a piacere


 a piacereのメンバーであるまりもさんの純文学作品『水底の部屋』と、同じくなのりさんのファンタジー作品『ランダルと妖精の森』を収録したアンソロジー。
 恩人の訃報を知り、かつて住んでいたスコットランドを目指す万里子。若き日の心の旅路を描く。(『水底の部屋』)
 自分を妖精だと名乗る不思議な少女と出会った騎士ランダル。やがて二人は恋に落ちるが、それは若者たちの悲恋の始まりだった。アイリッシュ・オールド・バラッドを原作にする御伽話。(『ランダルと妖精の森』

 『水底の部屋』は現代を舞台に、かつてスコットランドで暮らした女性・万里子が、恩人の訃報をきっかけにふたたびその地を訪れ、自らの青春を振り返っていく純文学作品である。まず作者の文章がとても澄んでいて、滞りがないのが魅力だろう。それがスコットランドの風景描写と相まって、あの北ヨーロッパの美しく澄んだ夏の様子を描き出す。日本とは違う爽やかな風の中で、変化していく万里子の心象風景は実に美しく、物語に没頭していくことができる。

 『ランダルと妖精の森』は、中世ヨーロッパを舞台にした王道のファンタジーである。ただしここにあるのは、いわゆるサブカルチャーとして消費されていくマンガやゲームのファンタジーではない。『アーサー王と円卓の騎士』を彷彿とさせる、古典文学にあらわれた騎士と貴婦人の悲恋の物語なのだ。さながらラファエル前派を思わせる内容で、まるでバーン=ジョーンズの絵のようで、遠い国の浪漫と伝説に浸ることができる。

 まったく趣向の異なる作品が収録された本書であるが、スコットランド・アイルランドのケルトの浪漫が詰まったアンソロジーといえるだろう。


発行:a piacere
判型:A5 63P 
頒布価格:200円
サイト:a piacere

レビュワー:唐橋史