お願い、思い描いた未来を気軽に引き寄せさせて

「そこ行く高校生、良くない相が出ている。あたしが占いをしてしんぜよう」
 下校途中、空き地の前で在り来りな占い師の格好をした女性に声をかけられた。小さな台にかけられた紫色の足隠しの後ろに座り、フードを被った怪しい出で立ちの姿ながら声に聞き覚えがあり過ぎて誰だか秒でわかる相手は、厄介事と書いて武分と読む、最近俺に持ち寄ってくる超能力者たちの相談にしゃしゃり出るクラスメイトの女子だ。
 教室を出るときにはまだ中で女子仲間と談笑に耽っていたはずだが、いつの間に先回りされたのだろうか。特に息を切らせている様子もないが、どうでもいいか。
「いくらだ?」尚、財布の中には小銭しかない。「生憎、紙幣は一枚もない」
 誰とも知らない相手なら、素っ気なく占いなど要らないなどと袖にふるものだが、相手が致命的に悪い。彼女には住所も電話番号も就寝時間すら何故かばれてしまっているので、善悪問わずあらゆる手を使って、それこそ命すらかけてでも自分の好奇心を満たす目的を果たしにくる。故に躱す、逸らす若しくはカウンターで打ち据えるには高等技術を要する女だから、まずは誘いに乗り、適度なところで降りる。それがベスト対応だと俺は考える。
「お金なんて不要だよ林久」ちっちと指を振る。「確かにこの占い師コスプレセットを買い揃えるのに留学費用の貯金を叩いたけれど、生活に困窮するほどではない」
 この女正体を隠す気ゼロだな。それに留学費用に手をつけるなんて将来設計も投げてないか。知ったことではないとはいえ、思いつきの実行に執念すら感じ取れる。
フードの彼女と対峙する。今度は何を企んでいるのか、少しでもいい、思考を読みたい。それが世界も常識も侵食されない、誰にとってもストレスフリーな思いつきなら構わないのだが、大概録でもない。身を挺して世界を守る程の気概が、時に必要になるから困ったものである。
「それで?」俺は腕を組んで見下げた目つきで尋ねた。「台の上に水晶玉とタロットカードがあるけど、どっちで俺の運命を占いつもりだ武分」
「ん? 手相だ」呼んだ名前は否定しないのな。
「せめてどっちか使えよもったいない」
 がっくりして高そうな占い道具に目をやる。よくよくみれば水晶玉はただのプラスチックボウル、タロットはそれっぽいトランプだった。妙なところでケチったか、それとも予算が尽きたか。
 俺は覚悟を決めて、テーブルの前に用意された木の椅子に腰を落とす。足を少しだけ伸ばすと、足隠しの先の何かとぶつかった。
「あ、すまん」どうやら武分の脚を蹴ってしまった、と思ったが。
「なんの謝罪だ林久?」彼女は首を傾げた。違った様子、では何とぶつかったのか。
 占い師の格好の武分が机の上を片付け始めたので、隙をみつけて少しだけ足隠しを手で上げて中を覗いてみた。女性の足元を見るのは非常識とわかっていたがどうしても気になったのだ。すると。
「あ、」同じクラスの男子生徒の大原が、縮こまって隠れていた。彼は俺と目が合うと、人差し指を口に当てて、「しーっ」と黙るよう促してきた。了解、と目で合図して足隠しを戻す。手品のタネをショーの前に見てしまった気分である。
今回は恐らく、彼の超能力――どんなのかは見当もつかないが、それを使った企みと判断した。大原は優しい男だから、武分に面白半分にたぶらかされてしまったのだろう。
「それでは占います」姿勢を正した武分が両手を出した。「利き手を見せて下さい」
 清楚な言い方にどきりとしながら、俺は迷わず左手を出す。すると軽く手を払われた。
「君は右利きだろう、逆だ」
 知っていたなら最初から右手を出せと言え。
 渋々右手のひらを差し出すと、彼女はそっと手をとって、しげしげと見つめる。
「ふむ、女難の相がありありと」
「今まさにな」
 主に貴様のせいだよ。
「それから・・・・・・うん、不可思議な体験をしそうな予感がある」
「最近そうだな」
 学校の面々が続々と超能力に目覚めてきて困っている。
「おや、足元注意、と出ている。どういう意味だ?」
「この台の下に潜んでいる誰かさんに気をつけろということか?」
 大原も貴様の差金だろ、とっくに割れている。
「ふむ・・・・・・こんなところか」つまらなそうに武分は俺の手を離し、背を戻した。「もっと意外な、あわよくば驚天動地な秘密が覗けると期待したのだが・・・・・・それともあたしの想像力が足りなかったのかも」
 一人でぶつくさ呟き始めたので、俺は肩をすくめて言った。
「大した秘密もない平凡な人間で悪かったな。そもそも武分、お前なら俺の秘密なんてこんな意味不明で回りくどい手を使わなくても調べられそうに思えるが」
「随分と君はあたしを買いかぶるね林久」腰に手を当て胸を張る。「君の事なんて思考回路から行動原理、何から何までまるっとお見通しだと思ったら大間違いだ」
 普通にわからないと言えばいいだろうに。聞く方が疲れる言い回しだ。
「だから占い師になってみたのだが期待はずれもいいところだ」
「そうか、気が済んだのなら、俺は帰る」
 徐に立ち上がり、帰路につこうとした俺の腕は、逃がさんとばかりに掴まれた。
「というわけで、今度は君が体験する番だよ林久。ほらまだ帰らないで」
 相変わらず説明が圧倒的に足らないのは、敢えてこちらからの質問を待っているからだろう。一から十まで口頭で説明すれば五分も要らないだろうに無駄に勿体ぶった真似をしたがる奴だ。
「今までの状況から察するに」俺は予想を口にする。「俺の秘密を探るのは目的の半分に過ぎない。おそらくだが、占いが出来るようになる、そんな超能力を持つ奴を紹介したかったとか。たとえば机の下の誰かとか」
「概ね正解だ、やるな、花まるを授けよう!」うきうきとした声で採点された。「誤っているのは、彼が・・・・・・ああ、この下に潜ませている大原君の超能力が『占いの能力付与』に限らないことだ。それに足下に押し込んだのは二つ理由がある。能力を授ける相手が近ければ近いほど精度があがる事、彼が脚フェチで見ていると能力行使に集中出来る事。なお、脚であれば男女どちらでも構わないそうだ」
 いいのか変態性癖を暴露されまくっているぞ大原。
 そう思っていると大原が机下からのそりと出てきて、武分に耳打ちした。
「失礼、誤解があったようだ。脚であれば老若男女どころか二次三次人外、生足でも履いていても可、なんでもござれだそうだ。ストライクゾーンが実に広いのだな、素晴らしいフェチの鑑」
 今すぐ忘れてしまいたいほどどうでもいい補足だった。
「彼の能力が占いの能力付与だけではない?」強引に話を戻す。さもなくばフェチの話を永遠とされそうな気がしたからだ。「相手の力を強化するだけでも相当だと思うが」
「自分に付与できないという大きなデメリットがある分、なかなか興味深いぞ」武分は隣で直立する大原の腹をこつんと叩く。「本来の能力は『付与する相手が想像した職業の力をつける』という稀有なもの。平たく言えばなりたいものになれる力だ」
「凄すぎるな」本気で驚く。今までの使途不明瞭気味な能力者たちのそれとは明らかに違い、汎用度が高い。「願えばヒーローにでもなれるというのか」
「まさか」手を振って笑われた。「あくまで想像できる実在する職業に限られる。それも在り来りな・・・・・・たとえば公務員とか、介護士とか、政治家とか」
「ん?」万能のような能力のように思えたが雲行きが怪しくなってきた。「その例えた職だと、なれても働く場所とか資格とか必要じゃないのか?」
「職次第で資格は必要になるよ、そこは自力で取得しないと。あと、その職に要る知識も付与されないから、各自勉強して身につけなければ彼の力で得ても役立たない。職に必要な知識を学び、必要な分努力して資格試験を突破し、必要となる場所に就職をしなければ思い描いた成りたい自分になれない」
「えーと」俺は頭を抱えた。「ちょっと待て。何処いった超能力要素」
「想いを増幅する超能力に変わりはないだろう」と武分は言いながら、少しずつ首をかしげ始めた。「あたしはとりあえずノウハウ本買って本物の占い師に一週間講習してもらって基礎だけは身に付いたけど、でも確かに超能力が何処に効果あったかわからないな」
 もう少し早く気づこう、俺より頭はいいはずなのだから。
「ねえ、これでもかってくらいブースト出来ないのか大原君」隣の大原に八つ当たりし始める。「この際だから限界に挑戦してみようよ」
「でしたら、追加料金を頂くっす」大原はポケットから細かい文字がびっしり書かれた契約書を取り出して、机に置いた。「これまでの能力貸出時間での費用一万二千七百円に、プレミアムマキシマム特のせプランを加えると、合計税込三万六千円になりますが、宜しいっすか」
 武分はそれを聞いて硬直した。寝耳に水とばかりに顔が青ざめる。
「あー、あれ? お、お金をとるのでしたっけ・・・・・・?」
「最初説明しましたし、契約書にもしっかり書いてあるっす。知らないとは言わせないっす」
 どうやら彼女は能力をどう使うかばかり考えて契約を軽く聞き流していたようである。
「今回はお試しということで無料になりませんか」「ならないっす。今回も割引対象外と書類にきっちり明記してあるっす」「ツケには?」「知り合いの闇金融業者に来てもらうっす」
 彼女はますます生気を失い、まるで亡霊のようにふらりとこちらを向いた。
「その、林久。お金を貸してくれないか?」
「繰り返すが、生憎紙幣は一枚もない」
 無い袖は振れないのである。
「く、こうなったら奥の手!」覚悟を決めた顔になる。彼女はスマホを取り出すと、ワンタッチで電話をかけ始めた。
「あ、おじさま、お忙しいところ悪いのですが・・・・・・」

次の日、教室にて。
 何食わぬ顔で登校してきた武分に、何故大原からいともたやすく開放されたのか尋ねてみた。
「あたしの親戚に有能な弁護士とかお偉い議員とかお金持ちの大企業の重役員とか出かければ事件にあたる名探偵とか凄腕の始末屋がいるから、一生のお願いして助けてもらった」
 俺は始業直前の教室を見渡した。
「大原が来ていないのだが、一体どの伝手を使ったんだ?」
 武分は片目を瞑ってにこやかに言う。
「それは君の想像に任せるよ」
(了)


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サークル名:漢字中央警備システムURL
執筆者名:こくまろ

一言アピール
今回は前回に引き続き登場の、非日常を求める女の子と、安穏とした日々を送りたい男の子のお話。これらをまとめた新刊「限りなく近く極めて遠く果てしなく殺風景な世界の無難な過ごし方」を頒布予定!


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