朽ちた人魚姫

失恋を、した。
自分でもあまり実感というものは湧いていない。ただ、お腹の中に大きな氷の塊を埋め込んだように重い。重くて、冷たくて、全てを吐き出してしまいたい。
叶わぬ恋だとはわかっていたのだ。
学校で一番の美男子に恋をしてしまった私は彼と全く話したこともないのに、彼を目で追ってるだけでどんどん好きになっていった。ある日、たまたま席が近くなった時に彼が私に話しかけてくれて、もうそれだけで舞い上がってしまって、その時私は彼に告白しようと決めてしまった。その時の私はそれがとても愚かな選択だったことを知らなかったのだ。
『気持ちは嬉しいんだけど殆ど君のこと理解らないし、それはちょっと……』
普通から見れば当たり前の返しである。でも調子に乗っていた私はそんなこと考えてもいなかった。付き合ってもらえるとでも思ったのであろうか、たった一度きり、話しかけてもらったばかりなのに。その後私はどうやって学校を出たのだろうか、どんな顔で彼の前から去ったのだろうか、全くもって記憶が無い。気がつけば何かに誘われたかのように見知らぬ浜辺で座り込んでいた。
目の前に広がる海は、陽の光と、夜の闇を混ぜ込んだように鈍く輝いていた。ゆら、ゆら、とこちらを妖しく誘っている。不気味な雰囲気に飲み込まれてしまいそうで、でも私にとってそんなことはどうでもよかった。
こんなことで、落ち込みすぎなのだとは思う。でも、頭でわかっていても、心が納得していないのだ。自分が思い上がった結果を受け止めきれていない自分に腹が立って仕方がなかった。さらさらの砂を思いきり蹴り上げる。すると、蹴られた砂は、海へと吸い込まれるように消えて行く。その様を、ぼうっと見つめているとどこからか、囁くような声が聞こえてきた。
「そんな辛そうな顔をしないで」
「え?」
誰もいないのに、その声は海の底から響いているようで、海の方へと耳を傾ける。
「そんなに苦しいことは忘れて楽になろう? 苦しい気持ちも、悩む気持ちも全部忘れて」
海はさっきよりも強く、大きな声で語りかける。どうすればいいのかわからなくて、立ち上がってみると強い風が一息吹いて、穏やかだった海が荒れ出した。
「おいで、おいで!」
「嘘……」
空間の異常さに気づいた頃にはもう遅くて、操られたように体が動かない。否、ふらふらと妖しく光る海に向かって歩かされどんどん近づいていくのだ。失恋の苦しさもなにもかも吹っ飛んで、必死に抵抗を試みるも、無意味である。そのうち、足が海に浸かって、じゃぶじゃぶと沈んでいく。普通なら水の抵抗を感じる筈なのに、それを全く感じない。段々と深くなっていって気がつけばもう全身が沈んでしまいそう。
「おいで、おいで、苦しいことは忘れて楽になろう?」
海の底から声が響く。私の全てが海に沈んで、身体はあの不思議な海にお布団みたいに包まれた。

そうして、私の形は跡形も無く妖しい海に溶け落ちた。


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執筆者名:nano

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