花を殺して儲けた話

 東はアルカタの果てにリライプという人型の花がある。人語を解し、声は美しい。二十一世紀末に、科学者が人間と花の遺伝子を混ぜて創り出した、「過ちの生命」の一つである。
 現代、二十三世紀となって、アルカタ地方は自然保護地域となっている。許可された物以外、誰も入れない。誰も出られない。アルカタに生まれた生命はすべてアルカタで死ぬ定めになっている。
 テルフィーザ056はリライプの花と育った。未だ、幼体時代の話である。
 二十三世紀の知的生命体は、人類、AIいずれも意識体と可動体を持つ。テルフィーザの父は人類で、意識体と可動体が分かれる前に生まれた最後の世代だった。父は六十九歳の時、記憶と人格を電脳世界に写して意識体となって、親からもらった肉体を捨てて金属とシリコンで作った可動体--古くはサイバネティックスボディとか、サイボーグとか、ロボットとかいうもの--に換装した。可動体は物理的に電脳世界に接続されていない物体を動かせる存在を指す。
 そして父は七十三歳の時、テルフィーザの母であるAIと恋に落ちた。AIである母は電脳世界で自分のDNAをデザインし、父のDNAと掛け合わせてテルフィーザの遺伝子をデザインした。
 電算機がテルフィーザの遺伝子が育つ状態をシミュレーターした。受精卵から胎児、幼児へ。脳細胞の成長が10歳相当になった時までシミュレーターした時、テルフィーザは知的生命体として法的に認められた。出生である。
 可動体へテルフィーザの意識は転送された。
 高い塔でテルフィーザは育てられることになった。リライプの花は、当時合法だった。母がプレゼントしてくれたものである。
 子供の成長のため、テルフィーザの育った子供部屋は木で作られていた。円形で、周囲は紙の本で埋め尽くされた図書館である。父の方針だった。真ん中にベッドがあって、地球儀と天球儀が飾られていた。リライプの花は、その横に置かれていた。
 花はそのままリライプと呼ばれていた。髪は花弁、白い顔に、目のような器官がついていたが見えてはいない。首から下はすらりとした女性の体だが、茎であって足がない。腕もない。肩の部分から葉が伸びていた。
 丸い天窓がついていて、リライプの花は光を浴びていた。テルフィーザはその傍らで本を読んで過ごした。リライプは時々歌ってくれた。天の声はこういうものなのだ、とテルフィーザは思った。
「天使って知ってる?」
 テルフィーザは訪ねた。リライプは体を揺らし、花弁を動かした。彼女の声は花びらの振動である。
「……テンシ?」
「神の御使いなんだって。きっと、リライプみたいなんだよ」
 花は笑った。花びらの振動は空気を揺らして温かい音を立てた。やがて、テルフィーザは学校に行くようになった。電脳世界だけで完結しないよう、学校に10年通うのが当時の決まりだった。帰宅すると、リライプは歌った。
 やがて、リライプの花弁が、ひとつまたひとつと落ちるようになった。はじめはただ生え変わるだけだったが、萎れて消えていった。
 テルフィーザは学校を休んだ。あらゆる手段を講じても、リライプを生き延びさせるすべはなかった。意識を電脳に移そうとしても無駄だった。花には、簡単な応答をする機能しかなく、意識というものはなかったのだ。
 そしてリライプは枯れた。
 テルフィーザは、リライプを故郷に返してやろうと誓った。アルカタの地である。自然保護地域だったから、保護官になるしか手段がなかった。5000倍の確率である。テルフィーザは突破した。
 保護官となっても、最初からアルカタに行けるわけではなかった。サスン・レイ、カラスティーイ、合ハイ・ハイ合、保護地区はあまたあった。月にも、木星にも、外宇宙にも。
 アルカタに転属希望を出して20年、願いがやっと叶った。凍結保存しておいたリライプを、テルフィーザはアルカタの大地に埋めてやった。
 アルカタは緑美しい自然の大地だった。かつて、放射能汚染地域だったため立ち入りが禁止され、自然が残ったのだ。二十三世紀となっては放射能など箒で取り除けるから、アルカタも放射能など残っていない。
 かつてからずっと住み続けた種族が三百名ほど残っているだけだ。意識体でも可動体でもない、純血のホモ・サピエンスである。彼らは貴重な最後のホモ・サピエンスとして、アルカタで保護され続けていた。
 アルカタの人類にはネットはない。電気すらない。自然を守るためである。法律で、彼らには十六世紀より先の技術を与えてはならないと決められている。保護官であるテルフィーザも、9割が有機体で作られた可動体で活動しなくてはならない。
 偽名は田中八郎左衛門行長、身分は伊達藩の浪人である。
 かつて、人類が肉体から可動体と意識体に進化するとき、進化を拒否した人々がいた。その生き残りがアルカタに住む人々の祖先である。彼らは自然回帰を唱えてアルカタに閉じこもり、300年鎖国して平和を守った江戸時代の日本を手本として生活していた。アルカタとは、日本語で「或る方」なのだそうだ。
 テルフィーザには全く理解できない。ただ、花の故郷としてアルカタを愛していた。人里離れた場所で、リライプの墓を訪ねた。
 森林で、芽が出ていた。ゆらゆらと、花が笑っていた。
「……リライプ!」
「リラ?」
 花々が答えた。「リ・リ・リラ。リララ。ライ・ライ、ラララ……」
 群生する花々は歌う。再生したのだ。保護官であるテルフィーザの知識は違うといっていた。もともと、リライプの群生地である。この花は別にリライプの子供でもなく、ただ土着の花である。
 それでもリライプだった。彼は侍の格好をしたまま、群生地に通いつめた。後をつけるものにも気づかず。
 破滅は半年後だった。リライプの花は、根こそぎなくなっていた。密猟者の仕業である。
 テルフィーザは怒り狂った。あんな美しい花を、どうして殺すなどできる。人非人の仕業だ。それ以外の何者でもない。
 日本刀をぶら下げて、保護官たちは密猟者を探した。山奥に住む一家だった。木こりを営む吉三という男が犯人だと突き止めて、テルフィーザは踏み込んだ。
「保護官だ!自然保護違反で逮捕する!」
 粗末な木でできた囲炉裏端にいた、金髪の男が振り向いた。報告書では三十二だが、六十にも見えた。彼は見事な所作で正座をした。
「……煮るなり焼くなり好きにしなせえ。この吉三、逃げも隠れもしませんぜ」
 目の底に澱んだ光がある。テルフィーザは蹴りつけた。
「綺麗事をいうなっ!今更謝っても誰が許されるものかっ!」
「ゆるす?」
 吉三は笑った。「御冗談を。誰に許しなどいりますか。あの花を売っぱらったおかげで、娘はこのクズみてえなアルカタから外に出て、あんたのようなまっとうな人生がおくれます。そのためなら私の首の一つや二つ、喜んで差し上げましょう。さ、どうぞ。保護官さま」
「……!」
「アルカタの人間がなにも知らないと思ってんですか?みんな、知ってますよ。あたしらは見世物小屋の見世物だ。外の人らは、みんなあたしらを保護して、みせもんにしてるんでしょう?
 そんな人生、まっぴらですね。せめて子供だけでも外に出して、普通の人生を送らせてやりたいんです。
 そのためなら花の一つや二つ引っこ抜くなり、絶滅させるなりしますよ」
 テルフィーザは暴れ狂った。一緒に来た保護官が羽交い締めにして止めた。吉三は犯罪者として処分されたが、娘の行方はとうとうわからなかった。
 噂ではその娘は、リライプに似ているという。


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サークル名:ANOVEL(URL
執筆者名:さはらさと

一言アピール
ファンタジーとかSFとかいろいろやってます。

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