出雲残照


戦乱の大陸を捨てて海に漕ぎ出した張旦は、東海の倭国に辿り着く。そこで彼が出会ったのは聡明な王「イズモタケル」だった。彼の治めるイズモの地で、張旦は平安な暮らしを手に入れるが、しかし、そのイズモにも戦火が迫る。大軍を率いてやってきたのはもう一人の「タケル」――ヤマトの皇子「ヤマトタケル」だった。

サイトで公開中の表題作に加え、web拍手で限定公開した続編『それからのチタリ』、さらには、神功皇后の新羅征討までの数日間を描いた書き下ろしの新作『息長帯比売』も収録。

(創作文芸見本誌会場HappyReading より転載)

sanka

博学な人に「すごい物知りですね」などとは断じて言いたくないし、
言われた当人だって「いやあ、まだまだですよ」なんて返してくるのが分かってるので
今まで絶対に言わなかったが、唐橋史なる女性は間違いなく博覧強記に属する人物だ。
毎回、読むたびに思うのだが「この知識どこで仕入れたんだ」ということ。
今回の舞台は大和朝廷である。
大陸出身の張旦を語り部にイズモタケルとヤマトタケル、そして出雲と大和を見ていく……
これだけでうずうずしちゃう人いるでしょう。

多くを語るとネタバレになっちゃうので詳しくは言えませんが、『古事記』が好きならば読んで損はない。
『古事記』を読んで「女装したヤマトタケル」を脳内保管してある物好きな貴女。
少女のように可憐な姿でありながら、残忍に殺しまくるヤマトタケルを『出雲残照』で拝めます。
いや、私はヤマトタケルはちょっと……なんてわがままなことを言っちゃう貴女!
線の細く優しいイズモタケルがいますよ。(こっそり)
この人もねー、もうねー、私読みながらどきどきしちゃった。

これまた『総督と画家』で分かったが、唐橋さんは情景描写が生き生きしている。
冬の凍える寒さや人の薄汚い部分などが、もう手に取るように分かるのです。
さすが映画マニアだけあるなと思った次第。
実は(と私が言うことではないのですが)この『出雲残照』サイトに掲載されていたとのこと。
後日談の『それからのチタリ』も合わせて、『出雲残照』は完結します。

さてさて、それから数十年が経ったのが『息長帯比売』
新羅討伐を指示したとされる神功皇后を仲哀天皇に使えた采女・阿古の視点で追いかけます。
私の記憶違いでなければ、この話は映画「マリー・アントワネットに別れを告げて」に着想を得た物だったと思う。
実際、采女である阿古は色々と重要な部分を見聞きし、一つの時代の終わりと戦火の発端を見る。
なにより印象的なのが私の脳裏に浮かぶ疲れたような気だるい阿古の姿だった。
熱い夏の日射しを受けて遠く息長帯比売――神功皇后を見やる阿古の、
多くの諦念とわずかな驚きが春先とは思えぬほど寒々しい部屋に重なった。
短くあっという間に読める話だが、『息長帯比売』に漂う夏の暑さは未だ引いていかない。


発行:史文庫
判型:文庫 160P   
頒布価格:500円
サイト:史文庫
レビュワー:三日月 理音

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