本日の質入れ品、枯れ木に咲く花

 どこかの街角にひっそりと存在する質屋がある。
 臙脂色の扉に営業中と書かれた看板が下がっているのなら、その扉は誰にでも開かれる。一歩、店内に足を踏み入れれば、時計が静かに時を刻む音が聞こえることだろう。橙色の優しく、穏やかな光源の中に、店主はいる。黒いカウンターの向こうには、棚に収められた物が佇んでいる。たくさんの物に囲まれている店主は、にこりと笑って客を出迎える。
「さて、今日は何をお持ちで?」

 店主の決まり文句に応う声は小さかった。おや、と思い店主が少し腰を上げると、目をまん丸くした少女がいた。身なりは年相応で、少し汚れがある程度。それも、近くの広場で遊んできたのだと言われれば納得できるようなものだ。少女は恐る恐るカウンターに近づくと、手にしていた物を店主に差し出した。
「これを、預かって欲しいの」
 手を伸ばした店主が受け取ったのはそれなりの重量がある紙袋。カウンターに袋を置いて、一度奥へ戻る。店主用の休憩室を兼ねている給湯室から持ってきたのは、背が高めの椅子だ。それをカウンターの外へ持って行き、少女に席を薦める。おずおずと席に座るのを見て、再びカウンターの中へ。
「拝見します」
 カウンターの下から取り出した白手袋をはめて、紙袋の中身を検める。中に入っていたのは両手に乗る大きさのスノードーム。中央にあるのは枯れた木の枝のみ。他に鮮やかな装飾は見当たらない。底に溜まっているのは雪ではなく花弁。薄桃色の楕円形の先が欠けている形に、店主は覚えがある。
 これは、桜の花弁だ。春の代名詞として使われることが多い。また、新しいことを始める際の象徴として用いられる。どこかではこの花を国花としているところもあるらしい。
「桜のドームとは珍しいですね」
「それ、桜だけじゃないの」
「と、言うと?」
 貸して、と少女が言うのでスノードームを渡す。慣れた手つきで少女はドームを引っ繰り返し、花弁が全て底から離れたことを確認し、元に戻す。すると、先ほどまで薄桃色だった花弁が形を変えた。楕円はただの円になり、花弁の色はじわじわと滲むように緋色に変わる。中央の枝に花弁が乗り、あっという間に梅の木ができあがった。その周りを、ふわふわと梅の花が踊っている。
「花束のドームってお母さんは言ってたの」
「なるほど。では早速鑑定を……」
「お金は、いらないの」
 少女の言葉に、店主の手がぴたりと止まる。
 ここは、ものに値をつけ、金を貸す質屋だ。訪れる者は金を求めて扉を開くのが大前提だ。にも関わらず、それを要らないと言う。
「ここがどこだか、わかっていますか?」
「物を預けておけるところ」
「半分正解。正しくは、ものを預ける代わりにお金を借りる場所です。お金は要らないのですか?」
 店主の問いに、少女は迷いなく頷いた。どうやら、親から頼まれて質入れ品を持ってきたわけではないようだ。品物を預かるということは、それだけ店のスペースを占領するということ。金にならないことはやりたくはない。しばし思考した店主は、ひとまず品物を見てみようと、再び花束のドームを手に取った。
 半球型の硝子の表面には細かな傷が付いているが、遠目から見たら目立たない。木製の土台は落ち着いた色合いだ。元はもう少し明るい色をしていたのだろうが、時間の経過と共に表面の漆加工と馴染み仄かな光沢をも感じさせる。間違いなく、品物としては高値が付く。だが、ここでは品物自体の価値には重きが置かれない。
 重要なのは、品物に込められた思い。
 あらゆる角度から品物を検分した店主は、契約書にさらさらとペンを走らせて少女に見せる。大人向けの契約書であるため、一つずつ口頭での説明を添える。
「お金は要らないといいますが、あって損はありません。ここは質屋なので、お金は渡します」
「でも、お金があったらだめなの」
 少女はしゅん、と俯いた。その瞳はゆらゆらと揺れており、今にも泣き出しそうな色をしている。店主はかりかりと後頭部をペンの頭でかいて、カウンターの下から小切手を取り出し、そこに数字を書き並べた。
「では小切手にしておきましょう。これなら、隠しておけるでしょう。使わなければこれと一緒に利息金を持ってきてください」
「……うん」
「それでよければ、ここに自分の名前を書いてください」
 少女には少し持ちにくいかもしれないペンを渡す。そのペン先はふらふらと空中を彷徨ってから、紙をなぞる。崩れた字だが読めないこともない。
「ねぇ、いつまで預かってくれるの?」
「貴女がいらない、と言うまで。あるいは、貴女が死ぬまで」
「わかった。でも、必ず取りに来るから」
 幼い少女には不釣り合いの覚悟。澄んだ瞳に強い意志の力を感じ、店主はゆるりと口角を上げた。契約書を所定の場所にしまい、小切手を差し出す。大事そうに手に取った少女は、ぴょんと椅子から下りると深く一礼すると足早に店を後にした。残された花束のドームを、店主は背後にある棚の中へとしまう。
 床から天井まである木製の棚には、びっしりと硝子ケースが置かれている。これは、品物を保存する最適な環境を作り出す質屋御用達の物で、湿度や温度を一定に保つことができるのだ。さらには常夏や深海も作り出すことが出来る。おかげで、無機物はもちろん、生き物も保存できてしまう。幅広いものを扱う質屋に取っては欠かせない商売道具だ。
 モノトーンの空間に、花が添えられた。

   ◇

 お母さんはいつもお花を持っていた。赤、白、青、色んな色の花だ。ふんふんと楽しげな鼻歌を歌っている。この時のお母さんは楽しそうな顔をしていた。でも、茎を切り揃えて花束や大きな台に花を飾るときは難しそうな顔をしていた。でも、嫌そうとか苦しそうとかではなくて、真剣なんだなというのがよくわかった。お仕事が終わると、肩の力を抜いて、ほっとした顔になる。嬉しそうな顔だ。上手に出来た時は、胸を張って頑張った所を教えてくれる。わからないことばかりだったけれど、それでもお母さんが楽しそうだから、つられて楽しくなる。
 そんな、お母さんが好きだったのに。どうして、私を置いていったの。お母さん。

   ◇

 ころり、と梅染色の飴玉がカウンターを転がる。落ちる前に摘まみ上げ、涙滴型の瓶に入れる。瓶には既に半分ほどが飴で埋まっており、色鮮やかな模様を描いている。
 この飴は、メモリードロップ。これを口にした者はその思い出を追体験することができる、という代物だ。飴を形作ることができるのは、物に根強く残った思い出だけ。一つの物に残った思い出が多ければ多いほど、たくさんの飴玉を作ることができる。思い出が鮮やかであればあるほど、飴の色が鮮やかになり、価値が上がる。思い出が希薄であれば、飴の色は暗鈍となり、価値は下がる。たとえ、その品物がどれほど高価な物であったとしても、どれほど状態がよかったとしても、だ。メモリードロップは質がよければ高値で卸せるため、品物の価値が低くとも構わない。質入れした品物を持ち主が取りに来なくとも損はしないようにしているのだ。
「子どもの思いは、純度が高くていいね」
「純真無垢、が子どもの特権だもの」
 店主の独り言に反応したのは、この店の看板黒猫。気まぐれでカウンターに上って愛想を振りまいたり、客を店まで連れてくることもあれば、一日中店を空けることもある。それでも、なんだかんだと店主に付き合ってくれる心優しき仕事仲間だ。
「金を貸さないって選択肢もあったのに、よくお金を貸したわね」
 相手は少女だ。金は要らないとはっきり言っているのだから、はいはいと品物だけ受け取っておけば貸した金は使わずに済んだ。その分、儲けに回すこともできたのに、と黒猫は目を細める。物言いたげな視線に店主は涼しい顔。
「それが、質屋として私が通す筋なの。ここは譲れない」
「あらそう。ま、店の主がそれでいいと言うなら、いいんじゃない」
 くわり、と欠伸をして黒猫はくるりとカウンターの隅に丸まった。少し遅れて、壁の時計がぼーんと鳴る。確かに、そろそろ昼寝の時間だ。だが、店主は眠るわけにはいかない。眠気覚ましの珈琲を入れようと席を立つ。
 通り道に少女が預けた花束のドームがある。山茶花が咲いていた。


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サークル名:宵闇の月を見たか?(URL
執筆者名:暁 湊

一言アピール
オリジナルはほのぼのファンタジー(古書店の話、質屋の話、運び屋の話)を、二次創作では刀剣乱舞を中心に活動しています。何か作品を書くと高確率で食べ物と動物が紛れ込んできます。今回は質屋の話から、花と少女のお話を。果たして少女は思い出の品を取りに来ることが出来るのか。続きは本で……!

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