海底の友とわたしの女神

 その日を覚えている。

 空を泳いでいたら上がった水飛沫。それは海の中から突然に打ちあがった。思わず泳ぎを止めたわたしの周りに更に上がるのは海水の柱だ。
 害意があるのか読めず、その場でとどまっていると暗い底から低い声が響いてくる。
『貴様、何をしている。俺の頭上を飛ぶなどなんと罪深き行為をしているとわかっているのか』
 普通に抗議だった。しかもいわれのない抗議だ。こういうのを言いがかりというのだろう。
『おい、貴様! 俺が天下のオピーオーン様だとわかっているのか』
「オピーオーン?」
 のんびり抗議を聞いてやっていたが、オピーオーンという名前は聞き覚えがある。しかもずいぶん前に。
「まだ海の藻屑になっていなかったのか。というか海中深くにいるはずだが? さて?」
 古き懐かしきその名の主は、かつて自らの母を穢し、名誉を傷つけた罪で海深くへ封じられたはずである。その当時はさすがにわたしもまだ生まれていないが、よく親以上の世代から反面教師のように聞かされたものだ。それがオピーオーンだ。
「わたしはズメイのリタだ。貴方の名前は聞いたことがある」
『ほうほう。殊勝なことだな。俺様のことを知っているとは。ではリタよ、俺がここから出る手伝いをしろ』
 海中にいるせいか姿は見えないのだが、それでなんでこんなに偉そうに振る舞えるのだろう。呆れてしまう。
「それは無理な相談だ」
『なんだと!』
 怒気はさすが古代の神か。海中からの圧力が強すぎる。しかし聞いてやる義理はない。
「そもそももうこの世は神代ではない。我ら幻獣もさることながら、脆弱な人やただの動物がはびこる世だ。強すぎる者を世に出すことは出来ぬ。……そもそもわたしは海中に潜れないしな」
『ズメイであればこそ! 俺に手を貸すことは当然であろう』
「もうクロノスもいないのだ。意味がない。それにズメイは現状に満足している」
 いくら竜が蛇と近いといっても一緒にされても困る。ズメイは蛇の下に付くものではないのだ。
『ええい、腑抜けめ!』
 途端にドーン、と水柱が立った。しかもそれはドーン、ドーン、と何度も上がる。その度に巻き込まれた魚や鯨類が空を舞う。わたしの前にも跳ね上がっている。ついにはわたしの真下から水柱を放った。ただの海水ならば恐ろしくはないが、どうやらオピーオーンはわたしを海中に引きずり込むつもりだったようだ。
 そのまま海の中に沈んだわたしの目は昏い底に剣呑な光を見つけた。オピーオーンのぎらついた瞳がわたしを捉えていた。
『世が変わったなら何故俺はここに囚われたままなのだ。いつまでこのままでいればいい?』
 それは叫びだ。諦めを含んだ哀しい悲鳴。光を求めることを許されない囚人の咆哮だ。
「貴方をどうにかすることはわたしには出来ない。けれどただ話相手になるだけなら時々来よう。今の世がどんなものか気にならないか」
 剣呑な瞳は動揺を見せる。興味を持っているならば、よいことだ。
「友として時折寄ろう。それでどうか」
『友として?』
「ああ。他愛ない話をしたり、互いの話をしたり、そういうのは友だろう」
『……わからぬ』
 弱いものはわたしにとっての保護対象だ。神とはいえ制限を設けられているオピーオーンには同情する。
『友などいたこともない』
「そっか。だったらわたしが初めての友だな。オピーオーン、とりあえず今日はお互いの話をしようか」
 おとなしくなったオピーオーンにわたしは満足だ。しかし現在の問題として、わたしは海竜ではないということがある。
「とりあえず海上に上がってもいいだろうか。体が濡れると重くて上がれなくなる」
『……逃げないか』
 その言い方にくすっと笑ってしまう。
「大丈夫。すぐ上にいる」
 そういってわたしは海上に上がろうとした。その瞬間にオピーオーンの気配が消えた。そして強い海流に飲み込まれた。これくらいで消えることはないが、誰かが強い攻撃を加えたようだ。巻き込まれた海流に戸惑っていると、不意に腕を掴まれた。
 ぐっと海上に持ち上げられる。そこには黒髪で強い金の瞳を持った娘がいた。意志の強そうな瞳に吸い込まれそうなほど凝視する。
「なんだ、心配していた状況ではなかったのか」
「あ、ああ。……君は?」
 にやりと笑うその不敵な顔。躊躇しない攻撃力。強い色の瞳。
「オズヴァルト。問題なかったのなら、申し訳なかったな。邪魔をした」
 腕を離されて寂しく思う。踵を返す彼女の背にわたしは叫ぶ。
「わたしはリタ。リタ・ルタッド・ズメイ。覚えていて!」
「忘れていなければね」
 いたずらっ子のように笑う彼女にわたしの心臓は大きく跳ねる。暫くぼんやりと去っていく彼女の背を見送っていた。ややあって海中からは恐る恐ると声が上ってきた。
『……惚れたのか?』
 衝撃を受けたような声にわたしは大きく頷く。とはいってもオピーオーンには見えていないだろうが。
「見惚れる。是非、妻に迎えたい」
『え? え? いきなり襲ってきた奴をか?』
「それはわたしが襲われていると思っての所業だ。強く凛々しく仲間想い。何も躊躇う道理がない」
『お、おお……』
「それよりも君は大丈夫だったのか」
 かなり激しい攻撃を加えられたと思うが、オピーオーンの様子から怪我はそうないようだ。
『俺はかなり深い場所にいるからな。そよ風程度しか届いてないぞ。……追いかけたいんだろう。行っていいぞ。妻は自分の力で得てこそだ』
「いいのかい?」
『ああ。その代わりまた必ず来てくれるか。次は話をいろいろ聞きたい』
 先ほどの提案を飲んでくれるようだ。
「もちろんだ。よい報告もついでに出来るようがんばるよ」
 うれしいことだ。
 今日は新たな友が出来た。
 そして未来の伴侶と出会えた。
 生涯一の記念日である。


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サークル名:月明かり太陽館(URL
執筆者名:恵陽

一言アピール
書きたいものを書きたいだけ、気楽にいろいろ書いています。今回は投稿サイトに出してる話の関連作です。

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