~~じゃない

 まず、嫌でも目に飛び込んでくる鮮やかな緑色。朝露を飲み込み透明感をまとったような緑が見渡す限り広がっている。
 しかし緑一色かと思えば、そうでもない。
 見れば緑色の中にポツンポツンと白い色も見えていた。丸く毬のような白詰草が中継地点みたいにポツンポツンと生えている。よくよく見ればその球自体が一つの花ではなく、小さな白い蝶……蝶型の花が集まってひとかたまりになっているのがわかるだろう。白詰草の花だ。
 そう、ここは白詰草の花畑であった。
 絵葉書にでもすれば、もしくはSNS上にアップロードすれば注目を集めそうな光景だろう。可愛らしい少女が二人、花冠でも作っていればそれだけで物語ができそうだ。
 しかしそれは、ここが春うららかな日差しが降り注ぐ長閑な土地であったならば、だ。

「……」
 花畑を前に女性が一人佇んでいた。一見少女と間違えそうな面影と背丈だが、その佇まいと雰囲気から少女の時代などとうに過ぎているとわかる。
 彼女は花畑を前に笑みをこぼさない。真顔を貫いているが、そこから不快感を滲ませているのがわかる。不思議なのは怒りを見せてはいないところだろう。
 ぐるうりと辺りを見回せば辺り一面草、草、そして花。どれも白詰草ばかりだ。足を引けば葉のこすれる音が聞こえる。見下ろせば四葉のクローバーが目に入った。もう少し目線を上げれば一面に広がるのが四葉ばかりだということもわかる。それに違和感があるということも。
 大きく息を吸い込めば水気を含んだ草の匂い、郷愁を連想させる花の匂い……は、一切感じなかった。
「白詰草について知ってることだけがここにある、って感じね……」
 吸い込んだ息を整えるように彼女はため息を吐く。綺麗な花畑を前に情のかけらも出ていない。彼女の目には、同じ写真を何回も写して焼き付けた合成画像のようにしか見えていないのだろう。
 ため息を吐いていた顔が上がる。もう一度見渡して花畑を確認した。地平線の彼方まで広がる緑と白の絨毯。折れたり踏みつけられたりはしていない。
「人間が入った跡はなし……と」
 それだけは彼女が安心できるところだった。
 そして、改めて向き直る。

「いい? “ここは花畑じゃない”」
 彼女がそう言ったとたん、花畑は消えた。

 煙のように溶けて消えたわけではない、文字通り「消えた」のだ。例えるなら映画のカットシーンの如く。後には葉の1枚も、花弁の一つも落ちていなかった。
 そこに広がるのは、とある住宅地の風景。寒波を呼ぶ北風が音も立てずに通り過ぎる、彼女にとっては見慣れた冬の光景だ。
「白詰草が好きだったのかしら……ここで何かあって死んだ誰かさんが、好きな花に化けて出てきたのでしょうけど……」
 残り香も漂っていないコンクリート道に仁王立ちしたまま彼女は呟く。
「でも残念、草花は人間の気持ちなんて知らないわ」
 知る必要がない、といったほうが正しいだろう。
 草花は元より体の仕組みが動物とは違う。それらは生えて、咲いて、実を結び、未来永劫子孫が続けばいいだけなのだ。ある意味合理的ではあるのだが。
「見た目が綺麗だから、人間はよく身代わりに使うけどね……花言葉、だったかしら」
 見知った人間が教えてくれたことを思い出す。自分を「シロ」などと勝手に名付けて呼んでいる、物書きの男。
 そんな彼が言っていた。人間は言葉を形にして送るために、花に意味を持たせて言葉を付加した、と。
「まあ、それも人間側だけの話」
 草花たちにとっては何の思いもないどころか思うことすらできない。
「花を身代わりにしても、大抵は弱くてすぐ消えちゃうわ。現に、私の言葉だけで消えてしまった……あなたに何の欲望があったか知らないけど」
 彼女にとっては人間の気持ちや理由は欲望と違いない。物書きの男がぺちゃくちゃと説明してくれたことがあったけれど、全く覚えていなかった。
 見えない誰かに向かってシロは笑む。
 同意や、ましてや同情ではない。
 それは勝利の笑いだ。
「やっぱり人間て気持ちが強いわねぇ……だからこそ、私たちが形にしやすいんだけど……勝手にヒトの縄張りを荒らした、あなたが悪いのよ?」
 他の場所だったら見逃してたのにねえ、そう言ってクルクルと喉を鳴らしてシロは笑う。それに呼応して、ワンピースの裾からはみ出る白く大きな尾っぽと、髪の間から見えている三角の白い耳を震わせていた。


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サークル名:夜半すぎの郵便屋(URL
執筆者名:能西都

一言アピール
ファンタジーや群像劇や怖い話など、好きなものを書いている個人サークルです。今回は、現時点で一番新しい作品『見えるヒト』から登場人物を一人引っ張り出してきました。短めに、しかしほんのり不思議さと空寒さを感じていただければ幸いです。

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