The Garms and the Sea

※エースコンバット・ゼロ 二次創作
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 彼方まで続く紺碧の色彩。寄せては返す白波。降り注ぐ陽光が揺れる水面をきらめかせて、まるで宝石を散りばめたようだった。
 それが海にまつわる、最初の光景。
 まだ世界が平穏で、まだ誰も喪われていなかった頃。多忙な母が珍しく休暇を得て、甲斐甲斐しい父が旅の手配をして。かつて父が生まれ育ったという遠い異国を訪ねた。今はもう遠い、懐かしき日のこと。
 擦り切れた過去の中、わずかに残る――忘れ得ない記憶。

 眼下には、紺青の水面が広がっている。
 所変われば色も変わるのか、それとも薄曇の天気のせいか。青よりも紺に近い海は、俺の知るものとはまるで別物のように感じられた。凪いだ紺青に時折立つ白波だけが、記憶の中の景色と少しだけ重なる。
《ピクシー、見ろよ。海が青い》
《? 海は青いものだろう》
 何を言っているんだ、とばかりの声が無線から聞こえてきて、苦笑する。
 俺とピクシーはウスティオ空軍に雇われた戦闘機乗りの傭兵で、二機編成のガルム隊として、日々任務に当たっている。今日もまた、与えられた命令通りに飛んできたところだ。
 ウスティオ共和国は「内陸の宝石」と呼ばれる通り、国境のいずこも海とは接していない。なのに、何故俺達が海上を飛んでいるかといえば、ひとえに周辺諸国とのパワーゲームの結果だ。
 数年前に独立したばかりの小国が、至近距離に座す大陸随一の超大国に逆らえるはずもない。特に今は隣国――かつて独立を勝ち取った相手国でもある――との戦争真っ只中であり、死に態ながら辛うじて敗戦を免れているのも、件の大国の援助によるところが大きい。となれば、小国ウスティオの立場など推して知れる。
 つまり、ガルム隊は大国オーシア連邦の要請を受けたウスティオ空軍の指示に従い、遠路はるばる海辺まで飛んできたという訳だ。いやあ、使い潰し囮の捨て駒は日常茶飯事が傭兵稼業の常とは言え、世知辛いね。
 まあ、幸いにして任務は無事に完了。今はウスティオに帰る途中と、気楽なもんなんだが。
《いやさ、昔俺が見た海はもう少し明るい色で、グリーンに近かったんだよ》
《単に水深の違いだろう》
 相棒はあっさりと返してくる。当たり前のように言っているが、そいつは一般常識なんだろうか。
 俺はこれでも一応はきちんと養成学校を出て戦闘機乗りをしているので、馬鹿じゃない自覚はある。ただ、何分子供の頃まともに学校に通えた期間が短い身の上につき、一般教養的な知識の不足は認めざるを得ないところだ。
 それに、相棒は戦闘機乗りの傭兵なんてやくざな商売をしてる癖に、趣味が読書なんて変り種でもある。しかも、旅行記がお好きときた。俺が物知らずなのではなく、ピクシーが博識である可能性も捨てきれない。というか、そっちであって欲しい。
《そういうもん?》
《前に読んだ本に書いてあった。水深が浅くて海底の砂が白いと、反射の具合で緑がかって見えるとか》
《へー、じゃあ、この辺はだいぶ深いんだな。――何か、懐かしくなってきちまった。またあの緑の海を見てーなあ》
《しかし、単に緑の海と聞くと、藻でも大量繁殖したみたいだな》
《人の美しい記憶に水差すの止めてくんない?》
 
 ガルム隊が常駐するヴァレー空軍基地は峻厳な山の真っ只中を切り開いて作られた、文字通りの陸の孤島だ。冬はアホみたいに寒く、四月初頭にも平気で雪が降る。俺がやってきた四月二日だか三日だかの頃もちょうど雪が降っていて、危うく凍えかけたことも記憶に新しい。
 とはいえ、五月も半ばをすぎると、さすがに少しは暖かくなってくる。日向の窓辺に座っていると、つい、うとうとと――
「サイファー、待機中に寝るな」
「ひぎゃっ!?」
 突如冷たい感触が頬に押し付けられ、座っていた長椅子から跳び上がりかけた。ぎょっとして傍らを見上げれば、呆れた目をした相棒が佇んでいる。
 その右手には紙カップ入りのホットコーヒー、左手には自販機でよく見る炭酸飲料の缶。後者の方が、俺への奇襲に使われたという訳だ。あー、びっくりした。
「寝てないって、うとうとしかけただけだって」
「同罪以外の何物でもないぞ」
「そうは言ってもさァ、こうも暇だと眠くなるだろ」
「否定はしないが、仕事中だ」
 冷たい缶が差し出されたので、礼を言って受け取る。ピクシーは俺の隣に、少し間隔を空けて腰を下ろした。
 今日のガルム隊は一日緊急出動に備えた待機を言い渡されている。しかし、寡兵のヴァレー基地は慢性的に人手不足で、待機の場となるラウンジにも俺達以外に誰もいない。つまり咎める目も無いということで、俺がうとうとしかけてしまったのも仕方のない話ではある。……ということにしておいてくれ。
「人が眠気覚ましを取りに行ってる間に寝てるんじゃ、世話が無いぞ」
「ごめんて」
 相棒のため息を聞き流しつつ、缶のプルタブを開け、口をつける。舌を刺す強炭酸。目は覚めるが、どうも昔から俺はこの炭酸って奴が好きじゃない。攻撃されてる気分になる。
「そういやさあ、この辺の海開きっていつなんだろうな」
「うん? また気の早い話だな」
「いや、この前海の上飛んでっから、ずっと海行きたい気分でさ」
「気まぐれにも程があるな。よくは知らんが、夏頃じゃないのか」
「まあ、そういうもんだよなあ。夏かあ……早く契約終わらねーかな」
 通年涼しく風光明媚な土地柄のウスティオは避暑地としても有名だが、海辺でのバカンスなら、南の隣国サピンが鉄板だ。俺もいつか行ってみたいものだと思っている。
 俺とウスティオの契約は、この戦争が終わるまで。戦争が終結を見さえすれば、どこでどう羽を伸ばそうと自由になる。海で遊べる季節には、そうなっていたいところだ。
「契約が終わったその足で、海にでも行くつもりか?」
 茶化すように相棒が被せてくるので、そうだなあ、と笑い返す。
「それもいいな。そろそろ暖かいトコでのんびりしたい。緑の海と白い砂浜で戯れんの」
「……一人でか?」
 正気か? みたいな声で言われた。待てよ、俺は一人で砂浜で遊んでるように見えんの? いくら何でも、それはなくねーか?
「違えし! 俺はどっかの誰かと違って愛想あるから、ビーチに行けばその辺のおねーちゃんが遊んでくれるんですゥー」
「愛想が無くて悪かったな」
「自覚あるならどうにかしてくれよ」
「お前のその軽口が治せるなら考えなくもない」
「あ、それ無理」
「即答すぎるだろう……。しかし、海といえば」
「いえば?」
 何故かピクシーが口ごもる。何だ? 何か変な話か?
 首をひねって傍らを振り仰げば、軽く周囲を見回す仕草。誰もいないか確かめているようだ。それから、ちらと俺を見て、
「お前は、どういう格好で浜辺を出歩くんだ」
 殊更素っ気無い様子で、そう言った。ああ、なるほどねー。
 俺は背が高くなく、身体に厚みもない上に、年も若い。何せ(公称)二十一歳だ。子ども扱いされることも少なくない。因みに、ここでいう「子ども」とは少年のことなんだが、これがポイントだったりする。
 余程付き合いが深くない限り――傭兵仲間じゃピクシーだけしか――知らない、俺の素性。それこそが、ピクシーを口ごもらせる最たる理由だ。
「普通にセパレートの水着着るけど、あれだぞ。上にパーカーとかハーフパンツ重ねると、普通に今みたいな反応になるぜ」
 そう、俺ってば立派に性別女性って奴なのだ。
 ただ、航空服を着込んで、ちょっと体つきを矯正する細工をしてしまえば、すっかり回りは俺を「小僧」として扱ってくれちまう。喋りも振舞いも、素地がこんなもんだからか、演技する訳でもなく周りが綺麗に騙されてくれるので、いや全く実に痛快愉快。
 初めはピクシーも誤認していた一人だったんだが、俺の相棒は大変に出来た相棒なので、事情を知った今も周囲に悟られるような変化を見せることもなく、これまで通りに接してくれている。ありがたいもんだ。
「お陰で、俺は浜辺でも大体両手に花」
「……そうか」
 自分で振ったくせに、しょっぱい反応である。お喋り下手かよ、相棒。
「で、俺の水着事情がどしたん?」
「いや、些細な好奇心だ。珍しい動物の生態が気になったに近い」
「動物扱いかよ」
 この野郎、と足を伸ばして踏んでやろうとしたものの、ヒョイと避けられる。俺より頭一つ分背の高いピクシーは、その分足も長い。自慢かちくしょう。
「そういうあんたはさあ、海とか行かねーの?」
「昔、ハイスクールの行事で行ったきりだな」
 さらりとした答えは、かえって目から鱗が出るようだった。そうか、普通に学校に通うような暮らしをしてれば、そういうイベントもあるのか。
「いいなあ、そういうの面白そうだな。楽しかったか?」
「十年近く前のことだぞ、ろくに覚えちゃいない」
 ピクシーは肩をすくめる。ドライだねえ……。
「勿体ねーなあ。俺はそういうの、めっちゃ楽しむ自信あるぜ」
「そうか。……で、その手は何だ」
 右手に炭酸飲料の缶を持ったまま、左手をピクシーの方に差し出す。相棒の呆れ顔は見なかったことにして、にんまり笑った。
コーヒーそっち、一口くれ」
 お決まりの言葉を口にすると、ため息混じりに差し出される紙コップ。受け取って口をつければ、ほのかに甘い。
 自分で飲むなら決まって無糖のピクシーがコーヒーに砂糖を入れるようになったのは、俺と組むようになってからのことでもある。本当、出来た相棒だよ。
「ほい、あんがと。炭酸こっち飲む?」
「いらん」
「ところで、炭酸って喉がチクチクするよな?」
「俺はお前の嫌いなものを代わりに処理する為に二番機に着いてるんじゃないんだが?」
 そんなやり取りをしたものの、俺が二口しか飲まなかった炭酸は、結局無事にピクシーの胃に収まる運びとなった。
 いや全く、今日も俺の相棒はこんなにもいい奴である。
「俺あんたのひねくれてるトコ嫌いじゃないぜ……。よっ、男前!」
「殴っていいか?」
「エッやめて」
 ちょっと素直じゃないけどな!


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サークル名:燎火堂(URL
執筆者名:奈木 一可

一言アピール
普段は異世界ファンタジーでひっそりと物書きをしておりますが、うっかり二次創作に走りました。畑違いのフライトシューティングに四苦八苦。加えて辛辣皮肉屋な青年と青年にしか見えない性別女性の傭兵コンビという趣味具合ですが、宜しくどうぞ。本作の本編は第7回にて新刊頒布の予定です。

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