試験

 コトリ、と机上に置かれた木工細工に、銀髪の青年魔道士ソーサラーは怪訝そうな目を向けた。
 着彩はされていないが、七弁ななべんの花を模した彫り物。女性の掌に乗る程度の大きさで、着衣の胸元に着ける飾りに出来そうな雰囲気だ。花弁の僅かな凹凸おうとつまで写し取ったような細かな彫り技、丁寧に磨き抜かれた表面、巧みな木目の見せ方からすると、腕の良いドワーフ職人の手に成るものだろうか。
「サラ=ヴァジリキ、これは……?」
昨日きのう、五日の工芸市で買ってきたの。試験材料にする為に」
 サラ=ヴァジリキと呼ばれた黒髪の女性魔道士ソーサレスは、黒い瞳に不思議な微笑みの色を浮かべた。
「試験材料?」
 目を上げた青年魔道士は、その色に戸惑った。
 古代魔道王国人の末裔である彼女からは、今迄、様々な”失われた呪文”を授けられてきた。けれども、その際に彼女が瞳に浮かべていた穏やかな微笑みの色と、今自分が見ている微笑みの色は、何かが違う。
 何が違うのか考えようとした時、彼女が静かに口を開いた。
「……あなたに付与魔術を操る素質があるかどうか、それを確かめる為の」
 聞くや、青年魔道士セルリ・ファートラムは、疑念も吹き飛ぶ歓喜に心身を掴まれた。
 付与魔術!
 魔道ソーサラーマジックの学徒となって以来、心密かに渇仰かつごうしてきた、夢にまで見続けてきた魔道体系!!
 物に魔力を付与する技で現代に伝わっているのは、一時的な強化魔力を纏わせる簡易な呪文のみだ。永続的な魔力を持たせる”魔力付与”等の技は、古代魔道王国の滅亡と共に失われている。
 共に暮らすようになって半年以上――遂に彼女は、往時の”蛮族”の子孫でしかない自分セルリに、失われた”魔力付与”の技を授ける決心をしてくれたのか。
 ……興奮の余りに灰色の瞳を翠玉エメラルドの彩りに染める青年魔道士を見ながら、女性魔道士サラ=ヴァジリキは内心に呟いた。
(この先へ進めば、もう、引き返せない)
 出会った頃から、彼のいだく夢は、その言動の端々に滲み出ていた。
 古代魔道王国人にも創り得なかった、究極の魔剣を創ること――
世界リファーシア七大秘宝のいちたる”ベン・トーンの流星剣”を凌ぐ魔剣は、存在するのでしょうか』
 数日前、話の流れからそんな質問を投げ掛けられた時、彼女は、彼の中に潜むおぞましい企みを悟った。念術士サイキックでもある彼女にとって、単なる推理に基づく判断と、この種の直感で訪れる悟りとの感覚は、明確に異なる。他人の心に”精神感応”の手を伸ばさぬよう幼い頃から厳しく己を戒めてはいても、ふとした瞬間に自ずと悟られてしまうことはあるのだ。
 くだんの魔剣は、古代ダランバース魔道王国で付与魔術の天才と言われたコル・オーガンの最高傑作。その魔力の中で最も有名なのが、蛮族出身の魔法戦士マジックソルジャーベン・トーンの血で剣を鍛えることで彼の”血の力”を取り込み、その剣の使い手であれば誰でもがベンの卓越した技能を使えるようにした点である。……焼き入れに使う為に大量の血を搾り取られたベンは命を落としたものの、その名は、史上最高の魔剣の名として、古代魔道王国史ばかりか今の世にも残ることになった。それを名誉と思うような男であったかは伝わらぬが、当時の”蛮族”は良くて王国人の高級奴隷であり、王国貴族お抱えの剣闘奴隷であったベンも、コル・オーガンの申し入れに対して主人が首を縦に振ってしまえば、魔道の技の材料となるしかなかったであろう。
 もし、青年魔道士セルリの念頭にある”超えたい魔剣”が”ベン・トーンの流星剣”であるならば、間違いなく彼は、コル同様、優れた何者かの血で剣を鍛えることでその血の力を取り込もうと企図している。
(セルリは、此処ぞという時には、最善の条件だけを[#「だけを」に傍点]求める。次善の条件しか揃わないなら諦める、と言い切るほどに)
 彼にとり、魔力で古代人に劣る”蛮族”出身にも拘らず当代一流の魔法戦士と評されたベン・トーンを超える「最善の」血の持ち主とは――古代王国末期に次代の”魔道の王キング・オブ・ソーサリー“ともくされまでした”偉大なる異端の天才”サラ=ファティジンの血を引く、自分サラ=ヴァジリキではなかろうか。
(……しくは、わたしの血を引く者)
 二者を比較するなら後者の可能性が高い、と彼女は判断していた。何故なら、今のセルリにとって、彼女サラ=ヴァジリキは、何よりもまず”生きた古代の呪文書”である。念願の”魔力付与”を首尾良く習うことが出来たとしても、まだまだ彼女から学び取りたい知識が多々ある内に、命を失うことが想定される”血の提供者”にはしてしまいたくない筈だ。
(だから恐らく、わたしの血を引く者……わたしの産む子の血を使おうと、彼は考えている)
 しかし、その為には当然、彼女に宛がう異性の相手が必要である。……そしてセルリは、自分がその相手になろうという意思を持っていない。自らの子を”血の提供者”にしたくないからではなく[#「ではなく」に傍点]、自分が”最善の相手”ではないから……
(この人は、もしも自分の血を引く者が”最善の素材”になりると思えば、自らの子であろうと、魔剣を鍛えるにえに捧げてしまう人。……なのに、決してわたしと深いよしみを結ぼうとしないのは、彼の脳裡に描かれている”最善の相手”が、彼自身ではないから)
 だが彼女は、それでもいい、と思うに至っていた。
 この先、彼が何者かを彼女に宛がって子を孕ませようとするなら、それは彼の、「史上最高の魔剣をこの手で創りたい」という抑え切れぬ欲望から来る行為だ。
 であれば、彼の欲望を身にけてその子を宿すことと、何の違いがあろうか。
(……この人の抱き続けてきた切なる望みは、わたしの存在なしでは叶わない)
 ならば、叶えてやれば良い。
 サラ一族の掟に背いてでも――己の行き着く果てがわかっていても。
(この試験は、わたしからあなたへの誘惑。……あやまつことなくわたしを導ける? あなたの夢の道へ)
 内心の呟きはおくびにも出さず、サラ=ヴァジリキは、木工細工の花をセルリの前へと滑らせた。
「……まずは考えて、それから、話して。あなたなら、この花に、どんな魔力を付与してみたいかを」
「それが試験なのですか」
「ええ」
 とだけ、サラ=ヴァジリキは答えた。余計な情報は、却って、相手の自由な発想の妨げとなる。
 セルリ・ファートラムは、流石に考え込んだ。
 答如何いかんによっては、長年の夢であった付与魔術を学ぶ機会が失われるかもしれないのだ。もし、自分には付与魔術を操る素質がないと彼女に判定されてしまったら……
(……いや、悩み迷う必要などない)
 セルリは目を閉じた。
(魔道の世界では、高等魔術になればなるほど、その系統の素質が必要とされる。素質がないなら、諦めるしか道はない)
 叶う見込みが皆無になった夢にしがみつくより、他の”失われた呪文”の修得に邁進する方が百倍有益だし、もしかするとその方が、世間一般の”幸せ”には近くなるかもしれない。夢がついえてしまえば、その夢に必要不可欠な素材として未通娘のままに置かねばならぬと思い決め、臥所ふしどを共にする悦びを断固として排し続けてきた目の前の女性魔道士を、誰憚ることなくおのが伴侶に選ぶこととて可能になるだろうから。
 けれど、自分が本当に欲しいのは、そんな有り触れた”幸せ”ではない……。
 セルリは改めて目を開くと、木工細工の花を見つめた。最初に見た時、着衣の胸元に着ける飾りに出来そうだと感じた、その第一印象は尊重したい。
「……胸元に着ける飾りにして、香りを付けたいですね」
「どんな?」
「勿論花の香りですが、顔に近い位置に飾っても気にならない程度の……長時間身に着けていても疲れない香りが望ましいと感じます。見た目を変えてしまう魔力は、元の美しさを損ないそうなので避けたい」
「……他に、付与してみたい魔力はある?」
「不特定多数向けの一般的な魔法工芸品マジックアーティファクトに留めるなら、その程度です。あくまで飾りなのですから、人を驚かすような奇抜な細工をしてしまっては、元の職人に失礼でしょう。ただ……」
「ただ?」
「特定の相手に贈る魔法工芸品にするなら、話は別です。贈る目的に応じて、付与したい魔力は変わってきます。相手を喜ばせたいからなのか、害したいからなのか……」
 セルリは、木工細工の花に目を据えたまま、僅かに首を傾けた。
「……ああそうだ、いずれの目的にしても、贈る相手以外が着用出来ないようにしたいですね。確か、付与魔術には、”主付あるじづけ”という技がある筈。それを使えば、想定外の他者が手に取ったり使ったりした時に、その他者を拒絶させたり、または逆に、の魔力を発動させないようにしたり……といった調整が出来ますから、意図せぬ他者に使われる事故の確率を限りなく減らせる」
 彼の言葉を聞き終えると、サラ=ヴァジリキは、そっと笑みを深めた。
「今あなたが話した魔力を、明日あしたから実際に、この花に付与してみましょう」
 セルリが、何処かビクリとしたように目を上げる。
「……明日から?」
「ええ。今の世に残る簡易な付与の技とは違って、儀式魔法だから、少し準備が必要なの。明日までに調えるわ」
「それは……試験には合格……と?」
 恐る恐る、とも見える様子で発された問に、サラ=ヴァジリキは頷いた。
「あなたはまず、この花の素材を活かす魔力を付与しようと考えた」
 付与魔術に於いて主役となるのは、あくまで、魔力を付与される元の素材。それをわきまえず無用の魔力を付与しようと考えてしまう者は、何故か、付与魔術の修得には向かない。
「そして更に、この花の使い道によって付与すべき魔力を変えるべきだと思考を進め、付与した魔力の意図せざる悪用を防ぐ手段としての”主付け”にまで辿り着いた。そこまで考えられる魔道士なら、素質は充分過ぎるほどよ」
 告げて、彼女は、静かに微笑んだ。青年魔道士の輝くような喜びの表情と引き換えに、世間一般で言う”幸福な未来”へと繋がる最後の扉が閉ざされてゆく音を、幻聴のように聞きながら。


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サークル名:千美生の里(URL
執筆者名:野間みつね

一言アピール
架空世界物や似非歴史物が中心。架空世界の一時代を描く長編『ミディアミルド物語』が主力。本作では、820ページ単巻完結長編ファンタジー『魔剣士サラ=フィンク』本編の二十数年前を書いた。前回のアンソロ「海」に寄稿した「漂う遺跡」からは、それなりの月日が流れている。300字SSポスカ作品「誕生」とも連係。

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