名知らぬ花のその名前
「見たことのない花だ」
「新種かな」
生まれたばかりの子どもの体に、小さな花が咲いている。
それ自体は珍しい現象ではない。この国は花の神に愛されていて、人々は体に草花を生やして生まれてくる。
珍しいことは、この子どもに開いた小さな花が、何という花なのか、誰も知らないということだった。
子どものために何人かの人が集められた。けれど、誰も花の名を当てることはできなかった。
「高山に咲くものに似ている」
「真新しい花、ということか?」
「いや、女神のもたらす花が、未知ということはあるまい。我々の知の及ばないところにある花だろう」
ということで、子どもは自分の体に生えている花の名を知らずに育つことになった。
よくある花々と違うので、町の子らが己の花の種類を調べたり、由来を伝説の中から見つけたりしてはしゃぐときも、一人、ぽかんと座っていた。
「じいちゃん、何で、何の花か分からないの? 女神は忘れてしまったの?」
「まだ記録されていないだけで、女神はその花のことも愛おしんでいる。お前が見つけるのを待っておられるのかもしれないねえ」
「ふうん」
子どもは、手足が伸びて大人になりかかった頃、仕方がないので、自分でその花を探しに行くことにした。
名前を知っている川や山を越え、知らない船に乗ったり知らない海を越えて、初めて見る宮殿をも通り抜けた。
他国には、こうして体に花の生える人はいないらしい。珍しがられたが、草本を自らの庭に植えるようにして無理に飼おうとする者には、女神の呪いが降ると伝えて、多少の怪奇現象(と見えるような出来事)を起こして逃げ出した。
この花を、一輪、贈り物とした相手もいる。
一人は食卓に活けて、それから水分を抜いて、押し花にして本に挟んだ。もう一人は、花を水耕栽培して、最終的には土に根付かせた。
「いいのか、そんなことして」
これまで、このようなことをした人を見たことがない。こちらの心配をよそに、相手は笑って、
「女神は、意に沿わなければ呪うんだろう? じゃあ、今呪われてないから大丈夫」
そうして、一瞬辛そうな顔になった後、眉間を和らげた。
「もし世界中を回って、花が見つからなくても、これが最初の株になるよ。だから、帰りたくなったら思い出して。ここへ戻っておいで」
旅は長く、長く続いた。
命をすり減らすこともあれば、命をあたたかくもてなし、息を吹き返させてくれるようなこともあった。
野生の花は、まだ見つからない。
長い旅の間に、別の、ありふれた花を持つ我が子も生まれた。
子の中には、故郷へ行ったり、この花を探しに行く者もいる。
「もしも花が見つからなかったら?」
行く先々で、事情を知った人が聞く。けれど、その答えは初めから知っている。見つけても見つけなくても、自分は旅を続けるだろう。
きっと何かに出会うために。
それに。自分がいなくなっても、この花が、友人の残した地植えの花として咲いている。
花が見つからないことを悲しんでくれた誰かのために、その花はきっと今日も咲くだろう。
その花の名前は、きっと――。
サークル名:hs*創作おうこく。(URL)
執筆者名:せらひかり一言アピール
少し不思議。アンソロ用は、前回のテキレボ新刊「花触れの国」と同じ世界観。