたウォルターの頬を引っ張れば、仲がいいねえ、と肩をすくめられた。よくない。
 校舎を出るまでは怒鳴りたいのを我慢した。中庭を足早に通り過ぎ、言いたいことを抑え込んで抑え込んで抑え込んで、建物の裏手に出たところで、ようやく感情まかせに詰め寄った。壁際に追い込んでネクタイをギリギリ掴めば、ウォルターは苦しそうに顔をしかめる。
「で、君は一体何を?」
「悪い、ナイスフォロー。新魔術の実験をしてたんだが、ちょーっと見積りが甘くてな」
「だから何を」
「花火。ほら、祭り前だし、運営側でも盛り上げる工夫が必要だなと」
「外でやりたまえっ!」
 子どもにするような注意を向ける相手が、同級生だという情けない事実に打ちのめされる。考えなしも大概にしてほしい。
「ぼろを出したくなかったら、目立つような真似をするな」
 壁にもたれたウォルターを睨むと、彼はふっと唇を緩めた。どんな言い訳が降ってくるかと構えていると、
「モニカ・エヴァンズ」
モニカの名を呼んだだけだった。しかし、一瞬モニカは呼吸を忘れる。その声からは普段の軽薄さが削ぎ落とされていた。不意打ちに硬直した手から、ネクタイがするりと逃げる。何の拘束もなければ、ウォルターがモニカを威圧するには体格差だけで十分なのだった。
「そっちこそ、後輩に誘われてまんざらでもねえ雰囲気だったが……俺に『脅迫』されてる自覚はあるのか?」
 痛い腹を突かれて言葉に詰まる。
「それは……」
 形勢逆転。強い視線から逃れようと顔を背けたとき、場違いなトーンの声が響いた。
「聞きましたよ!」
 予想外のことに、ウォルターもモニカも動きをぴたりと止めた。その間に小柄な人影が割り込む。
「ふふふ、ついに正体を現しましたね、ウォルターさん。モニカさんを脅して無理やり言うことを聞かせるなんて、なんて卑劣! 最低男! ままままさかあんなことやそんなことまで」
「さ、サシャ。落ち着いて」
「無理です!」
 初めは驚いていたウォルターも、サシャの動揺っぷりを見て冷静さを取り戻したようだ。わざとらしく首をかしげてみせた。
「何のことだろうな?」
「とぼけたって無駄ですよ。『脅迫』って言ってるの、しっかり聞きましたからねっ、この耳で!」
「ああそう。で、証拠は?」
言い募るサシャを淡々とした声が遮った。
「俺が『脅迫』という語を持ち出したのをお前が聞いていたとする。だが、俺がモニカを脅しているという証拠はどこにある。それとも、こいつの弱みに思い当たる節でも?」
「それは……ないですけど」
「つまりお前が言っていることは、証拠もなしの言いがかりだ」
 悔しげに唇を噛む後輩にフォローを入れるべきか、それとも。
 モニカが迷っているうちに、サシャは自分で立ち直った。
「それじゃあ証拠を見つけてみせます。モニカさん、待っててください。必ず貴女を救い出してみせます! そして一緒に祭りに出ましょう」
 返事も聞かず、嵐のように走り去った少女の後ろ姿を見送りながら、モニカは息を吐いた。
「どうする気だ、ウォルター」
「はてさて困ったな」
 友人は、ちっとも困ってないような口ぶりで言う。

「モニカさんは泳げない」
「不正解」
「モニカさんは実は亡国の姫」
「まさか」
「あ、モニカさんは実は男!」
「はい残念」
 出会うたびに噛み付くサシャと、軽くいなすウォルター。
 これを証拠集めと言っていいものやら。いつの間にか、モニカの弱みを当てたら勝ちといった様相に成り果てている。まあ、この調子なら当たることはなさそうだ。

 モニカは祭りが怖い。数年前の競技祭で、魔術の失敗により一人の少年に傷を負わせた。それ以来、競技祭に出ることを考えると身体がすくむのだ。
 そして少年のほうも、毎年この時期になると不調に陥り、魔術を失敗することが増えたらしい。身体とは別のところに、未だ癒えない傷があるのだろう。
『手伝えよ。俺に怪我させた責任、とらなきゃいけねえよな?』
 競技祭に出たくないモニカと、上手く魔術が使えないことを隠したいウォルター。結託した二人は『脅迫』を言い訳に、今年も祭りをやり過ごす。


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サークル名:眠る樹海堂(URL
執筆者名:土佐岡マキ

一言アピール
普段はミステリ(の皮を被った何か)を書いています。男女の共犯者めいた関係が大好物です。
今作は久々のファンタジー。新刊「魔術師のてのひら」より、魔術学院の生徒たちの様子を書きました。
世界のいろんな角度から魔術師を見つめる短編集になる予定です。

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