予定調和バースデー

「やってしまった……」
 手にしていた冊子をそっと閉じ、私は静かに机に突っ伏した。読んでしまった。
 冊子の表紙には『トラクマ行進計画書』と記されている。なんだか楽しげな表題に興味を持ったのが運の尽き。そこに書いてあった内容が、まさか、まさか――、
「私の生誕祭サプライズの企画書だったなんて……!!」
 知っていたなら読まなかった。だが読んでしまった以上はもう戻れない。いや、気付いた時点で閉じれば良かったのだが、つい好奇心が勝ってしまったのだ。
「どうしてこんなものが書類に混ざっていたんだ……」
 机上に積まれた紙の束を睨みつけて私はため息をつく。
 普段は勇者として楽しく、もとい必要に迫られて戦いの日々を送っている私だが、一国の王子である以上は事務仕事も発生する。近頃は襲撃が頻繁で魔物も暗殺者も見飽きてしまったため、新鮮な気持ちでデスクワークに勤しんでいたというのに……。
――コンコン。
 執務室の扉がノックされる音に、私は慌てて体を起こす。とっさに冊子を引き出しの中に隠した。
「失礼します。仕事は順調ですか、ノルヴァリュウス殿下」
 扉から入ってきた長身の男性は、私の補佐官であり有能な魔法士でもあるカフュエイだ。
「え、ああ、ほどほどに順調だ!」
「確かにほどほどの進み具合ですね。根を詰めすぎても効率が悪いですし、その調子で励んでください」
「そう言うお前はずいぶん忙しそうだな。そっちこそ根を詰めすぎてないか?」
 彼の役職は補佐官だが、実際の仕事はほぼ私の専属護衛だ。しかし最近は、私が王城に居る間は傍を離れ、あちこち忙しなく駆け回っている。
「大したことはないですよ。生誕祭の準備が大詰めなので、各所の安全性の確認をしているだけです」
 生誕祭という単語にどきりとしつつも、素知らぬ顔で答える。
「そうか、皆頑張ってくれているんだな」
「この国の人間は本当に祭好きですね。年々派手になっていますよ」
 私の生誕祭ではサプライズイベントが恒例になっている。昨年の火の輪くぐりバンジージャンプも大層楽しかったのだが、安全性が問題になり、今年はカフュエイがそのあたりのチェックを担当しているらしい。毎年実行委員会が設置され、準備は秘密裏に進められる。そのため内容は私も当日まで知ることはない。今年は何が起こるのかと期待と想像を膨らませていたのだが……まさかいきなり答えを見てしまうとは。私が企画書を読んだと知ったら、実行委員会の皆がっかりするだろうな……。
「殿下、祝い事の準備は大変でも楽しいものですよ。主役も何も気にせず、当日を楽しみにしていてください」
 私の様子に何かを案じたのか、カフュエイが声をかける。その言葉に私の決意も固まった。
 私は……何も見なかった! 当日までに企画書の内容全てを忘れてみせようとも!

「ノルヴァリュウス様、本日はまことにおめでとうございます!」
 城下町の住民代表から手渡される花束。鮮やかな色彩のそれを受け取り、私は感謝を述べた。周囲から盛大な拍手が起こる。
 あれから一週間後。雲一つない晴天の下、生誕祭は始まった。
 さてここからの予定だが、まず今居る城門から馬車に乗り、城下町を時計回りに一周。その後、中央の時計塔広場にて式典が行われる――これが私に伝えられた『表向き』の予定だ。ちなみにカフュエイは同行しない。「何かあったら飛んでいきますから」と言っていたので、全体の警備を見渡せるよう、どこかで目を光らせているのだろう。
 しばらく行進が進んだタイミングで――事件は起こった。
 馬車の進路を妨害するように現れた二つの影。一つはクマ、もう一つはトラの姿の……着ぐるみだった。
「王子様、今日はおめでとうございます!」
「僕ら動物たちにもお祝いをさせてくれませんか?」
――来たな! トラクマ行進計画!
 かくしてサプライズ企画書の通りに事件は起こった。人間、忘れようと意識するほどかえって記憶は鮮明になるものだ。うん、全部覚えてる! だってトラとクマの着ぐるみで登場するからトラクマ計画って。覚えやすいにも程がある。
 こうなったら私にできるのは、初見のようなリアクションを努めることのみ!
「うわあ、何者なんだ君たちは」
 あ、ちょっと棒読み気味になったかな、加減が難しいな……。
 本来ならこのような不審者は即刻取り押さえられるはず。だが警備兵は一瞬うろたえたようにも見えたが、彼らを止めはしなかった。ということはまあ、そういうことなんだろう。
「王子様、さあこちらへ」
 クマに促された先にはこの国に生息する巨鳥エンクエスと、その大きな背に固定された一脚の椅子。この鳥車で移動するというわけだ。私は花束を抱え椅子に座る。御者席に腰かけたトラが手綱を握り、
「ではお空のお友達と一緒に遊びましょう!」
 その声を合図に巨鳥は真っ白な翼を羽ばたかせ、王都の空へと飛び立った。私の付けたバイザー型の仮面は風防の役割を果たしてくれるが、腕の中の花束は風圧で飛ばされそうだ。両手で大事に抱え直す。乗っていた馬車も往来の人々も、あっという間に眼下へ遠ざかっていった。
 鳥車は城下町の空をぐるりと周回し、時計塔の屋根に着地する。トラとクマの手によって私は椅子ごと鳥から降ろされた。
 足場も悪いし当然ながらかなりの高さだ。今年ちょっと趣向が子供向けなのでは? と少々不満もあったのだが、いざ始まってみるとなかなかスリルがあって楽しい。しかも企画書によるとこの後は大玉の花火が打ち上げられ、私はこの特等席からそれを鑑賞する手筈だ。高いところも花火も大好きだ。
「さて、私はどうすればいいんだ? 君たちがここでお祝いをしてくれるのか?」
 クマとトラに話しかける。花火にはまだ明るい時間だし、ここらでもう一イベントあったはずだ。すると二匹は顔を見合わせ「では後は……」「こちらは見張りを」と何事か囁き合って別行動を始めた。なんだろう、演出の打ち合わせなら事前にやっておいて欲しいな。
「お待たせしました王子様。これが僕たちからのプレゼントです!」
 こちらに近付いてきたクマはするすると器用に背中から何かを取り出した。
 それが剣だということ。そしてその刃が上段から勢いよく振り下ろされる――そう脳が判断すると同時に、私はとっさに受け止めていた。花束で。
 ガキン!! という金属音。およそ花束に似つかわしくないその音に、クマが戸惑いを見せる。もっとも着ぐるみは笑顔のままなので雰囲気の話だ。祭の最初に渡された花束には、念のため護身用の短剣が仕込まれていたのだ。ずっと丸腰というわけにはいかないからな。
 ところでこれは演出だったのだろうか? 企画書にこんなイベントは書かれていなかったはず……読む時ページ飛ばしたかな。
「ええと、この後の段取りはどうなっているんだ? 私が君を倒してしまっていいのか?」
 とっさにクマにそう尋ねると、クマの声が苛立ちを含み低く濁っていく。
「段取り? ええ、予定通りにいかないと困りますよ……」
「え、予定? すまない、私は何も聞いていないが」
 まあ聞いてはいないが読んで知っているけどな。でもそのことは内緒のはずで……あれ?
「おかげでこちらの段取りはめちゃくちゃだ! こうなったら勇者の命だけは、予定通りにもらって……うおっ!」
 ちり、と皮膚が急激な気温の上昇を感じた瞬間、竜巻のような熱風が下から吹き上げてきた。着ぐるみのクマを、そして見張りをしていたのだろうトラを巻き込み上空へと跳ね飛ばしていく。
 私はまたしても風圧から花束をかばいながら、屋根の下を覗き込んだ。
「殿下! ご無事ですか!」
 カフュエイが宣言した通りに『飛んで』きたところだった。音もなく屋根に着地する。
「うん、ありがとう。でもお前が倒してしまって良かったのか?」
「は? 何の話ですか?」
「演出の話だ」
 私の返答に、カフュエイは少し言葉を探すような素振りを見せる。
「殿下、申し上げにくいのですが、これは……」
 うん、そうだな……認めたくないからといって困らせてはいけない。
「ごめん、わかっているよ。私へのサプライズが敵に利用されたのだろう?」
 
 カフュエイの話によると、生誕祭の企画書が盗まれ、サプライズに便乗する形での襲撃が既に起こっていたとのことだ。兵達の働きにより敵の本隊は確保したが、残党が演出用の着ぐるみを奪って勇者へ直接の襲撃を行った。これが先の騒動というわけだ。
 私の書類に企画書が紛れ込んでいたのも、もしかしたら偶然ではなく、事前に企画を知っていた方が誘導しやすいという敵の策だったのかもしれない。

「私は……とても残念だ。せっかく皆が準備してくれた生誕祭が、悪用されて台無しになってしまった」
 大きな騒ぎも被害もなかったのなら上出来だ。そう言おうとしたのに、思わず本音が零れた。
 私は何も知らないまま今日を迎えて、最高の気分でサプライズを楽しみたかったのに。ずっともやもやしていた気持ちが、はっきりと形になってしまったのだ。
 静かに私を見守っていたカフュエイは、何を思ったか屋根に置いたままの椅子を運び、私を座らせる。
「よく見てください。何一つ台無しになどなっていませんよ、殿下」
 私の落胆を打ち消すように力強く響く声だ。一度その顔を見上げてから、私は言われた通りに前を向く。満身創痍の花束を腕に抱えて。
「主役は、ただ楽しんでいればいいんです」
 そこからたくさんのものが見えた。
 手を振って祝いの言葉をくれる民の姿、ずっと準備に奔走していた臣下達、大事なく敵襲を防いでくれた兵達の姿。それらは今日、目に入っていたはずなのに見えていなかったものだ。
 ああ、そうか。別に悲観するようなことなどなかった。私はただ楽しめば良かったのだ。
 事前に知っていたかどうかなんて関係ない。こんなにも多くの人が祝ってくれる――私の想像など軽々と越えた最高の誕生日は、目の前にあったのだから。

『予定通り』打ち上げられた花火は、朱に染まり始めた空で、とても眩く華開いた。


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サークル名: キノコ本舗。(URL
執筆者名:○まる

一言アピール
ファンタジーの世界観で小説・イラストを創作しています。コメディ寄りの作品が多いです。
アンソロの主従コンビのお話をテキレボで新刊として出す予定です。
戦闘狂勇者と過保護魔族がドタバタします。よろしくお願いします。


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