「エクリュ、ハーブティーは平気?」
 ある日の昼下がり。
 木剣を振り回した訓練後のおやつを求めて食堂兼台所ダイニングキッチンに行くと、唐突にメイヴィスにそう訊ねられて、エクリュはきょとんと碧い目をみはってしまった。
「よくわかんない」
 それが率直な答えだ。今までのエクリュの人生では、ハーブティーどころか、まともにおやつをもらう事さえかなわなかったのだから。
「……あ」
 途端にメイヴィスが、まずい事を訊いた、という苦々しい表情になった。少年は橙の瞳を細めて、「ごめん」とうつむきがちになる。
「何で謝るんだ?」
「え、いや、その、悪かった、かなって」
 エクリュが不思議そうに小首を傾げて、結わいた紫の髪が肩に触れると、メイヴィスは更におろおろ狼狽えるばかり。戦闘時には、育ての親と同じく引き締まった顔をして、容赦無く敵を切り伏せる姿は、普段の茫洋とした態度からは想像が出来ない。
「とにかく何でもいい。お前が作るものは何でも美味しい」
「アッハイ」
 そう、メイヴィスの料理はとにかく何でもエクリュの舌に合うのだ。無駄な肉の無い細身の少年の手から生み出される料理の数々は、数日間共に過ごしただけでも、その腕前に相当な信用が置ける事がわかっている。身を乗り出さんばかりの少女の言葉に、少年は何故か片言で返し、気を取り直すと、調理台に置いてあった、乾燥した花らしきものをひとつまみ取り上げ、掌の上に載せて、エクリュの鼻先に近づけた。
「庭で育てたジャスミンを乾燥させたんだよ。この香りが嫌いじゃなければ、紅茶に混ぜて淹れようかと思う」
 説明を聞きながら、エクリュはすんすんと鼻をきかせる。途端、甘すぎはしないさっぱりした香りが鼻腔に入り込み、すうっと口まで素直に抜けてゆく。嫌な感じは全くしなかった。
「多分、大丈夫」
 首肯すると、メイヴィスはほっとした様子で「良かった」と吐息を洩らす。
「この香りが苦手だって人もいるから、エクリュはどうかなって思ったんだ」
 少女の肯定を待っていたかのように、魔法の媒体・魔律晶まりつしょうの中でも、ものを温める事に特化した『加温律』に乗せていた薬缶が、ピーッとけたたましい音を立てた。お湯が沸いたのだ。
「じゃあ、すぐ淹れるから。座って待ってて」
 そうは言われたが、好奇心が勝って、「見てていいか?」とエクリュがメイヴィスの隣に並ぶと、少年は少し驚いたようにこちらを向き、「う、うん」と気持ち頬を朱く染めながら、ぎこちなくうなずいた。
 メイヴィスは薬缶を『加温律』から下ろし、透明なグラスポットに茶こしをセットして、乾燥したジャスミンと、それより少なめの紅茶の茶葉を投入する。そこに薬缶の熱湯を注ぎ、蓋をすると、茶こしの中で紅茶の葉とジャスミンの花が、待ってましたとばかりに開き始め、お湯に色が滲み、さきほど鼻先でかいだ以上の優雅な香りがあたりに漂い始めた。
 そして、そういえば、と思い出す。
「この花を、お前が育てているのか?」
『庭で育てた』と少年は言っていた。日々の料理に必要な主食用の肉や魚、多くの野菜は、『氷結律』で作った氷室に突っ込んで、日持ちするように保存するのがこの家の常だが、そういえば、洗濯物を干していた時、裏庭の片隅に小さな畑があるのを見つけて、誰が手入れをしているのだろう、と疑問に感じたものだ。どうやら、メイヴィスが管理していたらしい。
 エクリュの想像を裏付けるように、少年は微笑を見せてうなずいた。
「大体の食材は買ってきて済ませるんだけどね。育てられそうなものは試してみてる」
 失敗する事も多いけど、と彼は眉を垂れて肩をすくめる。そんなこんなの間に、茶は良く抽出され、蒸らしも充分に済んだようだ。
 メイヴィスは茶こしを流しにどかすと、グラスポットとこの家の人数分のカップをテーブルの上に置く。エクリュはその後を鴨の雛のようについてゆき、この数日で自分の指定席になった椅子に、すとんと腰を下ろした。
 グラスポットからカップに茶が注がれる。紅茶の香ばしいにおいと、ジャスミンの良い香りが、見事に混ざり合って、早く味わいたい、という欲が刺激され、エクリュはごくりと唾を飲み込んだ。
「ハーブティーにはドライフルーツを合わせて食べると、栄養にも良いから」
 テーブルの上には更に、ブルーベリー、いちじく、アプリコットなどの干した果物が載った大皿がどんと置かれる。
 もう気が急いて仕方無い。エクリュは「いただきます!」と手を合わせると、ジャスミンティーに口をつけた。適度な熱が喉を通り過ぎると同時、花のにおいをかいだ時と同じ、甘すぎない爽やかな香りが鼻に抜けて、気持ちを落ち着かせてくれる。
 それから、ドライフルーツにも手を伸ばす。アプリコットに噛みつけば、甘酸っぱさが口の中に満ち満ちて、ジャスミンティーの爽やかさと共に、口の中で美味のダンスを踊り始めた。
「美味しい」
 アプリコットをよく咀嚼して呑み込んだ後に、満足げにぷふうーと息を吐き出すと、メイヴィスは「口に合って良かったよ」とこれまた得意気に口元をゆるめて、自席につき、自らも茶を飲み始めた。
 少女と少年が、ジャスミンティーとドライフルーツの共演を堪能していると、足音が台所兼食堂に近づいてくる。生い立ちで鍛えられたエクリュの耳は、足音で判別がつけられる。これは叔父のミサクと、この家の主のユージンだ。
「おっ、今日はまた渋いのを選んできたねえ」
 魔族の医師であるユージンは、五十を越えた実年齢にそぐわぬ、二十代に見える若い顔を笑みにほころばせて、興味津々で卓につく。その隣にミサクが無言で座り、メイヴィスが茶を注いでくれるのを待つと、
「……お前」
 ぽそり、と息子に向かって言葉を洩らした。
「わかっていて敢えてこれなのか?」
 意味がわからなかったのは、エクリュだけではなかったらしい。言われたメイヴィス自身も、不思議そうに橙の瞳をしばたたく。そこに、琥珀色の瞳を細めて横から茶々を入れたのは、ユージンだった。
「ジャスミンの花言葉は『官能的』。催淫効果もあるって言われているからねえ」
 それを聞いた途端、メイヴィスが唇を変な形に歪めて、グラスポットを取り落としかけ、はっと我に返って持ち直す。だが、動揺は抑えきれなかったか、ミサクの分のカップから、ジャスミンティーが少し溢れてしまった。慌てて台布巾を取りに調理台へ向かうが、何だか歩みはよろよろで、テーブルの角に脚をぶつけるわ、『加温律』を弾き飛ばすわで、もうしっちゃかめっちゃかである。
「ここまで狼狽えるとはな」ミサクが溢れそうなジャスミンティーを平然とすすり。
「いやー青春だねえ」ユージンが椅子の背もたれに仰け反ってからからと笑う。「正直恋愛もしないまま少年時代が終わったら、どういう大人になるか心配だったよ」
 大人二人が何を言っているのか。エクリュにはわからない。
「……他人事みたいに言わないでよ」
 苦々しい表情のまま、布巾でテーブルを拭うメイヴィスはわかっているようなので、後で彼に訊いてみよう、と少女はぼんやりと考えた。
 その無邪気な質問は、少年の頭に更に混乱の花を乱舞させる事に、思い至りもせずに。


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サークル名:七月の樹懶(URL
執筆者名:たつみ暁

一言アピール
下巻発行予定の異世界ダーク風味ファンタジー『フォルティス・オディウム』より、子世代の穏やかな一幕です。おや? どこかで見たこじらせ片思い野郎の名前が……? もとい、本編は至ってシリアスですので、よろしくお願いいたします。

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