邂逅の海

 海はよく天国への入口と例えられる。
 僕はそれをずっと信じていた。だから何度も海に行ってみたけど、君には逢えなかった。
 君は数日前、僕の目の前から姿を消した。
 それも突然に。
 僕にとって千枚通しの針の先端を心臓に突き刺したような痛みが走った。
 色んな所を探したが見つからなかった。
 二人で行った遊園地、別れた駅、しゃべりすぎていつの間にか日が暮れたベンチ。そのどこにもいなかった。
 ただただ海は波を寄せては返し、砂の上をさらっていった。
 鳥が僕の上を鳴きながら通って行くのをぼんやりと見ていた。
「君に逢えるためならなんだってするのに」
 僕の独り言は波音にかき消されていった。
 波音は心を癒す力があるとどこかできいた。
 太陽が服から肌がでている場所をジリジリと焼いている。もう正午だ。
 半ばあきらめて僕は砂浜に横たわり、自然と眠りに落ちていった。

「もう何してんの?」
 声が聞こえて振り返ると君が笑っていた。
「沙希! どこにいたの?」
「ずっとここにいたよ。気付かなかった?」
「うん。わからなかった、いろんな所を探したんだ、なんでいなかったの?」
「だって、もう、拓海と一緒だから」
「僕と一緒? それってどういう……」
「私、交通事故でどうやら天国に逝ってしまったみたい」
「それってこの世では死んだってこと?」
「そう」
 沙希は悲しそうに笑った。その笑顔が心臓をチリチリと痛ませる。
「なんて顔してんだよ」
 思わず僕はそう言った。
「だってもう拓海に逢えない。こうやって夢の中でしか、おしゃべりもできない」
 両手に顔をうずめると、泣いてしまった彼女をそっと抱きしめた。夢の中なのに温かくて柔らかい彼女の身体は生きている頃のままだった。
 しばらくそうしていた。夢の中なのに、目はまだ醒めなくて僕たちはずっとお互いを抱きしめたまま時間を過ごした。
「ありがとう」
 彼女は笑うと、光が周りをつつみ、あぁ目が醒めるんだなと思った。

 目が覚めると砂浜の上にいた。
 太陽は傾いていて、辺りは夕暮れでオレンジに染まっていた。
「もうこの世には沙希はいないんだ」
 悲しみと孤独感が僕を支配しそうになった。グラグラ揺れる心が一人なんだと告げていた。
 海はただただ僕を見ていた。
 あまりにその様子が綺麗で僕は悲しみの中にいるのに、心がジンとなった。
「そこの坊主! 大丈夫か?」
 振り返ると初老のおじさんが犬の散歩で通りかかった。
「あ、はい」
 零れそうな涙を必死にぬぐい、僕は精一杯の苦笑いを浮かべた。
「最近の若者は色々悩んでいるヤツが多いってもんよ。昔は生きるのに必死だったから今ほど苦労は苦労と思わなかった。仕事すれば当たり前に給料はもらえたし、今ほど物価も高くなかったから。今じゃ物は豊かになり、色んなものができたけど、心はどうしたもんか」
 ふいーと初老のおじさんは連れている犬をそっとなでた。
「君も色々あったんだな、顔でわかる」
 おじさんは笑った。
「生きていりゃなんとかなる、とまではいかないけれど、それでも生きてこそ、なんだ、坊主。お互いのらりくらりといこうじゃないか」
 ハハハとおじさんは夕日を見ていった。
 僕はその笑顔が心に焼き付いて、何も言えなかったけど、伝わる何かを感じた。
「さて、行こうか。坊主は遠くから来たのだろう? 気をつけて」

 帰りは電車とバスで約二時間。
 途中で僕は眠りについた。心地よい眠りだった。


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サークル名:ever.b.green(URL
執筆者名:mあんずk

一言アピール
夏に開催ということで、あと2カ月でもう始まってしまうのだな、と思うとドキドキします。色んなイベントに出る度に自分はまだまだだなという気持ちを感じます。この気持ちが原動力にもなっています。ever.b.greenをよろしくお願いします。

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