「シロ、早く!」
(僕はそんな早く動けないんだってば、瑠璃!)
 ぱたぱたと駆けて行く小さな後ろ姿を、ぜぇはぁと呼吸を乱しながら必死に追う。
 なんだって小さな子供はこんなにもアクティブに行動するんだ。追いかける方の身にもなって欲しい。
 狭い路地をするするとすり抜けていく後ろを、あちこちぶつけながら追いかける。絶対痣になってるよこれ。そんなことを考えながら走り抜けたら突然、視界が大きく開けて思わず立ち止まる。
 目に飛び込んでくる様々な色の奔流。噎せ返るような花々の香り。
 立ち止まってしまった僕を尻目に、瑠璃はそのまま花畑に向かって駆けて行く。
(ひ、人様の花畑に勝手に入るのは流石にマズい……!)
 止めようとして慌てて近づいてよく見ると、花畑の間を縫うようにして、古びてはいるものの木の板で整備された道が作られていて、彼女はその上を器用に渡っているのが分かった。
(花畑の中に道がある……ということは、入ってもいいってことか……?)
 訝しげに思いつつ近寄ったところで、「お客さんですか」という声に振り返る。そこにいたのは、柔和に微笑む男だった。
 ポケットからメモ帳とペンを引っ張り出して、『ここはなんですか?』と汚い字で書いて相手に見せると、彼は一瞬不思議そうな顔をして、それから僕の顔をもう一度見て「なるほど」というような表情を浮かべた。
「ここは花屋ですよ、可愛らしいお嬢さんにシルクハット頭さん」
 手招きされるのに誘われるように瑠璃がこちらに戻ってくるのを横目で見つつ、『花屋、ですか?』と書いて見せる。正直なところ、あんな狭い路地を抜けた先にこんな美しい花畑を持つ花屋があるなんて、町の人たちが知ってるようにも思えないんだけど。
 そんな失礼なことを考えながら書いた僕の字に何を思ったか、彼は苦笑を浮かべた。
「確かにお客さんは来たことがないけどね。それでも、今ここは花屋だよ」
 良ければお茶でも飲んでいかないかい?
 そうやって穏やかに微笑む花屋の言葉に、僕と瑠璃は一瞬顔を見合わせて、頷く。
「ぜひ、お邪魔させて欲しいわ」
 笑う瑠璃に合わせて僕もこくこくと首を縦に振る。
 何一つ、急ぐような旅ではないのだ。

***

 瑠璃の目の前に置かれたお茶は、目の覚めるような青色をしていて、思わず我が目を疑う。
(こんなお茶あるのか……?)
「我々がよく飲んでいたお茶でね。この少し酸味のある花の蜜を垂らすと色が変わって面白いんだ」
「へぇ、世界には変わった物があるのね!」
 あ、と止める間もなく、瑠璃は躊躇いなく一口飲んで、「……蜜を入れてないと、私にはちょっと甘みが足りないかも」なんてぶつくさ言いながら花の蜜を引き寄せていた。
(る、瑠璃……!!)
 心臓に悪いから本当に止めて欲しい。向かいに座る花屋も、彼女がここまで躊躇いなく飲むとは思わなかったのだろう、少々目を丸くしていた。
「……確かに、私は君たちに危害を加えるつもりなんて毛頭ないけども、その、ちょっと、警戒心が足りなくないかい? 彼女」
『これでもいつも言ってはいるんですよ!』
 僕が書き散らかした文字に目を走らせると、花屋は苦労してるんだなぁ、とでも言いたげな目線を僕に送ってくる。やめろ、そんな同情的な目で僕を見るな。
「花屋さんも、シロも、私がそんなに愚かに見えるのかしら? 心外だわ」
 むすっとした顔で瑠璃が僕を覗き込む。
「お茶に細工をするような下等な人間が、あんな愛おしそうな表情で『我々がよく飲んでいた』なんて、言えるわけないじゃない。思い出に砂をかけても平気な人間はね、もっと醜い顔つきだし生ゴミのような気配を放つものよ」
『君、いっつもそう言うけど、もっとこーみょーに隠してるような奴がいるかもしれないだろ』
「あら、私が今までにこの判定を外したことあったかしら?」
『……ないけどさぁ!』
 静かに喚き合っていると、向かい側から堪えきれないというような笑い声が漏れ聞こえてきて、そちらに顔を向けたら、花屋は少しばつが悪そうに咳払いをした。
「君たちは仲が良いんだね。兄妹なのかな」
「さぁ……どうだったのかしら」
 花の蜜をたっぷりと入れたお茶を楽しそうに飲みながら、瑠璃は首を傾げる。
『僕もその辺りの記憶はばっさりないから、なんとも』
「そういうものなのか」
 花屋は興味深そうに頷くと、手元のお茶をかき混ぜた。青かったお茶が、さぁっと紅く変化する。
「……私にはね、兄妹のように育った仲間がいたんだ」
 お茶を飲むでもなく、色の変化したその水面をただ見つめながら、花屋はぽつりと言葉を零す。
「そもそも本当は、花屋ではない。そこらにある植物から生活に役立つようなモノが作れないか。そんなことを考える研究者だったんだ」
 まぁそうだろうな、と素直に思う。
 商売をするつもりなら、こんな人の来ない地域に店を構えるような、愚かなことはしないだろう。多かれ少なかれ、多少の後ろ暗さを孕んだモノだったのではないか?
 再び瑠璃の方を見て……特に変化がなさそうなことを確認する。
「色んなモノを作ったよ。それはもう、思いつく限りね。けれど結局……我々は不要であると、破棄されたんだ」
 多分、色んな記憶を反芻して全部飲み込んだ、そんな苦い顔をして花屋は笑った。
「不要だ、なんて言ったくせに研究結果は全部持って行かれた。残されたのはこの広い花畑と、我々が暮らしていた住居と、我々だけだった。仕方がないから花屋として我々は生きてきて……最後に残されたのは、私だけだった」
 テーブルの上に置かれた花瓶を引っ張り寄せると、飾られた青い花を乱雑に抜き取って、僕らの前にばさりと置いた。
 少しずつ色味が違うけれど、いずれも美しい青色をした五輪の花。
 そっと触れてみると生花のように瑞々しいが、本物の花のようには香らない。花弁はしっとりとして柔らかいくせに、どれほど引っ張ってもその花弁が外れることがない。
「最後の悪あがきとして作ったのが、この花だ。萎れず、腐らず、永遠に瑞々しい造花。流石に材料が足りなくて、これだけしか出来なかったけどね」
 瑠璃が興味深そうにつつき回しているのを止めさせて、花屋の方を見る。
 先ほどまでの苦々しい顔はそこにはなく、ただ憑きものが落ちたかのように穏やかだ。
「結果があるのに誰の目にも触れずただ朽ちていくのは、研究者としての死だと、私は思う。君たちは、旅の途中なのだろう? なら、これを持って行ってくれないか。せめて世界に、我々の結果を、見せてやってくれないか」
『……いいんですか、大切な物では?』
「大切、では、あったんだけどね」
 花屋は、穏やかなままこちらを見ない。
「結局私は、兄妹たちの願いに、間に合わなかったから。手向けたところで見てもらえないなら意味がない」
 一番深い青色をした花を手に取ると、花屋は実に器用に、結われた瑠璃の髪に花を飾る。
「持って行ってくれ。我々を、朽ち果てさせないでくれ」
『……分かりました。ありがたく、いただいていきます』
「ありがとう、花屋さん」
 朗らかに笑う瑠璃の背中を押して、僕らは店を出る。
「来てくれて、本当にありがとう」
「こちらこそ、素敵なお花とお花畑をありがとう!」
 瑠璃が大きく手を振って、花屋は穏やかな顔で手を振り返す。その様子を少しだけ見守って、僕は通り抜けてきた路地へと瑠璃を促す。少しだけ首をひねって後方を見れば、荒れ果てた花畑と無人になって久しいのであろう廃墟と化した建物が、淋しそうに立ち尽くしている。
 噎せ返るような花々の香りが薄れきってしまう頃、瑠璃がぽつりと呟いた。
「いっぱい見せびらかしましょうね、この花」
 そうだね、という気持ちを込めて、繋いだ手にほんの少しだけ力を入れる。
 二度と見ることは叶わないであろうあの見事な花畑を思ったら、瑠璃の髪を飾る青い花が一層美しく鮮やかに輝いたような気がした。


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サークル名:空涙製作所(URL
執筆者名:行木しずく

一言アピール
だいたい薄暗くて淋しくて短いSF(すこしふしぎ)話ばっかり書いています。

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