マスターのお嫁さん

「マスターさん、キレイなドレスがいっぱいありますよ」
「そうだね。どれがルチカに似合うかな。ゆっくり見ていっていいよ」
 今日はルチカと一緒に街のドレス専門店に来ている。というのも、他のみんなが街のパトロールや屋敷のことは自分たちに任せて、たまには二人でのんびり過ごしてきたらどうかと提案してくれたのだ。ルチカは屋敷の世話もよく見てくれている。それはボクもよく知っていて、たまには休みをあげたいなと思うこともあった。そこに他のみんながのんびりさせてあげようと言ってくれたのだから、ボクとしては渡りに船だった。
 ルチカは店内に飾られたドレスを目を輝かせながら眺めていた。普段のルチカは少し内気で怖がりなところがあり、たまにボクのことも避けてしまいがちなことがあった。それが今日は休みをもらったことで、彼女の方からボクを誘ってくれた。ボクの立場からしてこれを断る理由もなく、今日一日は彼女に付き合う心構えで事に当たっていた。ボクの手を引っ張ってどこへ行くのかと思ったら、このドレス専門店だったのだから、夢見がちな部分もあるルチカの性格をよく知っているボクとしては、これを眺めながら色々なことを想像するのが楽しいのだろうなと納得した。
「ウワァ。マスターさん、これ、とっても素敵ですね」
「ああ、そうだね。でも、これはなかなか着る機会がないだろうね」
 しばらくルチカの様子を見守っていたボクだったが、彼女があるところで視線を止めたのを見逃さなかった。そこには一際美しい純白のウェディングドレスが飾られていた。これを着て、女性は好きな男性と共に永遠の愛を誓い合うのだろう。それは、まさに二人にとって幸せの絶頂の瞬間であるに違いなく、そして大いなる祝福をもって迎えるべきものでもあった。
「いいなぁ。私も、こんなドレスを着てみたいなぁ」
 ルチカの視線はそのウェディングドレスに釘付けになっていた。これを着るということがなにを意味するか、それはルチカも分かっているだろう。となると、彼女は一体誰と永遠の愛を誓い合いたいと思っているのか。ボクとしてはその点が少し気になった。ルチカの結婚相手。それは一体どんな人物になるのだろう。
「あの、よろしければ試着なさってみますか?」
 そこへ、女性店員がルチカに声をかけてきた。ルチカがずっとそのウェディングドレスを眺めているのを見て、一定の興味を示していると判断したのだろう。ボクも、この店がそういうサービスをやっていることは知らなかったから、一瞬何事かと思ったが、すぐにそういうことかと頷いた。
「えっ? で、でも、私には大きすぎて着られません」
「大丈夫ですよ。お客様のサイズに合うものもご用意しておりますし、せっかくの機会ですから一度着てみてはいかがでしょうか」
 この手の押しが苦手なルチカは一瞬たじろぎながら断ろうとした。しかし、店員は引き下がることなくルチカに試着を勧めてきた。ルチカは少しの間迷ったような素振りを見せながら、結局店員の押しに負けて試着することにした。ボクをその場に待機させ、ルチカは店員と一緒に店の奥にある試着室に向かった。
 さて、とボクは考えた。ルチカのウェディングドレス姿なんて想像もしたことがなかった。それは当然の話で、今までそういう話すらしたことがなかったのだ。というより、その話ができるような関係ではないことはボクもよく承知していて、だから必然的にその話題から自分を遠ざけざるを得なかった。しかし、試着とはいえ、いざウェディングドレスを着るとなると、あるいはその話題から避けられないことになるかも知れない。その時に自分がどう応じればよいのか、今のボクにはこれだと言える自信がなかった。
 やがて、ルチカが店員と一緒に試着室から戻ってきた。その姿は、まさにこれから式に赴こうとする花嫁そのものだった。豪奢でありながら、それでいて華美になりすぎない装飾と、薄い半透明の純白のヴェールは、普段のルチカとはまた違った魅力を引き出しているように見えた。
「あ、あの、マスターさん。これ、似合っていますか? どこか、おかしなところとか、ありませんか?」
「うん、とてもよく似合っているよ。なんだか、本物の花嫁さんみたいだ」
 ルチカが緊張した面持ちでボクに尋ねてきた。ボクとしては別に不格好だと思う要素は一つもなかったから、素直に似合っていると応えた。すると、ルチカは嬉しそうに笑顔を浮かべてこれに応じた。やはり、女の子というのは、こういうウェディング姿に憧れるものなのだろうか。その意味では、普通の人間とは違う部分があるとはいえ、ルチカも女の子なのだなとボクは思った。
 と、その時だった。ルチカがウェディングドレスを着たままボクの隣に来た。そしてなにも言わずボクの腕を握りながらボクに寄り添うように身体を近づけてきた。普段はどちらかというと身体を触られることを嫌がる傾向にあるルチカが、自分からボクの身体に触れてきた。一体、どうしたというのか。ルチカの身に、なにかが起こったのか、あるいは起ころうとしているのか。普段着慣れないウェディングドレスを着ていることで、気分が少し変わっているのかも知れない。
「ど、どうしたの、ルチカ」
「私、マスターさんのお嫁さんになりたい」
 ふと、ルチカが漏らした言葉。それを聞いた瞬間、ボクの心臓の鼓動が一瞬高鳴るのを禁じ得なかった。その言葉に応える。それはつまり、ルチカと永遠の愛を誓い合うことに他ならない。しかし、それはボクには許されないことだ。何故なら、ボクはこのジルバラードの平和を守る『鍵』として彼女たちに見出されたのだ。ルチカを始め、彼女たちと共に過ごす日々は、同時にジルバラードの平和を脅かす魔物たちを退治するために必要なものでもある。
 そして、それは裏を返せばジルバラードから魔物の脅威が去った時、彼女たちと共に過ごす意味を失うことと同義でもある。しかし、その時、彼女たちは一体どうするのだろう。それぞれあるべき場所に帰ることを選ぶのか、それともボクと一緒にいることを選ぶのか。今は魔物たちと戦うためにボクと一緒に過ごしている彼女たちも、その使命を果たし終えれば新しい運命に向かって進んでいかなければならない。でも、もしその時に、今のルチカのようにボクとずっと一緒にいたいと言い出したら、ボクは一体どうすればよいのだろう。
 ボクは思わず、ルチカと平和な日々を過ごす光景を想像してしまった。屋敷の世話もよく見てくれているルチカのことだから、きっと面倒見のいい女性になることだろう。戦いから離れ、ボクと共に穏やかな日々を過ごすルチカ。ボクはそれも悪くないかも知れないと思ってしまった。彼女たちに『救いの鍵』として見出されるまで孤独な日々を過ごしていた自分が、どうしてこんなことに思いを巡らせたりするのだろう。それはもしかしたら、ボクも彼女たちと離れたくないと心のどこかで思っている証拠なのだろうか。
「どうしたんですか、マスターさん」
 急に黙り込んでしまったボクを見て、ルチカが心配そうな表情でボクの顔を覗き込んできた。それを見て、ボクはハッと我に返った。そうだ、今はあんなことを想像している場合ではない。こうしている間にも、魔物たちはこのジルバラードのどこかで、その悪しき爪を研いでいるかも知れないのだ。今のボクの使命、それは彼女たちと共にジルバラードの平和を守ることだ。その後のことを考えることなど、今のボクに許されることではない。
「あっ、ゴメン。大丈夫だよ。ちょっと、考え事をしていてね」
「そうですか。あの、マスターさん」
「んっ? なんだい、ルチカ」
「マスターさんは、私のこと、好きでいてくれますか?」
 その言葉に、ボクは再度心臓の鼓動が高鳴る感覚を抱く。確かにルチカのことは好きだ。でも、それは共に戦う仲間としてであって、今のボクが誰かに対して特別な感情を抱くことは御法度だ。それは他のみんなに対しても同様である。ボクにとって全員が大切な仲間であり、失ってはいけない存在なのだ。でも、もし彼女たちの誰かがそうは思っていないとしたら。今のルチカのように、ボクに対してなにか特別な感情を密かに抱いていることを口にしたら、ボクは果たして平静を保っていられるだろうか。
「もちろん、好きだよ。ボクがルチカを嫌いになるわけがないじゃないか」
「あ、ありがとうございます、マスターさん。とても嬉しいです」
 ボクはなんとか平常心を保って応えた。というより、そのように応えるしか今のボクにはできない、と言った方が正解に近かった。それに応じるルチカの表情は、言葉通りとても嬉しそうな笑顔に満ちていた。ルチカはボクに対して好意以上の感情を抱き始めているのだろうか。しかし、それが実るような関係ではないことは、ルチカも分かっているはずだ。それでも、彼女がボクに対して好きでいてくださいと言ったのは恐らく嘘でもなんでもなく、それが理解できているからこそ、ボクは彼女の思いと現実の狭間で苦悩してばかりはいられないと思うのだった。
 いつかは彼女たちの思いに応えなければならない。それがルチカにしろ、他の誰かにしろ、その時には自分も覚悟を決めなければならない。彼女たちを幸せにする責任。戦うために生まれた彼女たちに、それ以外の生き方もあるということを教える責務。しかし、今はまだその時ではない。ジルバラードから魔物の脅威が去るその時まで、自分は『救いの鍵』として戦い続けなければならない。それが自分に課せられた運命であり、それを全うしない限り、新しい運命が自分に訪れることはないのだ。
 ボクは自分に言い聞かせる。今の自分は戦士なのだ。彼女たちの思いに応えるにはまだ早い。そして、これからもジルバラードの平和を守るために戦うことを改めて誓うのだった。


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サークル名:徒然なる世界(URL
執筆者名:リュード

一言アピール
「ゴシックは魔法乙女」の中でも夢見がちで空想癖のあるルチカと主人公との交流を描いた物語です。劇中に登場するセリフ(というかこれをこっちで言わせたかった)も盛り込んでみました。さてどれでしょう。


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