気が付いたときには知らない場所に立っていた。
 何十年も……下手をすると何百年もそのままだったのかもと思うような、暗く埃とかびの臭いがする廃墟で。
 人間にしてはだいぶ変わった姿をした二人が、驚いた顔で私を見つめていた。
 運命の人に出会ってしまったんだと、私は確かに思ったのだった。

「ひぇぇぇえええええーーーー!?」
 つい情けない悲鳴をあげてしまって、まずい、と思った時にはすでに遅かった。
 人間のミイラのような頭と手足をたくさん備えた魔物が、干せた長い腕を振り上げる。太陽を覆い隠して、何もかも奪ってやると告げるように。
 私は杖をしっかりと握って、目一杯の魔力を注ぎながら呪文を唱える。けれども魔物の動きのほうが明らかに早い。背筋にぞわぞわと寒気が走った――その瞬間のことだった。
「呆けるな、避けろ!」
 低く男らしい怒声とともに、私の体に影が落ちる。私と魔物との間に割り入ったその人は、片手剣を大きく振るって、魔物の腕をすっぱりと切り落とした。
 噴き出した血を浴びたのは肩と胸、そして頭の乗っていない、途中ですっぱりと途切れてしまった首。
 反撃を喰らって斬り落とされてしまったわけじゃない。彼はいつも自分の頭を左手で持っているのだ。普段は抱えて、戦いの際には髪を鷲掴みにして。
 彼が一歩踏み込んで剣を横薙ぎにすると、さらにもう一本の腕が飛んだ。二本の腕を奪われたことで、魔物は彼を――剣士のポラルを標的にしたようだった。
「撃てるか!?」
「う、うんっ!」
 後ずさって距離を取り、もう一度呪文を唱え直すことにした。期待に応えなくちゃと思うと、手がふるふると震えてしまう。
 そんな私の隣に駆け付ける、もう一人の仲間がいた。
「だいじょうぶ、落ち着いて。照準は僕がやる」
 ゆったりとしたローブに身を包んだ彼――魔術士のアウロラは、だぶだぶの袖の下から長い触手をにゅるんと出して、複雑に枝分かれしたその先端で宙に図を描いていった。
 あっという間に、光の軌跡による魔法陣ができあがる。それは攻撃を確かに当てるための的だ。
 頼もしい助けを得て、私は引き続き神経を研ぎ澄ませ叫んだ。
竜の頭撃グラスゴキッス・ドラゴッ!!」
 迸った力が魔法陣をくぐり、びよんと跳ねて魔物へと向かう。私の声を聞いたポラルが飛び退いたあと、負傷した魔物のみが居座る空間に、力が襲い掛かった。
 魔物の体が歪む。目に見えない車に撥ねられたみたいな動きで吹っ飛んで、地面にみしみしとひびが入って、そして――
「あっ……」
 どどどどどっ!! と耳が痛くなるほど大きな音が響き渡る。敵を確かに仕留めた一撃は、勢い余って地面まで割り砕いて、辺りの植物や瓦礫をすべてを呑み込んでしまった。
 静けさが戻ったころには、家がひとつ入りそうなぐらいの大穴だけが残されていた。
「やっちゃった……」
「うん、魔力量の制御はまだまだ頑張らないとだね」
 触手を縮めたアウロラが、ローブを汚す砂埃を掃いながらほほ笑んだ。
 人のよさそうなこの顔を見ていると、ほっと心が落ち着く……けれど、そうだねの一言で済ませたくはなかった。攻撃魔法の規模を操れないと、味方を巻き込むリスクがぐんと上がってしまう。
「それも要るけどまずは反応だな。避けるまでがまだ遅い、次の探索までに鍛え直しだ」
「うう、ガンバリマス……」
 ポラルは険しい顔をした頭を抱え直して、腕の動きで私の頭からつま先までを見る。
「ツバキ」
 そして怪我がないことを確認すると名を呼んで、私の頭をわしゃわしゃと撫でてくれた。少しひんやりとした体温が心地いい。
「そう遠くないうちに必ず身につく。前向いて胸張って覚えろ」
 ぶっきらぼうな物言いではあるけど、いつもこうやって、何かあるたびに励ましてくれる。
「そうそう、一歩ずつ頑張ろうねー」
「うんっ!」
 私は単純だから、二人に背中を押されると、どこまでも行けてしまう心地になる。私を拾ってくれたのがこの二人で本当によかったなって思うんだ。
 遺跡に眠っていたという古代の装置から飛び出してきた私は、ちょっと(どころではないけど)変わった姿だけどかっこいい男子(二十台後半も男子でいいよね?)に鍛えられて、冒険者修行をしている真っ最中なのだ。

 私たちが探索している遺跡群は、遥か昔にこの世界の人間が建てたものらしい。
 彼らの生活の場が天変地異でぎゅっと圧縮されて、空間がごちゃごちゃに歪み、絶えず変化する無限の魔窟になってしまった……という説が有力だって聞いた。
 建物は鉄筋とコンクリート、あと強化樹脂でできたものが多くて、当時の技術力の高さが窺える。
 でも元の住人である人間たちはすでに滅んでいて、世界はたくさんの違う種族のものになっていた。
狼みたいな顔とふっさふさの毛皮を持っていたり、体のあちこちから葉っぱが生えて花が咲いていたり、巨人のようだったり妖精みたいだったり……とにかくゲームの中に出てくるような、人っぽいけど人じゃない人たちで溢れていた。
 ポラルは頭が取れているデュラハン族、アウロラは両腕の代わりに複数の触手を持っているセンジュ族。
 出会った時は心臓が止まりそうなぐらいびっくりしたけど、見慣れるのは早かった。

「見てー! こっち通れそうぇっほげっほ」
「ちゃんと口しまえ、布渡しといたろほら」
 言われて思い出し、ストールを顔に巻き付ける。うっかり地面を割ったことで見つけた地下空間は、かび臭くて空気が淀んでいた。
 でも、まだ誰にも攻略されていない場所かもしれないと思うと、気持ちが昂る。旧時代のお宝や遺産を探し当てるのが私たちの仕事なんだから。
 出口のない遺跡群から帰るために必要な、帰還の術が詰まった魔筒はけっこうお高い。魔筒を含む冒険の経費を回収して、なおかつ生活を豊かにするためにも、しっかりお宝を探り当てて帰らなくちゃ。
 アウロラが魔法で作ってくれた、ふわふわと浮く光の球を引きつれて遺跡を漁る。元は商店街か何かだったらしいそこは、棚や商品だったものの残骸で溢れていた。
 そんな中、ある一角がぼんやりと光ったように見えた。
「ねえ、こっちに魔力反応があるよ!」
 お? 本当? と二人も寄ってくる。戸棚の残骸らしきものに灯りを近づけると、いくつもの小さな光が生まれて辺りを照らし出した。
「魔石だな。……多いぞ」
「これは大量だねえ、いい感じ」
 私たちは顔を見合わせてにんまりとほほ笑んだ。様々な道具の材料となる魔石は、魔宝石ほどではないけれど高く売れる。これだけあれば、しばらく悠々と暮らせるかもしれない!
 ポラルは見張りに立って、アウロラはいくつもの触手で手早く魔石を掘り出してゆく。私も布の袋に魔石を次々と放り込んだ。
 けれど、そこに思わぬ邪魔が入った。ポラルが「何か来る」と言ったかと思うと、大きな魔物がずんずんと遺跡を揺るがして走ってきたのだった。
 私たちは袋の口を縛って応戦体勢に入る。けれど、
「――撤退だ!!」
 ポラルがそう叫んだので、慌ててアウロラにしがみ付いた。彼はポケットから帰還の魔筒を取り出しつつ、同時に触手を伸ばしてポラルの腕を掴んだ。
 デュラハン族は死の匂いに敏い。私たちの死の予兆を感じ取ったんだろう。突進してくる大骸豚と戦えば命を落とす――なら、逃げ帰るのが一番だ。
 アウロラが掲げた魔筒が弾ける。花火のような光を放つと同時に、体がふわりと浮いた。

「じゃ、冒険の無事を祝って」
「乾杯ッ」
「かんぱーい!」
 ぶつかったジョッキの中でお酒とお茶が揺れる。酒場は活気に満ちていて、楽しくてお酒なしでも酔えてしまいそうだ。
 抱えた頭でぐいぐいとお酒を飲み干していくポラルの姿はいつ見ても不思議。どうやって体に流し込んでいるんだろう?
「魔石、ぜんぶ持って帰れれば大儲けだったのになー」
「仕方ないよ、命には代えられないからね」
 アウロラが焼き魚の骨を取りながらお酒を呷る。枝分かれした触手、便利そう。
「ぷっはぁ! 同じのもう一杯頼む!」
 二人とも顔はかっこいいのに、打ち上げのときの仕草はおじさんみたいだ。でもそんな様子が、姿は違えど似た生き物なんだって思わせてくれて、ほっとする。
 喉を鳴らす様子の色っぽさは人間と変わらない。
「ふゎ……」
 疲れがいっぺんに出たのか、急に力が入らなくなってしまった。
 ふらついた私の体を、ポラルが逞しい腕で支えてくれる。武骨で頼もしい、彼のにおいがぐっと近づく。頭の奥がチカチカする。
「なんかね、ぼーっとする……」
「上、行くか」
 お酒で少し顔を赤くした二人に連れられて、私はテーブルを後にした。

 俺たちがこの頃居座っている宿では部屋を二つ取っていた。
 狭い二人部屋と、その隣の同じく狭苦しい一人部屋。
 一人部屋にツバキを連れ、細っこい体をベッドに乗せる。そしてアウロラに目配せをして、ちょっとした術をかけてもらい――眠らせて靴を脱がせ、布団をかけて、さっさとその場を後にした。
 ドアを閉めて鍵をかけ、手と触手をぱしんと打ち鳴らす。あとは一階の酒場に戻ってまた酒を飲むだけだ。
「いつまで続くんだろな、これ」
「長丁場だねえ」
 頭をテーブルに乗せる横着をしつつ、溜息を酒で喉に流し込んだ。アウロラは次の酒を頼んでいる。
「でも手ごたえはあるよね」
「まあな。ある程度自分で考えて動いてくれるようになった……とは思うんだが」
 ツバキはイセカイとやらから来て、遺跡で俺たちに拾われた……と本人は信じている。他の奴らにはただの新入りとして通していた。人に見せられない場所に眼が付いたサードアイ族だということにして。
 あの日、ツバキを吐き出した装置を持ち帰って知の塔に回したところ、とんでもない代物だったことがわかった。
 人造の人間を作り出す装置、なんだそうだ。兵士を作り出すためのものは幾つか見つかっていて、どれも封印令を受けたそうだが、愛玩用の人間を作り出すためのものは初めて見つかったんだと。
 ツバキのことを伏せておいて本当によかったと思う。装置が生み出した存在だとわかれば、研究対象としてどんな扱いを受けるかわかったもんじゃない。
「今思い出しても訳がわからないよね。都合のいい魂を作る……なんて、許されると思う?」
「許されねえから滅んだんだろ」
 そうだね、と相棒は笑う。こいつが一緒に王都を離れてくれて本当に助かった。
 ツバキは俺らを主人として認識しているらしく、俺らが言ったことは何でも信じてしまう。故郷を恋しがらないのも、唐突に俺らを誘惑してくることがあるのも、そう作られているからだろう。『知りたい盛りの無垢な幼な妻!』……装置に刻まれていたらしい謳い文句を思い出すと反吐が出る。
「……とにかく、お前にもまだまだ付き合って貰うからな」
「もちろんだよ、乗りかかった船だしねえ」
 あいつが真実を知る日はきっと来る。造られた存在であること、故郷が遥か昔に滅んでいること……それらを受け入れられるんだろうか。
 そのとき、ツバキには自分の足で立って貰わなければならない。それがあいつを拾った俺たちの責務であり、切実な願いだ。俺らの言葉が絶対だというのなら、お前の主はお前だ、ひとりで何だってできる……と言い続けてやる。
「じゃ、今日もお疲れ様ってことで改めて、かんぱーい」
「おうーっす」
 ツバキ、とは花の名前だそうだ。花は生殖器であって、それだけがあっても生きてはいけない。あいつは無慈悲に放り出された花だった。
 茎が足りないなら接げばいい。根がないなら生やせばいい。
 俺たちは必ず、この花をこの地に接いでみせる。


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サークル名:むしむしプラネット(URL
執筆者名:柏木むし子

一言アピール
当プラネットではいつでも首もげ男子と触手男子と少女と滅びがアツい!
そんなノリの異文化遭遇系ファンタジー&ライトノベルサークルです。コアなR18もある。最近は明るい猟奇バトルBLが一押し。
人外キャラをわっしょいするMAP企画・人外あつめもよろしくね。

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