imogine!帝国戦隊インカレンジャー

第四十二話 悪のドクター

「そこまでだ!」
「誰だ?」
 悪の科学者ドクタージョハンセンの目前に五色のポンチョがひるがえりました。
「皮も肉も赤く燃えるぜインカレッド!」
「クールな料理で綺麗に発色インカパープル!」
「なめらかな風味は栗のごとしインカのめざめ!」
「カロテノイドのお色気たっぷりインカのひとみ!」
「品種登録はされたけど栽培されないインカゴールド!」
「「「「「帝国戦隊インカレンジャー!」」」」」
 各々が決めポーズを取り、背後ではお約束の謎爆発が起こりました。
 戦いが劣勢と見るや、ドクターは持っていた秘薬を飲み干し、山をもしのぐ大きさになりました。
「ふみつぶしてくれる」
「合体!」
 レッドが叫ぶと、アルパカ、リャマ、テンジクネズミのメカがどこからともなく集まってきて、もふもふした巨大ロボになりました。アルパカとリャマは正直素人には区別が付きにくいので、合体してもあまりデザイン上の支障はありませんでした。
「地上絵投影、ハチドリショット!」からの「必殺・太陽神の力、マチュピチュビーム!」が華麗に決まり、とうとうドクターはビルを破壊しながら地に倒れたのでした。
「やった!」
「さあ、幻の岩塩ピンクプリズムを返すんだ」
 元の大きさに戻ったドクターへパープルが歩み寄りました。
「くくっ……こんなことで儂を追い詰めたと思うなよ、小僧ども」
 年老いたマッドサイエンティストは、傷のついた頬をぬぐい、口に笑みを浮かべました。
 ドクタージョハンセンは、その昔、大手ポテトチップスメーカーC社によってこの国に連れてこられました。自分の熱心な研究姿勢が認められた、立派なポテチになるのだと意気揚々とC社の仕事に取り組みましたが、収穫が少ない、保存できる時間が短い、さらには苦みを呈するグリコアルカロイドの含量が多いことから、実用栽培には至りませんでした。儂は捨てられたのだ、価値がないと存在を否定された。ドクターは世間を激しく恨みました。悪役らしく愛猫の「ジャガー」を膝の上で撫でながら、復讐を誓ったのです。ならば、食卓の安寧などこの手で乱してやる!
「かわいそうになあ、自分たちが何者なのかも知らずに『失われし文明の使者パパ』(註 パパとはアンデスの言葉でじゃがいもを意味する)の言いなりにただ戦って」
「何を言ってるんだ」
「教えてやろう、貴様らはなあ、芋だ芋だと言われているが、属性にイモなんて一文字も入っちゃいない、どこまでもいってもナス科なんだよぉっ」
「あんですって?」
 これはひとみによる故郷の山脈と驚愕の聞き返しを掛けた高度なギャグでした。
「ナスカ!」
 これはゴールドによる故郷の地上絵とナス科を掛けた高度なギャグでした。
「つまり、この前回の放送で倒した桃太郎(トマト)と俺たちは……仲間……?」
 生臭い返り血の匂いが蘇ります。うわああぁぁぁぁ、戦闘シーンでよく使われる採石場にインカレッドの咆哮が響き渡りました。

第四十三話 その名はインカ

 故郷から遠く離れた北の王国で、俺たちは帝国の名を冠している。
 その意味がわからない俺たちじゃないし、それに恥じない振る舞いをしてきたつもりだ。じゃがいもたちの食卓の安寧を守るため、俺たちインカレンジャーは『失われし文明の使者パパ』のもと戦ってきた。
 けれどその俺たちがナス科だったなんて――のみならず、同じナス科の野菜たちを日々打ち倒そうとしていたなんて。そんな非人道、いや非芋道なことがあっていいのか。どんな野菜ともグツグツ煮込めばでんぷんの旨みが染み渡る、煮崩れてもとろけて姿が見えなくなってさえ、私の旨みが残るなら――いつの日か男爵と交わした約束は――。
「インカレッド! しっかり!」
「レッド! ドクターの策にハマるな!」
 インカのひとみがお色気たっぷりに、インカパープルは冷静に状況を伝えようとする。しかし苦悩し続ける俺へ、ドクタージョハンセンはさらに畳み掛けた。
「儂の策? 確かにその通りだ、小僧ども。だがこれを見ても冷静でいられるかな?」
「何ッッ?」
「いま仕掛けるには時期尚早だがページ上の都合もある。え、〆切? やかましいわ、とにかく、来たまえ! 恐ろしき食卓の安寧の犠牲者――ポマトよ!」

第四十四話 ナスカのさだめ

 インカレッドの苦悩を、ポマトはどこか遠い気持ちで眺めていました。自分たちの身に誇りを抱き、それ故にその行いに苦悩する――そのこと自体が、ポマトには理解できなかったのです。
 ポマトはその名のとおり、じゃがいもとトマトの合いの子でした。しかし、ただの異種間同士の交わりではありません。じゃがいもの細胞とトマトの細胞――同じナス科とはいえ別々の種であるこのふたつの細胞を文字どおり溶かしあい作り出された新しい種族、それこそがポマトだったのです。将来を期待され生み出されたポマトでしたが、落し蓋をあけてみれば、どちらの長所も受け継がない半端者でした。じゃがいもでなくトマトでもなく、どちらにもなりきれず、食卓への道も閉ざされ、植物としても食物としても役に立たない、打ち捨てられた存在なのです。
「ぽ、マト……」
 インカレッドの目が極限まで見開かれます。インカパープル、インカのひとみも同じような有様でした。こんなときですがポマトはインカのひとみの目を綺麗だな、と思いました。ひとみだけに。
「さあゆけ、ポマトよ! 食卓にのぼれぬ儂らの怨み、とくと思い知らせてやるがいい!」
 かつて異国より連れてこられながらも、その特性により登録を抹消されたドクタージョハンセンが叫びます。
 ただこの体で生きているだけなのに――。
 こころの叫びが聞こえたかのように戦意を喪失した様子のインカレンジャーへ、ポマトは手にした支柱を無感動に振り下ろしました。

第四十五話 めざめるパワー

 インカレッドは自分の顔が青ざめていくのを感じていました。
「いけない、インカレッド……それ以上ポテトグリコアルカロイド(ソラニンなど)を増やしては……!」
 インカパープルが弱々しく呼びかけますが、そういう彼の顔も緑がかっていきます。もとよりパープルなのでわかりにくいですが、彼の体も毒に侵されつつありました。立て続けに明かされる衝撃的な事実に、じゃがいもの体は正直に、毒素を生み出してしまっているのです。もしもそれが喫水線を超えれば、ドクタージョハンセンやポマトらと同じ道を辿ることになるでしょう。平たく言えば闇堕ちってやつです。
「インカレッド……インカパープル……!」
 仲間に助けを求めたい、でも同じように苦しんでいる仲間に懇願するなんてという葛藤を滲ませながら、インカのひとみが呼びかけます。かわいい顔が歪んでいて、正直かわいいです。
「インカレッド」
 そこへ、ひときわ大きな声がかかりました。
「気をしっかり持つんだ、インカレッド」
「インカの……めざめ……?」
 春の薫風のように、インカのめざめの声が響き渡ります。不思議なことに、インカのめざめにはドクタージョハンセンの明かした衝撃の事実も、ポマトの身の上も、何程も影響していないようでした。
「ドクターとポマトには悪いけれど、ぼくはぼくのこの栗のようになめらかと言われる身の上を信じているからね。そんな話には、かけらも興味ないのさ」
「インカのめざめ、お前……!」
「イキらないで、インカレッド。君の情熱の赤はうらやましくもあるけれど、今は美味くないよ。君のその旨味は何のためにあるの? それをおめおめとポテトグリコアルカロイド(ソラニンなど)にされて、恥ずかしくはないのかい」
 ドクタージョハンセンとポマトに向き直り、インカのめざめはさらに言い募りました。
「すべての食卓をまもる! そのためには、幻の岩塩ピンクプリズムをお前たちに奪われるわけにはいかないんだ。お前たちの境遇はたしかに同情されるべき事案だ。だがだからこそ! ピンクプリズムで豊かになるはずだった未来を! ぼくは――インカレンジャーはまもる!」
 インカレッドはハッとしました。すべての食卓、それはじゃがいもだけではないすべての食材にかかわることなのです。それはつまり、ナス科にも。
「病苦に苛まれやすいその体で何を言う……! 貴様だとて、一歩間違えればこちら側であったはずじゃ! 身の程を知れ!」
 ドクターは諦め悪く吠えます。とても老体とは思えないバイタリティーですが、そこへさらに声が上がりました。
「それなら栽培されていない私はあなたとほぼ同類と言ってもいいでしょう――ですがお諦めなさい。このインカゴールド、あなたの言葉に惑わされたりはしない!」
 インカのめざめとともに三人の前に立ちはだかるインカゴールドは、品種登録はされたものの栽培されていない種でした。しかしその姿は堂々として、まるで南米の強い陽射しがさしているようです。
「小癪な――」
 ドクターは再度吠え、それに合わせてポマトは再び支柱を振り上げます。二人が衝撃に備えると同時に、あたりには一層大きな破壊音が響き渡りました。
「……?」
 いつまでも訪れない痛みに身動ぐインカのめざめとインカゴールド。ハッと目を見開く二人の前に、三色のポンチョが翻りました。
「ありがとう、インカのめざめ、インカゴールド」
「おかげでめがさめたわ!」
「ああ――目覚めだけにな!」
 インカレッドが気恥ずかしげに、インカのめざめに手を差し出しました。
「悪かったな、インカのめざめ。俺が未熟だったんだ」
「なんの。それがぼくの役割りさ」
 素直に自分の非を認めるところが赤い芋のいいところなのです。インカのめざめも微笑んでインカレッドの手を取りました。ここにだけアンデス高原の風が吹いているようなさわやかさです。
「さあ、仕切り直しといこう。ドクタージョハンセン。そしてポマト。決着をつけようじゃないか――!」
 四方八方からフラッシュが焚かれ、あたりはまばゆい光に包まれます。スピード感溢れるエフェクトを背景に、五人は揃ってポーズを決めました。


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サークル名:三日月パンと星降るふくろう(URL
執筆者名:雲形ひじき・文野華影

一言アピール
じゃがいも小説『The HiddenTreasure われは妹思ふゆえに芋あり』より抜粋。三日月パンと星降るふくろうはおいしいごはん、なんとなく切ない、 まったりした少し不思議な日々を物語にするサークルです。日本酒ぺろり散文集、担々麺レビュー本もご用意しております。


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