『小説BADOMA』 第六章「はかなき花」 抄

BADOMA~血塗られた伝説~ 2次創作
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【此処までの粗筋】 「王の試練」に挑む八人は、幻の花ナタニアを求めて森に入る。ひとつ目の化物に襲われたエルザイム国の騎士を助け、行方不明の王妃をも発見。だが、彼女の様子は明らかに異様で――

    ※※※

「……あはは……へんなひと……」
「お妃さま……?」
 ロルトは訝しげに顔を上げた。
「お妃さま? アディルデ王妃さま?」
「……正気じゃないぞ」
 ボソリとタンジェが呟くと、ロルトはキッとなって振り返った。
「何を言う!? 言葉を慎んでくれたまえ!!」
「目を見てみろ。嫌でもわかる」
「――どうであれ、お連れ戻し申し上げねばならないんだ!」
 ロルトは再び王妃の方へ向き直ると、殆ど詰め寄らんばかりに身を乗り出した。
「さあ、お妃さま! お立ちください!」
 必死の形相に、何を感じたのか。
 王妃の表情が突如一変した。
 刹那、何が起きたのか、八人にはわからなかった。我に返った時に彼らが見たのは、喉を裂かれて仰向けに倒れる若い騎士の姿と、笑う王妃と、その手に握られた、あけの纏い付く短剣ダガーとであった。
 騎士は、起き上がってはこなかった。
「――ロルトさん!?」
「待て、退がってろっ」
 飛び出そうとするシフォロンを引きめ、タンジェが前に出た。素早く印を結ぶ。
「傷付けてはならぬ!」
「わかってるよっ」
 イスファムに叫び返しておいて、彼は、ゆっくりと呪文を口遊くちずさんだ。
「MEC・PALTI・CLODE・KARN……」
 最後の一音節と共に静かに差し伸べられた右手から、ふうっと霧が流れる。霧は王妃を取り巻くと、巻かれた者に速やかなる眠りをもたらした。
 ――筈、だった。
 一旦はすうっと目を閉じかけた相手は、だが、その目をくわっと見開くや、術者に躍り掛かってきた。
「ば――馬鹿な」
 茫然となっている暇はなかった。タンジェは辛うじて、突っ込んできた相手のダガーを叩き落とした。しかし相手は全く怯まない。組み付かれ、縺れるようにして引っ繰り返る。白く細い十指が、信じられない力で喉に絡み付いてきた。
「タンジェ!」
 叫びざまアクラは、長身の魔道師の上に伸し掛かる王妃に体当たりを喰らわせた。諸共に吹っ飛び、地を転がる。アクラはすぐに身を起こし、首を絞められていた仲間を顧みた。
「大丈夫か?」
「う……」
 余程、一瞬の間に凄まじい締め付けに遭ったのだろう。ようよう身を起こしながら、タンジェは物も言えずに咳を繰り返している。
「アクラ、後ろ!」
 クニンガンの警告に反射的に身を捻ったそのすぐ横に、頭ほどもある大石が叩き込まれた。王妃だった。彼女はその石をまた持ち上げると、執拗にアクラに打って掛かった。
「くっ――くっ!」
 アクラは泥塗どろまみれになりながら必死で躱し続けた。必死にならざるを得なかった。王妃の動きは並外れて速い。少しでも気を抜けば、忽ち頭を割られてしまうだろう。
「DOEKU・OKENO・KAR・TON!」
 ようやく声が出せるようになったのか、タンジェが呪文を叩き付ける。パアッと何かが炸裂したと思った次の瞬間、王妃の振り上げた石が跡も残さず砕け散った。原子レベルまで一気に”分解”したのだ。しかし王妃はやはり全く怯む様子もなく、即座にまた手近な大石を拾い上げ、逃れかけていたアクラに打ち掛かった。
「狂ってる……」
 誰かが呻いたその時だった。皆と同じようにハラハラしながらアクラと王妃とを目で追っていたメルカナートが、何かに惹き寄せられるように身を乗り出したかと思うと、走り出したのだ。
「メルカナート! 危ないぞ!」
 ログナーが叫んだが、メルカナートは聞こえなかったのか、王妃がふたつ目の石を取り去ったその場所へ駆け寄り、顔を輝かせて跪いた。
「ああっ……ナタニア……」
 そう――岩陰には、ひっそりと、小さな青い花が一輪、咲いていたのである。
 そこへ、攻防を続ける王妃とアクラとが転がり寄せてきた。メルカナートは思わず花を庇った。背中に、鈍い痛みがあった。
「――メルカナート!?」
 アクラが驚いて掛ける手を、メルカナートは激しく振り払った。
「駄目だ! 今度こそ、誰にも踏み躙らせるものか!」
「メルカナー――うわっ!?」
 アクラは、王妃が不意に投げ付けた石をまともに肩に受け、はじけ飛んだ。王妃は狂者の笑いを辺りに響かせると、またも石を拾い、今度はメルカナートに襲い掛かった。
「馬鹿! 逃げろメルカナート!!」
 仲間たちは口々に叫んだが、メルカナートは動かなかった。よけようともしない背中に、一撃が、二撃が、三撃が、容赦なく打ち込まれる。彼は歯を食い縛った。ナタニアの儚い青色は、彼のかいなの下で、ひっそりと佇んでいた……。
「――殺す!」
 不意に、タンジェがダガーを引き抜く。
「な、何をする、タンジェ!」
「どけ、イスファム」
「いいや、どかぬ! 血迷ってはならぬ!」
「俺は正気だ。いいか――あいつには”眠り”も”麻痺”も”魔法の縛め”も何も全然効果がない――訊かれる前に言っておくがな、俺はあいつがアクラとやり合ってる間、片っ端から、あいつを無力化する為の術を掛けまくってたんだ。だが効かない――効き目がないんだよ!」
 吐き捨てるように言うタンジェの唇が震える。自分の魔道が全く用をさなかったことを白状するのは、恐らく彼にとっては耐え難いことであるに違いなかった。
「あの”分解”だけだ――あの”分解、、”だけが、効果を上げたたったひとつの、、、、、、、術だった――その時にわかったんだよ、俺たちが嵌められたことが」
「嵌められた?」
「あいつは、無力化する為の術が全て効かないように”守られて”いる、だけど死や破壊をもたらす術からは”守られて”いない――相手を殺すしか解決策がない、それが嫌なら相手に殺されるしかない――俺たちは、奴ら、、に嵌められて、そういう状況に叩き込まれてるんだよ、あの化物どもに、、、、、、!」
 その呻きにも似た叫びの余韻が消えぬ内――
「けけけ……よくわかったな」
 突然、すぐ近くの枯れ果てた大木の梢の上から、聞き覚えのある声が人語を降らせてきた。
「その黒魔道士、人間にしておくには惜しい奴だ。その通り、そこの女は殺す以外にはどうにもならん」
「出たな、化物――」
 イスファムは歯噛みしてシミターを構えたが、青い瞳のひとつ目の化物は地上に降りてこようとはせず、梢の上でひょろ長い足を組んで座ったままであった。
「お前らが二度と我らの邪魔をせぬと言うなら何とかしてやっても良い――とも思うが、そうも行くまい。何しろ、わざわざまた現われていた、、、、、、、、、、、、くらいだからな」
「なに――?」
「けけっ、わからずともいい。その方が我らにとっては何かと好都合」
 化物はひょいと立ち上がると、シフォロンの方を見下ろした。
「人間の女というのも、なかなか愉しみ甲斐があったな」
「――?」
「正気に戻してやったところで、生きてはいられまいよ。わざわざ我らと交わりたがる黒魔道士の女ならともかくな」
 タンジェがギョッと顔色を変える。シフォロンも相手の示唆するところを悟り、見る見る青ざめた。
「まあ、精々頑張ることだな。今のお前らを捻り潰すのは雑作ないことだが、それも面白くないということさ」
 化物は黒い羽を開くと、あっと言う間に飛び去っていってしまった。
「――あれでわかったろう」
 タンジェが罅割れた声を絞り出し、ダガーを握り直す。
「どけよ、イスファム。殺すしかないんだ。俺は所詮黒魔道だ、王妃だろうが母親だろうが何者だろうが、俺にとっては関係ない。人の命なんて――」
 言いしたタンジェの長身が、急に息を詰まらせたように硬直する。その右手からダガーが滑り落ち、泥に刺さった。
「……嘘は言わぬことだ」
 崩れ落ちる黒魔道師を見下ろしながら、イスファムはシミターのつかを返した。
「伊達におぬしより十五年近く年は取っておらぬ。おぬしが本気で言っておるのか、本気だと思い込もうとして言っておるのか、そのくらいの見極めは付くぞ」
 既に気を失っている相手は、無論答えない。イスファムは微笑すると、なおもメルカナートを痛め付けて已まぬ狂気の王妃の方に向き直った。
「イスファム!」
「タンジェなら心配は要らぬ。柄で鳩尾みぞおちを突いただけだ。じきに気が付く」
「そうじゃない――王妃さまを――殺すのか?」
「シフォロン、吾輩は、さる御方おんかたに誓ったのだ。難儀し困窮しておる者たちをこそ護り、助けると――今、護り救わねばならぬのは、最早あそこで無抵抗の者に石を振るっておるお方ではない」
 言い置いて、彼は、王妃アディルデの許へと歩み寄った。王妃はサッと振り向いた。そして、耳を覆いたくなるほどの狂声を迸らせ、血塗ちまみれになってしまった石を振り上げて、彼に躍り掛かってきた。
 最初の一撃を、彼は、避けなかった。物凄い力で、胸板に石が叩き付けられる。彼はその衝撃に耐え、続く第二撃を横に飛び退き躱すと、素早くシミターを振り翳した。
「リュディアン侯よ――この気高き御方にやいばを打ち下ろすことを許したまえ!」
 叫びと、血飛沫ちしぶきと、悲鳴と、いずれが早かったのか。
 イスファムは肩を落とし、シミターを鞘に納めた。そして、疲れ切った様子で瞑目していたが、やがて、メルカナートの許へを進めた。
「メルカナート……」
 メルカナートは、ゆっくりと体を起こすと、イスファムを振り返って満足そうに微笑んだ。
「大丈夫ですよ……ナタニアは……大丈夫……」
 呟いて、だが呟き終えず、がっくりと泥の中に突っ込む。イスファムは急いでその体を抱え起こしながら、彼が体を張って守り抜いた花を見つめた。
 ナタニアは、透き通るほどに薄い花弁を、ふと吹き抜けた微風かぜに、ふるる、と震わせた。


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サークル名:千美生の里(URL
執筆者名:野間みつね

一言アピール
架空世界物や似非歴史物が中心。架空世界の一時代を描く長編『ミディアミルド物語』が主力。こちらは、超マイナーRPGノベライズの『小説BADOMA』から、植物学者メルカナートが幻の花ナタニアを守り抜く場面を抜粋。抜粋であるが故に、誰が何者であるかの説明は不足しているが、雰囲気だけでも感じていただければ。

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