葬送 ーワスレナグサー

 しん……とした空気の中、ふわりと少女の黒髪が風に揺れる。夜の帳に包まれた世界。この世は少女たった一人なんじゃないかと錯覚を起こしそうなくらいの静寂の中で、少女はゆっくりと地面を踏みしめる。さらりとした砂の感触が心地いいのか、少女が頬をゆるめる。少女の足元を、波が撫でていく。
 少女はゆっくりと深呼吸して、首から下げた首飾りに手を添える。何かを確かめるかのように、ゆっくりと、丁寧に、この世界の言葉ではない言葉を少女は紡いでいく。こちらの世界では、誰の耳にも届かない秘密の言葉。
 緩やかに吹いていた風が俄かに強くなり、足元の砂が、海の水が、少女を包み込むように舞い上がる。やがてそれは、少女の首飾りへと吸収されていく。
 風が消え、再びあたりは静寂に包まれる。
 少女はひとつ深呼吸をして、どこからか杖のようなものを取り出す。まるで筆で絵を描くように、少女は砂浜に杖を走らせる。
 その様子を、淡く金色に輝く髪を潮風になびかせながら、もう一人の少女がじっと見つめていた。ふとその少女の隣に、真っ黒なローブに身を包んだ女が立つ。
 深くフードを被ったその女は、今にも闇に溶けていきそうなそんな感じがして、少女は背筋がゾッとするのを自分の体を抱きしめることでごまかす。
 少女に、女は何やら声をかけてくるが何語を話しているのかすら、少女にはわからなかった。
女は薄く笑みを浮かべて、よくわからない言葉を呟きながら、金髪の少女の額にそっと指をあてる。びくりと肩を震わせる少女に、クスクスと女は笑いかける。
「これで、言葉がわかるんじゃない?」
「あ、え、ほんと、だ」
 急に霧が晴れるように、女の言葉がわかるようになったことに少女は唖然とする。
「これも魔法よ」
 薄い笑みを浮かべたままそういう女に、少女は「そう」とだけ呟いて、相変わらず砂浜に何やら描いている黒髪の少女の方を見やる。
「名前は?」
「スズ」
「私のことは知ってる?」
「ユカリのお師匠さん。名前は知らない」
「ソフィアよ。願いを叶える魔女と呼ぶ人もいるけどね」
 淡々と無表情に答えるスズにソフィアは首を傾げる。今せっせと杖を動かしている黒髪の少女――ユカリは、自分の弟子であり、スズの友人でもある。ユカリはよく友人たちの話をするし、このスズという少女の話題もよくしていた。その時聞いた話では、もっと明るく快活な印象だったが、今日の彼女からは感情の起伏を一切感じない。
(人間らしくない、みたいな)
 どちらかといえばこちら側の、普通の人間とは違う世界に生きるモノの雰囲気に近い感じがする。
(変な子……まぁ仕方ないのかもね)
 いつも明るく好奇心に満ちた弟子が、珍しく、いや初めて、泣きはらした瞳で顔を出したあの日。
「ルール違反をしてもいい?」
 そう、今にも泣きそうな顔で訴えてきたあの日。何があったのかと問えば、膝から崩れ落ち、泣きじゃくりながら事の一部始終を話したあの日。
(初めて、記憶を覗きたくないと思ったわ)
 思わず天を仰いで、ソフィアはあの日に思いを馳せる。ユカリが語った出来事は凄惨で、とても、魔法も戦もない世界に生きる十代の少女が経験するとは思えなかった。そのあまりの内容に、このままでは壊れてしまうと、失った命を、奪った命を、奪われた命を元に戻す事はできなくても、せめて、その魂が安らかに眠れるようにしたいのだと、泣きじゃくる弟子に、心を動かされた。
だからあの日、ソフィアは、弟子にも守らせてきた自分の作ったルールを破ることを許したのだ。自分で魔法を完成させることを条件に。
(あの子の変化の元凶が、この少女か)
 その出来事の中心は、この少女だと聞いている。こちら側の人間ならば、その凄惨な出来事も普通の女の子だったユカリが耐えられない程の出来事に巻き込まれたのも、納得がいく。とはいえ、今隣にいる少女からは何の魔力も感じない。
「あなたは何者?」
 そう静かに問えば、無表情のままスズが答える。
「スズはスズだよ」
 幼さの残るその言い方が、違和感を一層強くする。ユカリと同い年とは思えないその幼さと、相反するような無表情さ。
「本当に」
 人間?と問おうとして、口をつぐむ。ユカリがこちらへ歩いてくる。
「魔法陣、できました」
 ユカリの言葉に一つうなずいて、魔法陣の出来栄えを確認しに、ソフィアは空へと消えていく。
「大丈夫?」
 ユカリの言葉に、スズはコクンとうなずく。いつもの明るさがないこの友人を心配すると同時に、これが元々の彼女なのだろうとも思わずにはいられなかった。表情一つ変えずに相手を切り刻んだその瞬間を見てしまった以上、あの明るさだけがスズの全てなのだと思えなかった。
「怖くないの?」
 相変わらず表情を変えないスズに、ユカリは薄く笑みを浮かべる。
「私だって魔女の端くれだよ?」
 そんな二人の様子を、ソフィアは複雑な気持ちで眺めていた。それ以上、二人の会話を聞いてやる気持ちにもなれず、ユカリに声をかける。
「大丈夫よ。始めて」
「はい」
 ユカリがスズの手を引いて、魔法陣の中へと入っていく。その中央に立つと、二人はおもむろに何かを撒き始める。
 あるものは、布のかけら。あるものは骨のかけら。あるものは金属のかけら。
 これは、二人が用意した「魂の欠片」。今回の魔法に必要不可欠なものだった。
(命に係わる魔法、か)
 それは、ソフィアが自分に禁じているものだった。特に深い理由がある訳ではない。人の命に係わるということがめんどうだっただけ。命に係わる魔法は多くの魔力を与えてくれもするが、多くのリスクを伴う。だから、これまで触れてこなかった。ルール違反を許す代わりに、自分でその魔法を完成させるように言ったのも、その複雑さに諦めると思ったからだった。けど、ユカリは諦めず、命の循環を促す魔法を完成させた。
 ユカリは、本来魔力の豊富なソフィア達の世界の人間ではない。魔力の薄いこちらの世界の人間。魔法を使うには、まず魔力を貯めなければいけない。そんなこの世界で、しかも普通の少女と一緒に、そんな魔法を使うというから、興味半分心配半分でついてきた。
(さすがリラの孫というかなんというか)
 ぼんやりと二人を眺めていると、やがてユカリが詠唱を始める。
「カゼヨココヘオイデタマシイヨマエチレノボレソラヘカエレハハナルウミヘ」
この世界の言葉で繰り返される呪文の意味は分からない。ただ、魔法は成功したようで、淡々と続くそれに応じるように風が舞い、二人と欠片たちを包み、欠片は空へと舞い上がる。
空一面に散った欠片は、月明かりに照らされて、星屑が燃え上がるように最後の輝きを放つ。
そのあまりの光景に息を飲んだ。思わず海辺へと近づいていた。
「命の色、か」
普段、自分が操る記憶達の持つ色とは比べ物にならない位鮮やかな色に、ソフィアは愕然とした。魔女として魅力的なその絶大な魔力に心惹かれる反面、その力に体が震えた。
(これは、弟子に先を越された気分だわ)
 魔法陣からやや離れた所に立ち、そっと二人の方へ目線を向ける。スズもユカリも、ただじっとその光を見つめていた。固く手を取り合ってそうしている二人を、ソフィアは不思議な気持ちで眺める。
「私、忘れないよ。この光景も、あの日感じた想いも、全部忘れない。だからスズも忘れないで」
「うん。知らなかった。命ってこんなに綺麗なんだね」
先ほどまで無表情だったスズは、今はボロボロと涙を流していた。つられたのか、ユカリもボロボロと涙を流す。
そんな二人を前に、もはや意味をなさない燃え尽きた欠片たちは、やがて海へと落ちていく。ゆらゆら揺れて海へ溶けていく。
(私の出番は終わりかな)
 あたりから魔力が完全に消えたのを確認して、ソフィアは心の中だけで呟く。
 静寂と暗さの戻った海辺で、二人の少女は抱き合って泣きじゃくっていた。魂が還っていったあの光景に、あの子達は何を思い何を感じたのか。そんな事はわからないし、覗き見るのも野暮というもの。ソフィアは二人に声をかけることなく、その場を後にした。
 いつの間にか、空が白み始めていた。どちらからともなく体を離し、二人は涙をぬぐう。
「後悔、してる?」
「してないよ」
 スズの問いに、ユカリが静かに答える。顔を見合わせて、静かに笑いあう。それは決して楽しそうな笑みではなくて、かといって悲しみに溢れたものでもなく。乾ききった涙の代わりにこぼれるソレが、違和感と共に辺りを満たしていた。
 これが、二人の少女の終わりと始まりの日。
 朝日が、海を白く染めていた。


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サークル名:風花の夢(URL
執筆者名:蒼依結那

一言アピール
戦え少年少女たち!を合言葉に、10代の子達が色々な理由で肉体的にも精神的にも戦うお話を書いています。基本的にはゆるふわファンタジー。ハッピーエンドはお約束しませんがすっきりエンドを目指してます。アンソロ掲載作品は願いを叶える魔女のお話「勿忘草」シリーズの新しい話で、新刊とも関係のあるお話でした。

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