桜ちゅんちゃん、花ラッパ
寒空の下、公園で佇む。 かさり、音がした。枯葉が動き、ちょこんと姿を表した。 ふくら雀。それも一羽だけじゃない。たくさんいる。落葉にまぎれて、全体で何羽いるのかはわからない。
頭の茶色は、私の髪色に似ている。白い首巻きをつけているよう。私は知っている、ほっぺたの黒の部分、あそこに耳が隠れている。喉元の黒い線は、さながらネクタイか。茶と黒、少しの白が織りなすマントはお洒落だ。それに、今にも転がりそうなまぁるいフォルム。ほわほわの毛。私が好きな鳥、ちゅんちゃん。ここは北里公園だから、君たちは『北里ちゅん』だ。略して『きたちゅん』でも良いだろう。
かわいい、と声に出すことは控えた。あの真剣な眼差しを見よ、それどころじゃないとわかる。季節は二月、秋の実りも底をつく。彼らも必死なのだ、危険を顧みず地に降りるしかないくらい。ずっとうつむいて、辺り構わずつついて、木の葉の裏を探っている。
一羽と目があった。わかりました、もう行くからね。なるべく音を立てないよう、緩慢な動きで席を経つ。取り込み中の彼らを、驚かしてしまわないように。明日は雨が降るという、この頃の冷たい雨は、彼らにとってどんなに辛いだろう。悲しくなる。
けれど三寒四温、温かい日だって徐々に増えている、だからね。一緒に春を待とうね。
朝、白い息をつきながら出社する。まだ日がのびてきただけましかと思う。あと、北ちゅんのさえずりが、私を元気づけてくれた。見あげれば、いる。電線にちゅんちゃんの影。見送ってくれているようにも思う。
月が変わり三月、突然入った出張先はなぜか水族館。なぜかスーツ姿で、カップル達が闊歩するなか早足で通っていく。正直気まずい。
仕事なんだからと割りきろうとしても、考えてしまう。どうせ一緒に水族館に行ってくれる彼氏なんかいないくせに、と現実がうるさい。まあ、一人でも平気で水族館に行けてしまう経験者なんですけれど。海岸で頼まれて、カップルのツーショットを撮ってあげたのだって二回連続で続いた。一人で回るというのも、自分の興味に向き合えて、良いんだけれども。でも、困ったことにだいたいいつも、そんな感じなのですわ。
ふと、ちゅんちゃんの声を聞く。歌っているような、甘いさえずり。今は三月、つがいで飛び回る子達だってよく見かけるようになる。ちゅんちゃんにとって、恋の季節なのだ。
ちょうど信号待ちをしていた私の目の前に、一羽飛びだしてきた。尾っぽをあげて、海老反りのような形で、ちゅんっと元気に歌いながら踊る。知っている、この子は男の子で、それで求愛のダンスをしているのだと。
ま、まさか。私に向かって?! そりゃあ、私は女の子ですけれども。いや、照れますわ。こんな目の前でずっと踊ってくださるなんて! イケメン! 雀の嫁入りならぬ、『雀に嫁入り』もありかもしれない!
いや、待て。そんなわけありまへんって、わかっていますけれども。ツツジの低木の陰からそっと覗いている、あの子が本当の求婚相手なのでしょう。それにしても人間の前にも関わらず一心不乱に踊って大丈夫なのでしょうか。女の子のちゅんちゃん、若干ひいてませんかね?
信号が変わる。大きな車が動きだし、さすがのちゅんちゃんも飛んで逃げていく。心惜しい、と思いつつ、歩を進める。あのダンスは、人間の私が見ても熱が伝わってきて、素晴らしい出来だった。女の子の方も、陰ながら気になって仕方ないように見えたし。あの調子なら、きっと彼らはこの町で結ばれるのではないか。そうであればいいなと思う。
三月末、温かい日が続き、北里公園が一気に色づいた。ソメイヨシノが、そろって花開かせたのだ。
花びら一枚一枚は、透きとおるように薄い、白に近いくらい。けれど青空に集まって咲くそれは、確かにピンク色なのだ。
花が揺れたと思えば、北ちゅんが顔をのぞかせる。満開を迎えた桜に、うずもれるちゅん。胸をふくらませ、桜の香りをいっぱい吸いこんで。目を細めて、うっとりご満悦の様子。
まさかたった数日で一面、ピンクの絨毯になるなんてね。昨年生まれの子達は、さぞ驚いていることだろう。くちばしの端が黄色い、それで一年目のちゅんちゃんだってわかる。ちょうど、桜の花に頭からつっこんで、しきりにごそごそしていたところ。甘い香り、花の蜜が気になって仕方ないようだ。
ちょっと歩けば、花ごといくつか地に落ちているポイントも見かける。上を見あげれば、そこにもちゅんちゃんが。口に桜をくわえて、直接蜜を吸っているのだ。さては美味しい方法に気づいたな、かしこいなと思う。ラッパを吹いているようにも見えて、可愛らしい。
人間の中には、花を散らすと腹をたてる人、ずうずうしいと思う人もいるかもしれない。けれど、考えてもみてほしい、彼らが乗りこえた冬の厳しさを。桜は花だけではない、葉を茂らせ養分を蓄える、夏の季節も必要だ。夏、その葉を食ってしまう害虫を食べてくれるのは、誰だ。この公園に住まう、彼らじゃないか。子育てついでに、害虫退治もしてくれる。そんなちゅんちゃん達だから、桜の花をちょっとくらい贅沢に食べたって、良いではないか。桜に包まれ、思い思いに過ごすちゅんちゃんを見守るのが、私は好きなんだ。
桜ちゅんちゃん、花ラッパ。幸せのおすそわけ。この春は、君たちのものだ。
サークル名:ひとひら、さらり(URL)
執筆者名:新島みのる一言アピール
私のツイッターのアイコン、桜の花びらがあります。また、髪色は雀に近い色をしています。心から大好きなちゅんちゃんをテーマにアンソロジーを書けて良かったです! 新刊にも野鳥好きの子が登場するよ