花舞う街で待っています

 異国の道というものはよく分からなかった。
 少し細い道を入り込んでいっただけで、すぐに迷子になってしまう。
 そしてそれをどうにかしようと藻掻きながら歩いていき、さらに深みにはまってしまう。
 こうして迷子は完成してしまった。

 気が付けば入り組んだ裏路地のようなところへ立っていた。ここが一体どこだかは全く分からない。
 ただ立っていても仕方がない、と、とりあえず前へと進んでいく。
 煉瓦でできた住宅のような建物が並んでいる。皆働きに出ているのか、やけに閑散としたところだ。
 どのドアの前にも、花が瓶に入って置かれている。
 この街では数年前、戦争と呼ぶには非常に小さい争いが起きたと聞いている。
 物理的な破損が生じた訳ではないが、一歩外に出ると命が脅かされるかもしれないという不安が広がっていたようだ。
 その不安を解消するために、誰かが花を毎日のように降らせていた。
 不思議なこともあるもので、最初は不気味に思う人々が多かったようだが、徐々にその花に癒やされる人が増えていった。
 そしていつしか、この国では花が溢れ返るようにあちこちにあり、ドアの前に飾ることが当たり前のようになっていったようだ。
 おとぎ話のような不思議な話ではあるが、なんだか素敵な話だと初めて聞いたときは思った。
 そうして自分の目で確かめてみると、話に聞いていたよりもいい場所である。迷子であるが。
 そんなことを考えながら歩いていると、一人の少女がドアの前で座っている。何をするでもなく、頬杖を付きながらただ座っている。
「あの……」
 思わず声を掛けていた。彼女はすぐに気付いたようで、こちらを振り向くとニコリと笑っていた。
 立ち上がってワンピースのスカートを整えてから、こちらへと駆け寄ってきた。
「こんにちは。旅の方ですね」
「あ、あぁ、まぁ……」
 警戒心の一切ない、ごく普通の少女であった。笑顔を崩さないまま、じっとこちらを見ている。
「何をしていたの?」
「何をしていたと思いますか?」
 変わらない笑顔のままそう尋ねてきた。一瞬しか見ていないその問いに、一体どう返せばいいのだろうか。
 しばらく真剣に考えていると、ずっと見ていたようだ。申し訳ない気分になってきた。
「て、天気もいいから日向ぼっこ、かな……」
「あー、それもありますねー」
 違うの、と内心問い返していたが、喉元まで出かかったところで止まった。それでも、顔には少し現れていたかもしれない。
 だが、彼女はそれを気にした様子は一切なく、ただ少し溜めて話そうとしないでいた。
「私の目的、これだけじゃないんです」
 そう言うと、腕を引っ張ってきて今まで彼女が座っていたところへと座らされた。
「上、見ていてください。ちょっと待っててくださいね」
 言われた通りに空を見上げると、そこには青い空が広がっていた。美しい空がそこにある。
 彼女の言葉にはそれ以外の何かがありそうだった。
 そうしてじっと見ていると、突然空に花が舞い始めた。色とりどりの様々な花が、優雅に空を舞っている。
 それはまるで、愉快なダンスを踊っているような、とても幸せな気分になるものであった。
 言葉は一切いらない。ただ目に焼き付けておきたいような光景であった。
「私、人を待っているんです。とってもとっても大切な人を。ここから空を見上げれば、同じものを見ている気がするんです」
 彼女はふと口を開いた。
 その言葉に、思わず彼女のことを見てしまった。
 笑顔は一切崩れていないが、恋をしているような切なさが薄っすらと見えた。
「……その人は、いつ帰ってくるの?」
「分かりません。夜かもしれないし、明日かもしれないし、一月後、一年後、十年後……でも、遠くで一生懸命頑張っているんです。だから、ここでずっと待つことに決めたんです。花を飾って待つって」
 真剣に話している彼女の熱意は本物である。思わず関心してしまった。
 それと同時に、かつて誰かが言った言葉を思い出した。
 ただ待っているだけなんて辛い。
 彼女を見ていると、それは違うという思いが強くなっていた。
 彼女は帰ってくる場所をしっかりと整え、とても楽しそうに待っている。
「そっか。それは大事な目的だったね。じゃ、そろそろ待ってる人のために帰るとするよ。広い道に出たいんだけど、どうやって行けばいいかな?」
「左に進んでいくと赤い花がたくさんあるお家があります。そこを左に曲がると出られますよ。あ、よかったらそれと同じ花を持っていってください」
 彼女は立ち上がり、ドアの前に置いてある瓶から赤い花を一本取り出した。
 それをこちらへと差し出してくれた。
「ありがとう。素敵な花だね」
 お礼を述べながら立ち上がり、その花を受け取る。
「あ、剥き出しのままですみません……」
「いいよいいよ。じっくり見たいからこのままで十分だよ」
「そうですか……」
「道を教えてくれてありがとう。きっとすぐに、君に幸せなことが訪れるよ」
 そう一言だけ残して去っていった。

 言われた通りに進んでいくと、手渡された花と同じものがたくさんあるところへと辿り着いた。
 確か、次は左だったかな。
 そうしてようやく広い道へと戻っていった。
 そこには、先ほどよりも数多くの花が舞っており、人々がその光景に癒やされているようであった。


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サークル名:シュガーアイス(URL
執筆者名:まつのこ

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