美の女神、海へ還る


  ルネサンス絵画の最高傑作の一つ、サンドロ・ボッティチェリの 《ヴィーナスの誕生》。そのモデルといわれた女性が、画家ボッティチェリに宛てた手紙には、とある真実が秘められていた。書簡体小説。他に、フィレンツェの人々の独白によって描かれるボッティチェリと、ルネサンスを代表するとある画家の物語『放蕩息子―シモーネ、フィリッピーノ、そしてジャコモの場合―』を収録。

 舞台は15世紀、ルネサンス華やかなりし時代のフィレンツェ。
 表題作『美の女神、海へ還る』は、まさにその鮮やかな時代を生きたとある女性の手紙によって紡がれていく書簡体小説である。彼女の名はシモネッタ・ヴェスプッチ。宛先は「ヴィーナスの誕生」の作者サンドロ・ボッティチェリである。ヴィーナスのモデルになったという彼女のボッティチェリへの告白は、まさに、死期を悟った一人の女性の遺言に過ぎないのだが、彼女が回想していく人生が、まさにルネサンス時代のフィレンツェの栄光そのものなのだ。眩しい時代の息づかいが、たった一人の女性の語りによって表現されており、実に巧みな作品である。
 同時収録されている『放蕩息子――シモーネ、フィリッピーノ、そしてジャコモの場合』もまた、登場人物たちの独白によって展開する作品で、これもまた技巧派な仕上がりである。問題はこの独白を聞いている「主人公」の正体なのだが、それは読んでからのお楽しみ。
 美術史が好きな方には垂涎ものの一作だろう。


発行:唐草銀河
判型:A5 32P 
頒布価格:300円
サイト:唐草銀河

レビュワー:唐橋史