AnotherAspect ~灯花祭にて~

『お前とまたこうして会えるとは思わなかったよ』
『そうだな。そういえばラルスは元気にしてるか?』
『ああ。あいつは実家を継いでるよ。この間二人目が生まれたって話だ』
『……マジで?』
『ああ、マジで』
 首都の目抜き通りである金剛背骨通り(アダマスパインストリート)は、女王国最大の祭りを祝う人々で賑わっていました。
 灯花祭。
 それは一年のうちで一番霧の深いこの時期に、女王ハルモニアを讃え国の長き繁栄を祈る儀式を行うというものですが、手に手に様々な形の花を模した霧払いのランタンを提げた人たちが往来に並ぶ露店の品々を物色しながら談笑する、とても華やかなものです。
 その中を、地味な色のスーツで身を固めた男が二人、祭りの雰囲気とはどことなく異質のそれを纏いながら歩いていました。その片方、濃紺地にチョークストライプのスーツを着たブルネットの男が、ほう、と感心するように辺りを眺めてから、隣に居るミルクを入れた紅茶色の髪の男に声をかけます。
『それにしても、随分と賑やかだな。帝国の歓喜節とはまた違った華やかさというか』
『いや、戦時はもうちょい控えめだったよ。戦争が終わって、ようやくここまで賑やかになったと言った方がいいかもな。マニと、あとラルスと一緒に歓喜節で大喧嘩したのももう十七年近くも前になるのか』
『三人で小遣い出し合って買った焼き栗の、誰が食べるかで喧嘩になった最後のひとつが焦げ焦げの大ハズレだった』
『ああ、あれはなぁ……酷かったよな』
 お互いが顔を見合わせて、それから苦笑する。二人がどことなく異質に感じるのは、話をしている言葉が女王国のものと違っているからかもしれません。聞くひとが聞けばそれが帝国の言葉だとわかるでしょうが、祭りに浮かれた霧の中、それを咎められるようなことはありません。
そもそも、発端すら人々の記憶が曖昧になっていた女王国と帝国との長きに渡る戦争は、五年も前に終戦を迎えています。
『ところで。俺は一応これでも麻薬取締捜査官として合同捜査の為に女王国へ派遣されてる身なんだが。いいのか? お前、俺の通訳ってことらしいが一応警部なんだろう? これじゃ俺はただ祭を見に来た観光客だぞ』
『僕の部下がね「マニ・ノイマイヤー捜査官殿には捜査を円滑に進めるために是非とも女王国首都の地理に明るくなっていただく必要があります」ってもっともらしい事言って送り出してくれたんだよ。何だかんだ、僕らのこと気遣ってくれたみたい』
『なるほど……お前、女王国こっちでも元気にやってるんだな』
『おかげ様でね。飛行艇に乗せてもらえるって聞いて喜び勇んで親について行って、気がついたら女王国だったから。当時は事情がわからなくて、ホリョになった! って大泣きしたよ』
『俺らは俺らでお前が女王国に誘拐された! って大騒ぎだったんだぜ』
 だからこそ、年月を経た今こうやって故郷の旧友と再会出来た幸運な偶然と、気を利かせて二人がゆっくりと話す時間を設けてくれた部下には感謝するしかありませんでした。
  ただ、会話しながらもすれ違う人々の顔や服装などを油断なく観察してしまうのは二人の職業病とでもいいましょうか。

『ん? おい、あの赤ら顔の大男。酔ってるとしても動きがおかしくないか』
『仮にただの酔っ払いだとしても、あのままだとトラブルが起きそうだな。よし、一応声をかけてみよう』
 ふらふらと裏通りの方へ入っていった男を小走りに追いかけてみましたが、男を見かけた場所へ辿り着いた時には、普段よりも濃い霧のせいか男をすっかり見失ってしまいました。

『ちっ、こう霧が深いんじゃ仕方ないとはいえ……』
『だからこそ、よからぬ事を考える連中にとっては都合が良い時期でもあるのさ』
 そう言いながら、ミルクを入れた紅茶色の髪をした男がスーツの内ポケットから折りたたまれている地図を取り出すと、自分達が居る区画の部分を広げて指さして見せます。
『僕たちがいるのが今このあたり。次の次にある角のあたりに部下を配置してるから注意をするよう伝えにいこう』

「ああ、エドガー警部。いいところに!」
「どうしましたかミック刑事」
 通りの向こうから、人々を掻き分けるように走っていた男が、ミルクを入れた紅茶色の髪をした男。つまりエドガーを見つけて声をかけてきました。
「どうしたっていうか、ボヤ騒ぎがあったんですよ。この先の路地裏で。で、ニールと一緒に駆けつけてみたら路地の真ん中で頭半分の髪の毛焦がしながらゲラゲラ笑ってる男がいて」
「もしかして、例の麻薬ですか」
「ええ、あの様子なら間違いなく『コンコルディア』をキメてますね。ニールもそう言ってました」
『おいエドガー、彼は何て言っている? コンコルディアという言葉が聞こえたぞ』
『ああ、僕の部下が例の麻薬の服用者を確保したらしい。彼は応援を呼びに行こうとしてたとこだから、僕らも現場に向かおう。この先の路地裏だ』
『わかった』
「ミック刑事、自分とマニ……ノイマイヤー捜査官が一緒に現場に向かいます。あなたはこのまま医者と、あとパトカーを手配してください」
「あいさ!」

『コンコルディア』――それは、最近になって女王国に出回るようになってきた麻薬の名前です。
 かの宗教団体『原書教団』が密売に関与していたことで、戦時中で敵対していた女王国と帝国すらその摘発の為に陰で手を組み、一度は組織もろとも壊滅にまで追い込んだ麻薬『アコード』。それが、名前も新たに復活したというのです。それも、多幸感と依存性を増し、痛覚すら麻痺させる凶悪な効果を追加して。
 ある特定の品種の花から採れるとも、記術で合成されたものだとも、またその両方を併せたものだとも言われていますが、その正確な製造法は未だに解明されていません。
 今回、帝国の麻薬取締捜査官であるマニ・ノイマイヤーは、このコンコルディアの取り締まりについて各方面へ協力を取り付ける為に女王国へ派遣されたのでした。

 エドガーとマニが到着した時、野次馬が取り囲む真ん中に、ひょろりとした猫背の男が赤ら顔の大男を地面に取り押さえてました。
 比べてみるといかにも頼りなさそうな猫背の男が、大男の手首を軽く捻って背中を膝で押さえつけているだけのように見えるのに、大男は立ち上がることも出来ずに大声を出しながら手足をばたばたと動かすことしか出来ずにいます。
 エドガーは周囲の野次馬にここから立ち去るように促してから、猫背の男に声をかけました。
「ニール刑事、よくぞ取り押さえておいてくれました」
「お、警部じゃないですかー。せっかく旧交を温めていたところを邪魔してすんませんねぇ」
 片手をひらひらと振って駆けつけた二人に応える様子は、とても大男を押さえつけているとは思えない、のんびりとしたものです。
「皆さんの気遣いには感謝しています。ただ、俺は観光に来たんじゃないぞと職務に対して実に勤勉なマニ……ノイマイヤー捜査官に喝を入れられていたところです」
『おいエドガー、今ちょっと俺の悪口言ったろ』
『もしかすると、コンコルディア服用時に独特の反応があるのかも知れないね』
『この暴れてる男はさっき見かけたヤツだな。ただの酔っ払いとは違うように見えたからな……って、おい。言葉わかんねーと思ってしれっと誤魔化したろお前』
『さてね? ほら、帝国語はただでさえ女王国人には喧嘩腰に聞こえるんだ。落ち着いてくださいよノイマイヤー捜査官。部下が呼んでくれたパトカーがもうすぐ来ますよ』
『エドガー、お前ほんっとそういうトコ……変わらねぇな?』
「警部、何だか楽しそうっすね」
「わかりますか?」
 普段は実年齢よりも老けて見られるエドガーでしたが、彼には珍しく悪戯っぽく笑って見せた顔は、まるで少年のようでした。


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サークル名:手羽先隔離病棟(URL
執筆者名:サンレイン

一言アピール
今回、初めて個人サークル活動を始めてみました。霧が覆う世界の刑事たちが色々な事件を解決したり馬鹿やったり、ちょっとえっちな目に遭ったりします。どうぞよろしく

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