セパレイト・ブルー ~人魚と天女~

ansolo03

   濡れ髪に優しく風が過ぎ行きて人魚と天女に出会いありけり

海に背を向けて前屈をしたら、両足の向こうにふたつの青とその境目が逆さに見えた。
ああ、水平線って天平線だ。
すごくすごく遠いはずの、海と空とが寄り添っていた。

*     *     *

マーメイドスカートにすればよかった今は尾びれに指があっても

ちょっと飲みすぎたかなあ。なんて呟いているわたしを、ひたすら笑っている彼女は笑い上戸かな?
否。彼女は「誰だって笑うから」と涙を流している。
わたしの現状を説明すると、パンツの片穴に両足を通してしまい身動きできなくなっている。
「違うの、足が二本あるのに慣れてないだけなんだから」
言っても彼女は聞いてはいない。わたしは、尾びれがないことへの違和感に首をかしげながら足の親指を精一杯動かしてみた。

*     *     *

羽ごろもをなくし泣いてる君がいて笑ってほしくて飛沫をあげる

午前0時のバスルーム。猫足のつるんとしたバスタブに、君と向かいあって沈むこの時間が、1日のなかでいちばん好き。水面はふわふわの泡で満ち、くるくる回るしゃぼんは柔らかな光のなかで色を変え、踊っているみたいに見える。
「はあー極楽ごくらく!」
おばあちゃんみたいなセリフを言いながら、君がうっとりと首を反らす。
「極楽は、君の実家でしょうが。」
つまさきで君の裸の肩をつつくと、もーお行儀わるいなあ、とぴちぴち叩かれた。
「実家じゃないですー。まあ、似たようなもんだけど。…わたしの家は、今はここだし。」
惜しげもなくみせられたその笑顔に、悔しいけど見とれてしまった。ほんとずるい。なんだその余裕。なんだそのきらきら。
「ちょっ…もー!バシャバシャやめて!尾ひれと同じくらい威力あるんだから!」
泡としゃぼんだらけになりながらきゃあきゃあ叫んで、君がわたしの足首を捕まえる。
「あっ、ペディキュアかわいい」
「あとで同じの、してあげるよ」
午前0時のバスルーム。君と笑いあうこの時間が、大好き。

*     *     *

通用口の脇にしゃがんで、じっと待つ。
「そんなとこにいないで、楽屋で待ってればいいのに」
君はいつもそう言うけど、きらきらしたステージも、大勢の人が出入りする楽屋も、なによりそんななかで輝いている君も、やっぱりちょっと近寄りがたい。
「お待たせ。もー、こんなに冷えちゃって。うっすいマフラーしかしてないからだよ」
そう言ってきらきらのスパンコールがいっぱいついたショールをわたしの首にぐるぐる巻きつける。
「これもあんま暖かくないんですけど。あとマフラーじゃなくて羽衣ですー」
文句を言ってももう聞いてない。3メートルくらい先で今日なに食べる?とか言ってる。
「…ごはんよりカラオケ行こうよ」
それでわたしだけのために歌ってよ、とは口に出して言わなかったけど、君はにんまり笑って頷いた。
「ねえ、前世でもよくこんなふうに君に歌ってあげたよね」
「前世?いつ?」
「じゃ未来かも」
そっか、未来でも君は歌ってくれるのか。
「なんか、安心したー」
「え?なにが?」
未来でも、きっと君のために歌を作ってあげる。

   君がため惜しくはないよララバイも来世できっとつくってあげる

*     *     *

月の夜あなたと唄ふ神の子羊アニュス・デイ打ち寄す波が伴奏してる

まったく覚えていないのだけど、喋りはじめたばかりの幼いとき、わたしは海を見下ろす断崖の上の御堂を指差して、大きくなったらあそこでお歌の先生になるの、と言っていたらしい。それで両親は神の御心に従って(あるいは単に気味が悪かったのかも)娘を学校にやる代わりにこの御堂に入れてしまったわけだ。
残念ながら歌う方はあまり向いていなかったが、おかげでこうして日毎潮騒を採集し、夜毎星ぼしの運行を記譜しては、賛美歌を作曲する勤めに就いている。
御弥撒で独唱する姉様の歌声が御堂を満たす。
天上の調とか、セイレーンの歌声とか、美しい音楽には死の影がつきまとう。
まるで天国にいるようとはしゃぐ年少の乙女らをたしなめながら、わたしは密かに懺悔する。死はまた官能の隠喩でもある。

*     *     *

青い青いジャングル。赤い砂漠。銀色の都市。
ジップロックに入れたスマートフォンのメッセージアプリにどんどん送られてくる、外惑星の写真。
そしてその中に、ふわっと浮いて写っているあの子。
ほんとは飛べるんだけどね、人間の中で目立たないように、ジャンプのふりして自撮りするんだ。
って言ってたっけ。
「ほんと、きみって、てんいむほー」
メッセージを送ると、ぽん、と返事が送られてきて。
『転移無法?』
ちがうちがう、天衣無縫だよ。まあ、たしかに、どこにでも行っちゃうけどさ。
そう打とうとしてちょっと止めた指先に、次のメッセージが届く。
『でも、そろそろ海、見たいかも。もうすぐ帰るね』

   継ぎ目ない空につぎつぎはしごかけ次はわたしもついてくからね

*     *     *

都会の夜景なんて好きじゃない。
恋人同士ばかりが集う夜景スポットにとり残されて、星ひとつない漆黒の空を見上げる。
わたしのメッセージは、人工衛星経由で、いつ頃届くかな。
昼間見た水平線は黒く塗りつぶされて、空も港町も、境界をなくしながら哀しいほど遠い。

   ぬばたまに浮かぶ灯りにふるさとのホタルイカ思うビル群砂漠

もう遅い。帰って寝よう。そう思ったときに、メッセージアプリの通知音が鳴る。

『地上の男なんてほっといて、こっちにおいでよ!
もうすぐ木目星で七夕マーケットだよ!ふたりで短冊カプセル流そうよ。
それからケンタウルス祭のビールで乾杯しよう!』

星の見えない天から降ってきたメッセージ。わたしの帰る場所が海にも陸にも見つからなくても、大丈夫って今なら思う。


Webanthcircle
サークル名:チカヨミ(URL
執筆者名:チカヨミ・メンバーズ

一言アピール
企画系短歌ユニットのチカヨミです☆
『星の細道/宇宙とわたし』では、木目星への宇宙旅行紀と、短歌連作が楽しめます。「人魚と天女」のおはなし誕生秘話も含まれているので、ぜひ探してみてください!

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