彼女の大嫌いな理由と大好きな訳

スヴェデニア海国の砂浜で一人の天使の女性が膝を抱えて座り、寂しげな顔で金の肩甲骨までの癖毛を潮風に揺らしながら海を見つめている。
日華に透かされた若葉の色をした両目で穏やかにうねる海を何となく見ていれば、海面から丁の字のような形の頭が現れて女性の天使は途端に笑顔を輝かす。
丁の字の頭は浜辺へ向かって泳ぎだすと徐々に影が大きくなっていき、足がつく地点まで来たのか海から上がりながら天使の女性に近づいていくと彼女は立つ。
「ティマさん、お疲れ様です!」
「だからぁ、ティマって呼ぶなって言ってるだろ! ダニエルって呼べぇ」
天使の女はダニエルと呼ぶように言ったアカシュモクザメの魚人の男に笑むと、彼が右のヒレに持っている袋の膨らみようを見て感嘆の声をあげる。
「今日もいっぱい獲れましたね!」
「……俺の話、聞いてんのかよ……」
ダニエルは呆れた様子でため息混じりに呟けば、少し浜辺を歩いて海を正面にしてあぐらをかいて右のヒレで頬杖をつくと、少し遅れて天使の女性も隣に座る。
しばらくの間は心地よい沈黙が流れていると、ダニエルが思い出したように頬杖を止めて天使の女性に視軸を向ければ、彼女と目が合ってから質問を投げる。
「そういやアンジェ、お前、海水浴しねぇのか? もうすぐ海開きだぞ?」
「私は海が大嫌いなんですっ」
アンジェと言う名の天使の女性はダニエルの問いに否定の答えを返せば、アカシュモクザメの魚人の男は意外と言う顔になって女性の天使に更に聞く。
「は? どう言う事だ?」
「十歳の時、旅行に行った先の海で海水浴をしてたら、突然、クラゲに右腕を刺されたんです。それから、海もクラゲも大嫌いなんです。……クラゲが絶滅したら、考えてますけど……」
ダニエルは「んだよ、それ……」と諦観した物言いをして前を向くと、何かに勘づいたアンジェはアカシュモクザメの魚人の男に顔を接近させれば問う。
「もしかして、私の水着姿が見たかったんですか?」
「あ? ……ま、まぁな……」
煮え切らない返事をしたダニエルにアンジェは気のない相槌を打つと、尚いっそうと理解をしたような顔つきになり、彼の目に口を近づけて艷っぽく囁く。
「だったら、プールに行きましょうよ? ビキニでも何でも好きな水着を着ますよ? それから」
「おい」
ダニエルは怒気のある低い声でアンジェの言葉を途中で切り、何なのかときょとんとして小鳥のように小首を傾げている彼女へ、そのままの声色で忠告する。
「何でお前はすぐそうやって誘おうとすんだよ。やんねぇからな?」
「えー……つまらないです……」
餌を取り上げられた子犬のように心底から悲しい表情でアンジェは離れると、ダニエルはやれやれと言うようにため息を吐きながら首を横に振る。
さすがに他の言い方があったのではないかとダニエルは反省すると、アンジェは湖面に滴を落とすような声で「絶滅したらいいのに……」と愚痴を言った。
「クラゲか? しねぇと思うぞ? あいつら、五億年前からいっからな」
「えー! なんですかそれー! まるでゴキブリじゃないですかー!」
「ゴキブリって……おいおい……言い得て妙だがなぁ……」
そんなにクラゲを嫌っているのかとダニエルは長息混じりに理解すれば、先ほどアンジェが発言が気になり、アカシュモクザメの魚人の男は彼女の右腕を見る。
そこにはうっすらとだがカタカナのクのような痕と手へ伸びる一本の線があり、ダニエルはそれらがクラゲに刺された名残だと知ればアンジェが話し続ける。
「変だと思いませんか? 海嫌いの天使が漁師と結婚だなんて。それに、相手は魚人なんですよ?」
アンジェに言われて確かにそうだとダニエルは納得をすると同時に疑問が湧き、不貞腐れた様子で俯き始めた彼女へ忌憚なく手にしたものを粗削りに渡す。
「そういやそうだな。何で俺に結婚申し込んだんだ?」
「十五歳の頃からサメ系の魚人、特にアカシュモクザメの魚人がかっこいいと思い始めたんですよ。独特の頭の形、それを舵にした小回りを効かした泳ぎ、バランスが取れたスタイル、鋭く尖った牙、全ての魅力の虜になったんです。お小遣いで写真集を買い集めたり、マザーにスヴェデニア海国に配属してほしいと懇願したりして、とにかく実際のアカシュモクザメの魚人に会いたかったんです。そして、この町の協会のシスターに配属が決まった時、嬉しくて思わず奇声をあげたんですよ? まぁ、でも、本当に結婚できるなんて思ってもみなかったですけど」
「押しかけてきたくせに、よく言う……」
どこか自分の容姿を褒められたようでダニエルは照れ臭くなって顔をそらすと、アンジェはその様子を見て喜楽に微笑みながら彼の黒真珠の如き目を観察する。
海は大嫌いだが、サメ系の魚人は大好きと聞いて一瞬は矛盾に思ったダニエルだったが、このようなアンジェの不思議さは今に始まった事ではないと思い直す。
そして不意にダニエルは時間が何となく気になり、アンジェの首を確認して金の細い鎖が巻かれていると知ると、視軸に気づいてデコルテを触る妻に指示をする。
「おい、時計」
「あ、はい」
金の細い鎖を手繰り寄せたアンジェは、細かい細工が施された同色の懐中時計を出すと、横開きの蓋を開けて時計盤を見ながらダニエルに時間を告げる。
「午後四時十五分過ぎです」
「じゃあ、そろそろ行くか」
アンジェの「はい」との返事を聞きながらダニエルは妻と共に立ち上がると、懐中時計を服の下にしまいながら彼女は旦那へこの後の予定を問いかける。
「ティマさん。今晩は、夜の仕事はないんですか?」
「だから、何で殺し屋してる時の名前を気安く呼ぶんだよ! 人に聞かれたらどうすんだ! お前の命が狙われんだぞ! ……深夜にな、一件ある。先寝てろ」
ダニエルの注意はどこ吹く風でアンジェは「はーいっ!」と軽く答えると、漁師と殺し屋の二足のわらじを履くアカシュモクザメの魚人は呆れてため息を吐く。
「ほんっとお前、俺の話なんて聞かねぇよな……」
「だってぇ、何かあったら守ってくれるって思ってますものぉ」
あからさまな猫なで声でアンジェは返答すると、ダニエルは心底から呆れが宙返りした様子で俯いて雄叫びをあげると、素早く顔をあげて海を背に歩きだす。
一拍遅れてアンジェはダニエルについていくと、夫は「鍵、ちゃんとかけとけよ」とぶっきらぼうに言い渡し、二人は並んで歩きながら自宅への帰路についた。

彼女の大嫌いな理由と大好きな訳 終


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サークル名:夢紫乃書(URL
執筆者名:夢美夜紅々

一言アピール
また書きました、趣味満載の異種族婚。
ちなみにアンジェが海を嫌う理由と過去は、まんま私の事です。
これとは別ですが、オリジナルの異種族婚、頒布してます。
当日は是非、来て下さい。

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