アバル・アベレ・カイク・アジュルガ

「アバル・アベレ・カイク・アジュルガ」
「アバル・アベレ・カイク・アジュルガ」
「アバル・アベレ・カイク。アジュルガ」
「アバル・アベレ・カイク・アジュルガ」

この山村の彼らは何を祈っているのだろうか? 手を合わせ、握り、目を瞑って頭を下げる。畑で、駐車場で、公園で、庭先で祈りをささげる彼らの目の前には何もない。偶像も、お墓も、石碑も……

「アバル・アベレ・カイク・アジュルガ」
「アバル・アベレ・カイク・アジュルガ」
「アバル・アベレ・カイク・アジュルガ」
「アバル・アベレ・カイク・アジュルガ」

新興宗教、そうは見えても、そうだとしてもなんだか妙だ。彼らはひたすらに祈る以外に特別変わったことをしない。集会も無ければ説法もない。教えを共有する媒体も無ければそう言った会話もない。

小さなオカルト雑誌の編集部に属する記者の僕は
『とある山村には妙な宗教が流行っている』
というタレコミを受けてこの山村に訪れた。タレコミのメールに添付されていた写真や動画でなんとなく状況? 惨状? 現状? は把握していたが、何というか予想外だったのは『それだけ』だったことだ。

「アバル・アベレ・カイク・アジュルガ」
「アバル・アベレ・カイク・アジュルガ」
「アバル・アベレ・カイク・アジュルガ」
「アバル・アベレ・カイク・アジュルガ」

ただ祈るだけ、毎日昼の12時に祈るだけ、ただひたすら祈るだけ、徹頭徹尾祈るだけ、祈るだけ、大人も子供も男も女も老いも若いも祈るだけ、祈るだけ……
これじゃあむしろ、宗教というか『ただの慣習』という感じだ。その地域特有の慣習、風習、奇妙ではあるが……何というか……
「パンチよえぇー……」
奇妙ではあるが記事としてはなんだか弱い。『だからどうした』という感じだ。神仏らしい気配もないし、宇宙人やUMAと言ったものもなさそうだし、怪異譚と言う訳でもなさそうだ。

「アバル・アベレ・カイク・アジュルガ」
「アバル・アベレ・カイク・アジュルガ」
「アバル・アベレ・カイク。アジュルガ」
「アバル・アベレ・カイク・アジュルガ」

……とはいえ、とりあえず1つだけはっきりさせておこうか。
「アバル・アベレ・カイク・アジュルガ」
これはどういう意味を持つのか? そしてこれは誰が始めたのか?
もしかしたら裏には巨大な宗教組織や秘密結社の影が……あれば、いいなぁ?

と言う訳で取材開始だ。まずはあの村民に尋ねてみよう。
「アバル・アベレ・カイク・アジュルガ」
「アバル・アベレ・カイク・アジュルガ」
「アバル・アベレ・カイク。アジュルガ」
「アバル・アベレ・カイク・アジュルガ」
「あのー……何を祈ってらっしゃるのですか?」
「んえ?」
「あ、私、こういうものでして……」
名刺を差し出して反応を伺う。
「あぁ、記者さん? こんななんもねぇ村によく来たなァ」
なんもない? まぁ、なんもなくはないでしょうに。
「『アバル・アベレ・カイク・アジュルガ』って、どういう意味です?」
「あ? あー……考えたこともねぇべっちゃなァ」
「考えたことも、ない?」
「気付いたらみーんなこう拝むようなってたんだ」
気付いたらって……なんだそのハッキリしない返答は。
まぁいいや、質問を変えよう。
「これは、その……何かの神様に祈ってるんですか?」
「神様ァ? んなもんいねぇよォ。神社もお寺もねぇからなァ」
「なるほど……ありがとうございます……」
これ以上この村民に聞いても何も掴めそうにない。僕は頭を下げてその場を離れた。すると……
「アバル・アベレ・カイク・アジュルガ」
「アバル・アベレ・カイク・アジュルガ」
「アバル・アベレ・カイク。アジュルガ」
「アバル・アベレ・カイク・アジュルガ」

村民は祈りだした。あの妙な祈りを……
Q:『アバル・アベレ・カイク・アジュルガ』って、どういう意味?
A:知らねぇ。
A:わかんないねぇ。
A:皆言ってるけどよく知らない。
A:なんなんだろうね? 分かんないけど。

拉致があかねー……駄目だこの村。
「もう帰ろ……やってらんねぇわ」
『アバル・アベレ・カイク・アジュルガ』
意味は未だに分かんないし、なんで祈ってるのか分かんないし、何に祈っているのかも分かんねぇ。挙句祈っている村民たちも何も知らないという有様だ。
「おいおい、もう諦めんのかよニイチャン」
「当たり前じゃないっすか、何も分かんないし、そもそも分かったところで人畜無害そうだから記事にしたってパンチ弱そうだし……ってどなたです?」
見た目30代半ばのおっさんがにやにやと笑いながらこちらを見ている。
「『アバル・アベレ・カイク・アジュルガ』を調べてる奴がいる、って村の連中が言うもんだから、どんな奴が調べてんのか興味があって見に来たのよ」
はぁ、なるほど……こんな山村だから、余所者がいろいろ探っているのが目立ったらしい。まぁ、こういう田舎ならではの拡散力、ってやつかな?
「知りたい? 『アバル・アベレ・カイク・アジュルガ』って何なのか」
「……知ってるんですか?」
「あぁ、知ってるよ。だってアレ言い出したの俺だもん」

「アバル・アベレ・カイク・アジュルガ」
この言葉に意味なんかない。このフレーズにさえ意味はない。もっと言えばこのフレーズである必要もない。
ただ、この山村イチのマタギだったこのおっさんが、イノシシやクマに猟銃で狙いを定めて神経を研ぎ澄ませている時、つい、なんとなく、テキトーに口ずさんでいたのがこのフレーズ『アバル・アベレ・カイク・アジュルガ』だった。
「アバル・アベレ・カイク・アジュルガ」
「アバル・アベレ・カイク・アジュルガ」
「アバル・アベレ・カイク。アジュルガ」
「アバル・アベレ・カイク・アジュルガ」
繰り返し小声で口にして、集中していたのを村の同業者に聞かれたことがきっかけだった。
「『アバル・アベレ・カイク・アジュルガ』と唱えれば猟銃の腕が上がる」
なんて、根も葉もない噂が立ち始め、村のマタギがこぞってこのフレーズを口にするようになった。
「アバル・アベレ・カイク・アジュルガ」
「アバル・アベレ・カイク・アジュルガ」
「アバル・アベレ・カイク。アジュルガ」
「アバル・アベレ・カイク・アジュルガ」
それはいつしかマタギ以外の村民にも伝わり、集中力が上がるとか運が良くなるとか、長生きできるとか頭が良くなるとか、ハッキリ言ってデタラメ以外の何物でもない噂話となり、遂にはこの山村の村長が
「アバル・アベレ・カイク・アジュルガ」
と祈るようになってしまい、もはやどうにもできない慣習になった。
そこから先はもう枝分かれする木々の様に、神を、仏を、幸福を、豊穣や豊作を勝手に想像し、その想像が広まっては消え、消えてはまた現れて、それを繰り返して……最終的に残ったのは
「アバル・アベレ・カイク・アジュルガ」
と祈るだけの風習、慣習。たったそれだけが広まった。

「……ってわけよ」
『アバル・アベレ・カイク・アジュルガ』とは結局、たった一人の、なんとなくの口癖が独り歩きしただけのもので、神仏も宇宙人もUMAも怪異と言ったものもなかった。
でもまぁ、思えば、この世に広まる噂や都市伝説、宗教なんていうのはこんな感じで広まるのかもしれない。全部が全部そうではないんだろうが、それでもおおよそ、この巷で拡散される事象のきっかけなんてのは多分こんなもんだ。そう、こんな程度の茶番なんだ。
「なるほど、そうでしたか……」
僕は無意識に懐から取り出し、色々と書きこんでいたメモ帳を見返す。
そしてため息をつきながら僕はこう口にするのだった。

「間違いなくボツだな」


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サークル名:蛇之屋(URL
執筆者名:白色黒蛇

一言アピール
AmazonKindleを中心に活動している電書作家です! 今回も新作の小説を携えてまたまたテキレボ参戦!


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