未来を想うために

無限に広がるような鮮やかな草原の上に、比喩でなく少女が浮いている。
白衣をはためかせて、丸眼鏡を今直した……何故か三色に分けて染められたポニーテールに、それとは別の色で染められた前髪。ただものではない気配を放ちながら浮いている、のは。

「さあ、かかってこい。ボクを落とせぬようでは紫筑の未来が厭われる!戦え!この《最強大天才》と!」

紫筑大学第四学群異能対策科怪異学専攻ポストドクター、大日向深知おおひなたみちだ。
比喩でも何でもなく、名実ともに紫筑大学最強の怪異対策科実務班最強の女にして、最高の頭脳。天は二物を与えずとよく言うが、二物どころか何物与えたんだ?と神を問い詰めたいレベルの奇跡の子にして、破壊の天災。それが大日向深知だ。
能力者の集まる紫筑大学第四学群において、明らかに突出した能力と頭脳を持ち、五年も実務班班長を務めている時点で「頭がおかしい」。そして彼女はまだ十九歳なのだ。
その大日向深知が、なんのサポートもないように見える状態で、宙に浮いている。厳密に言うとこの時点で異能によりいくつかの能力が既に付与されており、それによって大日向深知は飛んでいる。

「……お困り申し上げますぅー!!なーにが厭われるだよカス!」
「カッコつけるくらいいいじゃないか。なにか不都合でもあるのか?」
「いや大アリだよ。新装具テストでなんでこんなバカ暴れる相手の相手させられてんの?クソか?」
「哀れだなぁ~」
「哀れむなら手を抜いてくれ!」
「断るね」

紫筑大学しづきだいがくは、この世界に三つある怪異対策専門の機関のうち、唯一通常の大学の形態を取り、一般学生と当該学生を区別せず一般教育を行っている大学だ。
だだっ広い土地と専門性の高い教員の多さにより、一般の学生からの人気も高い。そして何より、可能性があれば一般学部の学生も、怪異対策の育成候補として引き抜くことがある。
西村一騎もその一人で、一般学部に入学し、今は特待生として第四学群の学生になっている。
そもそも第四学群とは何か?という話だが、早い話が能力者の掃き溜めだ。この世界で一定の確率で生まれる能力者が、社会的犯罪を起こさないよう(もしくは利用されないよう)、保護し、教育し、己らが利用する。そのために存在している、唯一大学として認可を得た機関だ。他にも二つの機関が存在するが、今は説明を省略する。なぜならそれどころではないからだ。

「いやあ、飛ぶのに専用装備が必要な人間は大変だな!ボクなんか簡単なことだ、ボクが鳥になればいい。鳥じゃなくてもいい。今適切なものはなんだ?ボクは常にその思考を――」
「――うっせ!御託は結構!」

後ろからOKが出た。踏み切る。
Tシャツ一枚の上から、ベルトで複数箇所が固定された背中パーツと、靴の上から装着された脚部パーツをセットにした、異能対策科機械制御班謹製の、能力エネルギーを浮力、及び推進力に変換して自在飛行を(理論上)可能にした、まだ正式な名前すらない新型装備のテスト運転を任された一騎は呻いた。相手があの《最強大天才》だと知っていたらもうちょっとまっとうな状態で来たっていうのに!具体的に言うと昨日酒を飲んでぐでぐでになったので本調子とは言えない。
黒いインクが足元を汚して、そのまま糸を引く。勢いよく飛び立ったのを両手を広げながら姿勢を制御して見せると、下で見ている機械制御班の引きこもりたちから声が上がっているのが聞こえた。

「実務じゃねーやつらは気楽なもんだな」
「で、どうなんだ?それ。簡単なら考えてやらんこともない」
「いや普通にめっちゃむずいと思いますよこれ。ていうかあんたいらないでしょ」
「然り!今はボクの周辺だけ水辺にして浮力で楽をしている」
「もうわけわからん……」

下から聞こえてくる声を拾う。ひとまずの正常動作を確認したから、動画撮影の準備をしているのだろう。

「簡単だ!想像すればいい。想像すれば無敵だ。常に三秒後の未来を想え、そこに答えがある。だからボクは《最強大天才》なんだ」

バランス調整のために細かく手足を動かし続けている一騎と違って、深知は微動だにしなかった。
彼女は常に思考している。想像している。自分がひとところに留まって飛び続けられる生物だったら――そしてそれに当てはまる具体的な生物はどれか。《知識の坩堝・ご都合主義アーカイブマスタリ・アズユーライク》は、学びと強さが直結している能力だ。己が原理さえ完璧に理解してしまえば、何だってできる。極端な話、ここで核爆発を起こすことだって彼女には可能だ。それをしないのは、彼女が核融合反応などについて学ぶ機会を得ていないか、単に興味が無いからだ。表向きは生物科学研究科のポストドクターである彼女の引き出しは、もっぱらそのへんにいる生物だ。学名ひとつ唱えれば、途端にその生物の『欲しいトコだけ』抜き出して自分に反映させるから、as you likeなのだ。よくヤモリのように壁を全力疾走しているのを見る。
今度は遥か下からOKが出た。正直なところ謝礼目当てでこの実験に飛び込んだので、一騎も真面目にやらない訳にはいかない。というか、きっとお互いにそうだ。機械制御班にしろ、実務班にしろ、打てる手が増えることはいいことだ。飛行できることそのものが異能として認められてしまうからこそ、新型装備の開発が行われているのだろう。そして素で飛行できて、血気盛んで、謝礼で簡単に釣れるようなスケジュールの人間の該当者は、思いつく限りで目の前のチビメガネだけだ。

「《光をその手にラッキートリガー》使っていい?」
「ダメだ。紐付けられたのは《書き尽くす炎ライター・ライター》のほうだろ、下が想定してないと思うぞ」
「へいへい」

一騎は腰のポーチから専用の万年筆を抜く。これも機械制御班謹製の、戦闘に限りなく特化した、大型で持ちがいい装備だ。
《書き尽くす炎》は、あまり戦闘向きの能力ではない。工夫すればなんとか、といった程度のそれだ。《知識の坩堝・ご都合主義》も数種類は習得しているため、なんとか一人でも戦えなくはない、という程度でしかない。基本的に、紫筑の能力者たちは二人一組で補い合って戦っている。一騎の場合は、今組んでいる相方が激しすぎると言っても過言ではない攻撃型で、かつ飛行能力を持っている。そういう意味でも、新型装備を使いこなせるようになれればプラスにはなるはずなのだが。

「さあ来い。ボクは負けんぞ」
「いや端から勝つ気イズ無ですけどだって無理でしょこれ」
「諦めが早い!オマエは勝った自分すら想像できないのか?」
「うるせえ!むしろ負けた方しか想像できねえよ!」

下から拡声器を使った声がする。一騎は諦めて万年筆のペン先を出すことにした。手のひらで先端を叩く。ノック式にしてほしい、と頼んだのは、キャップをどっかにやったことが一度や二度ではないからだ。

『大日向さーんお願いなんで試作品壊さないようにお願いしますね……』
「任せろ。本人だけ機能停止させてやる」
「待って?」

ひゅ、と万年筆の先端が空を切る。
空中に紙でも存在しているかのように、一本、二本、と線が引かれていく。下準備だ。

「ハハハ!ボクの中ではオマエをめっためたのけちょんけちょんにするさまが想像できた!つまりこの勝負はボクの勝ちだ!」
「想像上のようにうまく行くかよ!俺だって実務班ですからね!」
「そうだ。その言葉を待っていた。この程度で終わるものならボクの部下としては認めがたい」

身構えた。深知が大きく腕を上げたからだ。そして、その光の中からぼんやりと現れ、ずらりと群れていくシルエットは、一騎の想像していたものとピタリと一致する。――ダツだ。
Strongylura anastomella。小魚の鱗で反射光に敏感に反応して突進してくる性質があり、人間に刺さると最悪死ぬため、深知はこの魚を好んで投擲武器にする。投擲というかもはや射撃武器の部類だが。

「マジじゃん……」
「ボクはいつだってマジだぜ?」

ぱ、と散った細かい光が放たれるのと同時に、能力で生み出されたダツたちが一斉にこっちを向く。そして飛びついてくるまでほんの僅か。

「――着火ファイア!」

引いていた線が、一瞬で壁になる。怒涛のダツラッシュを受け止めきって、その影から躍り出る。ダツが怖いので接近戦を仕掛けたいが、接近戦でも深知は強い。詰みか?
恐らく今の最適解は、と頭を回しながら、《書き尽くす炎》はペンを振る。

「……ペンは剣よりも強し、人は技能に置いてダツよりは強いッ!」

もはや何を言っているのやら、と思ったが、これが対大日向深知の日常だ。魚は網には勝てない、そういうロジックを組み立てるしかない。無法ロジックゴリ押し地帯にしてやるしかないし、相手も無法ロジックで攻めてくる。だから厄介だと言われるし、あまりに突飛に思えるロジックですら、彼女は強引に押し通してくるのだ。

「なら次はソードフィッシュと行こうかッ!」

ダツの壁と化したインクの壁の向こうで、また何かを呼び出した気配がした。
ソードフィッシュ、と聞いて分からないようでは、彼女には勝てない。推進力を上げて即座にその場を移動すると、案の定、ダツごと豪快にインクの壁を破壊した、――カジキ。Xiphias gladius。

「まさしく剣だ!なんかのゲームで実際になってたらしいしな!」
「今その話する!?」
「口頭だろうといつだって戦いさ!」

大日向深知はからからと笑っていた。
笑って持ち上げるのにはあまりにも不釣り合いな剣(魚)を片手に、次の行動を狙っている。いっそ機動力を活かして地面に叩きつけるのはどうか――だのなんだの、思考している時間が一番楽しい。そしてできることなら、実戦が起こらなければいい。

「よっしゃ」

――バキッ。
さらに推進力を上げようとした一騎の耳に、なにかあかん音が足元から聞こえた。

「あ」
「ん?」
「アッ嘘ちょっと機械制御班!ウッソでしょちょっとおぉおー!?」

背中分だけでは浮力が足りない、片足だけではバランスが取れない。見事な二重苦で落ちていく一騎を見、その下で救護用のエアマットを広げているのを見、深知は大笑いしていた。
空中戦闘機動が大多数に行き渡るのには、まだまだ遠そうだ。


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サークル名:まよなかラボラトリー(URL
執筆者名:紙箱みど

一言アピール
過激派過積載速度超過トラック(主な荷物:人外×人魚)最近架空の大学生がアツい。


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