カメラ越しの君を水平線の彼方まで追って

「頼む。俺さ、昨日ゲーセンの“太鼓の鋼人”で、マキシマム ザ ホルモンのメドレーを上級者用8kgバチ使って三時間ぶっ続けで演奏したら両腕を痛めた。それなのに明日『アイドルでGO』の期間限定イベントがあるんだ。俺のかわりにレイドバトルに参加して、伝説の海底アイドルの『原始かいおーがちゃん』を捕獲してきてくれ。個体値が高い子なら報酬増しにするから」
 友人のお願いを聞いて、僕は腕を組んでこう答えた。
「僕はお前が何を言っているのか微塵もわからない」

 次の日。
 冷たい風が吹く十一月の曇天の下、依頼料を握らされた僕はイベント開催地であるK臨海公園の砂浜にきていた。身を強ばらせる程の寒さながら、老若男女問わず多くの参加者たちが集っていた。身を寄せ合う恋人たちも大勢いた。他に何故か海に向けてスマホをかざし、何やら愛を叫んでいる人たちもいる。何か知らないがとても近づきたくない。
 目的のイベントを示すポップや旗を見て、ここが会場と確認する。僕は自分のスマホを仕舞い、友人のスマホを取り出す。
 アイドルでGOはスマートフォン向け位置情報ゲームアプリで、AR拡張現実機能により実際にゲームで指定された場所に行くとそのキャラがそこに実在するかのように出現している。つまり欲しいアイテム・キャラを手に入れるには出現する現地に赴くしかない。ゲームは家の中でぬくぬくと遊びたい派の僕には到底受け入れられないジャンルである。
 しかし金を受け取ってしまった以上やるしかない。僕は友人のスマホからアプリを起動させる。アプリゲームの個人データはサーバー上にあるけど、アカウントだけ借りても彼のデータで遊べないらしい。別の端末だとデータ移行しなければならないとのことで、スマホそのものを借り受けることになった。他人のスマホって壊しそうで怖い。
 さてここまで来たらやるしかない。基本操作は電子マニュアルを読んだ上で、昨晩近所の公園で捕獲を試してみたので理解している。正直、砂場の中に胴体を埋めているアイドルの女の子(見た目十歳程度)にアイテムのお菓子を与えて専用捕獲縄でゲットするシュールな仕組みは、現実だと確実に手が後ろに回る行為である。攻略サイトで個体値を調べてみると、平均以下のステータスだった。友人は伝説のアイドル以外は要らないそうなので、アイドル籠が圧迫しないように逃がしてあげた。そのコマンドが『強制引退』という名なので心が少し傷んだが。
 伝説アイドル出現の通知が来ていたので早速レイドバトルに参加する。伝説戦の場合、まずは彼女との戦いに勝たないと捕獲できない仕様らしい。周囲の誰かが作ったルームに入り、皆で力を合わせてアイドルを倒す。何故アイドルと戦わねばならないのか理解に苦しむが、ゲームのルールだからと納得するしかない。アイドルってなんだろうな。
 ルームに集った人数が二十人に達したところで準備時間が終了し、戦いの幕が上がる。気合を入れてスマホのカメラを海上に向ける。白波がさざめく現実の海に、見た目十数メートルの巨大な青い髪にふっくらな容姿の二次元少女がステージ衣装を着てバタフライで泳いでいる。実に楽しそうに、人魚さながらに美しく海に舞い飛沫があがる。詳しく調べる気にならなかったが、彼女は正装が水着で、泳ぐときドレスになる設定らしい。
 のんびり鑑賞している場合ではない。制限時間以内に彼女を仕留めないと逃げられる。僕は捕獲アイテム袋を開けて、武器を取り出し・・・・・・。
 あれ? 銛が二本だけ? 唖然としたが、これでは到底録なダメージを与えられない。攻撃を他のプレイヤーに任せるか、ルームを抜けて近場のIストップに行ってアイテムを補給して次のレイドバトルに参加するか、僕は迷った。確か、戦闘での貢献度が低すぎると捕獲の難易度が非常に高くなるはず。捕獲アイテムの数にも限りがあるので、初心者の僕はなるべく避けたい。ならば退出してアイテムを補充してこよう。
 そう思ってルームを抜けようとしたら、『無料レイドパスが無効になりますが宜しいですか?』というメッセージが出た。僕ははっとして思い出す。このゲームではレイドバトルは一日一回だけ無料で参加でき、二回目以降は有料となる。課金費用ぐらい後で必要経費として請求すればいいかもしれないが、友人のスマホのクレジットがわからないし勝手に引き落とすわけにもいかない。連絡しようにも彼の電話は此処にある。プリペイドカード買っても入金パスが不明。つまり無課金で彼女を撃墜しなければならないのだ。 
 僕は狙いを定めて一本目の銛を投擲する。だがかいおーがちゃんの動きは機敏であっさり外れてしまう。今度こそともう一本投げようとスワイプしたとき、隣のプレイヤーが、
「こっちを向いてよかいおーがちゃん! 世界一可愛いよ!」
とスマホに向かって愛を叫んだ為、驚いてあらぬ方向に銛を飛ばしてしまった。
 ドン引きして半歩下がる。そのプレイヤーは周囲を気にせず尚も叫び続ける。気づけば、他のプレイヤー達の半数近くが、仮想アイドルへ喉を涸らして愛を叫んでいた。その異様な光景に、眩暈さえ覚えた。
「君、初心者かい?」
 狼狽えていた僕に、唐突に声をかけてくる人物がいた。振り向くと初老の男性が、スマホ片手に微笑んでいた。訝しげに眉根を潜めるが、どうやら不慣れな僕を純粋な親切心で助けようとしているらしい。サポートはありがたい・・・・・・のだが。
「レイドバトルは今回が初めて?」
「は、はい」僕は頷く。「武器アイテムも尽きてしまって。課金アイテムはちょっと、手が出なくて」
「それなら心配ないよ」男性はスマホを海上へ翳す。「無課金でも不屈の根性と揺らがぬ愛さえあればとことん楽しめる。それがアイドルでGOなのだ」
 残念ながら代理人なので根性も愛もこれっぽっちも持ち合わせていません。なんて正直に答えるわけにもいかず、肩を落とす僕。しかしその男性は無問題と言い切り、おもむろにスマホを口に近づけて、
「嗚呼! 月が綺麗ですねぇぇぇぇぇぇ!」
 と頭の螺子が吹っ飛んだように叫びだした。
「な、何を言っているんですか昼間にいきなり」流石に尋ねる。すると男性はこちらを向き、僕のスマホのある部分を指差した。レイドバトルマニュアルの十頁目。説明量が多くて目を通していなかった部分だ。
 そこを閲覧してみる。・・・・・・『武器アイテムがなくても、マイクに向かって彼女が振り向きそうな素敵な言葉を囁けばダメージを与えられるので最後まで諦めないで!』
 どこから突っ込んでいいのか皆目見当もつかない内容が書いてあったが一つ納得した。周りで狂ったように叫んでいる人たちは無課金プレイヤーか。というか、武器を十分に用意しておいてくれなかった友人は僕にその恥ずかしい行為をさせようとしていたのか。やってられないので回れ右して帰り、金を叩き返そうかと思った。
 そのとき、複数の視線を感じて顔をあげた。周りのプレイヤー達が僕をちらちらと見ている。不審に感じていると、先ほどの男性が、
「拙いね、ダメージ総量が少し足りない。このままだと時間切れだ。君も頑張って攻撃に参加しなさい。彼女への想いの丈を今すぐ吐き出すんだ」
 想いなどありません。毛ほども。だが、戦力として期待の眼差しを向けられる中逃げ出すのも怖い。仕方なく、僕は意を決して声をひねり出した。
「か、可愛い・・・・・・よ」
『声が小さい!』
 総スカンをくらってびくっと身をこわばらせてしまう。
「君、それでは駄目だ」男性が頭を振った。「昨今の言語認識機能は高性能だ。君が愛情を込めた言霊は必ず届く。だから恐れず、魂の底から叫ぶんだ」
 羞恥プレイに耐えられないと叫びたい。
「・・・・・・わかりした」完全に自棄になった僕は深呼吸をして、怒涛の愛の言葉と攻撃を躱し悠々と泳ぎ続ける仮想現実上の彼女に向かって声を張り上げた。
「てめえなんて要らないんだよ! とっとと何処かへ失せろ、この不細工が!」
 途端、砂浜の上がしんと静まり帰った。あーあ、やってしまった。すっきりしたが周囲の白い目が痛い。急いで逃げないとファンから袋叩きもあるかなこれ。
 そんな気まずい空気の中、スマホから女の子の怒声が飛んできた。
「なによあんた! 酷いじゃない! もう一度言ってみなさい!」
 驚いたことにかいおーがちゃんが陸にあがってきて、僕に向かって抗議してきたのだ。
「チャンスだ!」男性がガッツポーズした。「このかいおーがちゃんは煽り耐性が極端に低い個体だ! 今ならどんな攻撃も当たるし、これだけ近ければクリティカル確定だ!」
 それを聞いた皆は、一斉にスマホに顔を向け、集中攻撃+愛の咆哮を浴びせた。そしてレイド制限時間ギリギリ、ついに念願のかいおーがちゃんを倒したのだった。
 体力の尽きた彼女の体は爆発四散し、頭部だけがごろんと砂浜に転がった。
「一時はどうなるかと冷や汗をかいたが」男性が僕の肩に手を置いた。「結果オーライだ。さあ君も捕獲したまえ」
 そう行って、彼や周りのプレイヤー達は彼女の頭部を捕獲用アイテムのバケツに入れ、目的を果たしてほくほく顔で去っていった。中にはすれ違い際、僕を見てにやりと微笑む人もいて複雑な気持ちになった。
 ともあれ、僕もその無抵抗の頭部を回収し、疲れきった足取りで帰路についた。

 数日後。とっくに回復した筈の友人がまたやってきた。
「お前の獲ってきた子の個体値が最高値の6Vだったぞ! 任せて正解だった! でさ、その運をまた分けて貰いたいんだ。来週宇宙ステーションでDNAアイドルの『でおきしすちゃん』が出現するイベントがあるから一緒に軌道エレベーターに乗ってくれ」
 友人のお願いを聞いて、僕は腕を組んでこう答えた。
「僕はお前が何を言っているのか微塵もわかりたくない」


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サークル名:漢字中央警備システム(URL
執筆者名:こくまろ

一言アピール
これまでのテキレボアンソロに投稿した7作と書き下ろし3作をまとめた短編集「ゲームは人生を費やすに足る暇潰しである」を頒布開始します。作中のゲームは全てフィクションですよ。

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