星の涙

星の涙

瞳から海が溢れた。
溢れた海は足元の海に落ちて、大いなる海の一つとなった。
母なる海は、海を流し続ける娘を優しく抱いて、まるで赤児をあやすように、横たわった彼女の身体を揺らした。
波の音は子守唄だ。
宇宙そらには無数の星、月の引力が波間に揺れる小さな身体を引き寄せるが、海がそれを引き戻す。
娘の身体からは急速に体温が奪われていく。
溢れる海も、震える唇も全てが停止し、やがて海の兄弟たちの腹のなかに収まるのだろう。
全てを受け入れた娘の、そこだけ熱を帯びた目蓋が、海の最後の一滴を絞り出した。

娘は浮遊感に目を覚ました。
波間にたゆたう身体は空へ昇る途中で、ジリジリと熱い太陽が照りつけて、遥か上空には大きな入道雲。
娘は雲になり、空を飛んだ。青い空の中を風に乗って飛んだ。身体はこれ以上ないほど白く大きく膨らみ、やがて無数の雨粒となって大地に降り注いだ。
森の木々が喜びに身を震わせ、鳥は木のウロに、虫は青々とした葉の裏側に身を隠す。
ムンムンとした草いきれ、草木のため息。
柔らかな落ち葉をくぐって下へと沈んでいく。さらに下へ下へ。
澄み切った一滴はやがて小さな清流となり、また大きな流れに合流する。
奔流。

目を回しているうちに、彼女は暗く狭く長い道に入り込んでしまった。ひたすらに長い道を進み、辿り着いた先は昔の彼女の家だった。
コップの中から彼女は家族を見た。
自分と同じように瞳から海を流す家族がいた。
彼らの唇を潤す一滴が、彼らの愛した娘であることにも気づかずに。

娘は還る。
母なる海へと。
娘の旅路は永遠で、繰り返し巣立っては母の元へ還っていく。
宇宙へと旅立った姉妹は、無限の彼方へ。
しかし決して忘れるなかれ。
我らは宇宙の始まりから、変わることはない。
母なる宇宙うみから生まれ宇宙うみへと還る、無限の星々の涙なのだ。


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サークル名:東口書店(サイト等なし)
執筆者名:春日 亜紀

一言アピール
初参加の東口書店と申します。文学を中心とした作品を細々と書いております。今回はほのぼの、時折クスッとくる短編から、しんみりとした中編まで8作品を収録しました『光射す道へ』を刊行させていただきます。是非お手にとってご覧ください。

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