狼は牙を研ぐ

エースコンバット7 2次創作


 ユージア大陸の遥か東、地の果てザップランド。
 その孤島に置かれたオーシア連邦国防空軍は第444航空基地、そこはとにかくまともじゃない場所だった。滑走路から基地内の装備に至るまで、多くが張りぼての偽物。敵勢力による襲撃に際して邀撃に上がる部隊も、本来軍刑務所に収監されているはずの囚人を集め、スクラップを改修した機体に乗せた懲罰部隊。しかも、大体はFCSをロックされて上がる欺瞞邀撃ときた。
 ――要するに、ここはただ敵の攻撃を誘引する為だけに存在する、正規部隊の弾除け。配置されている人員も、いつ砕けたとて構わない捨石という訳だ。
 その捨石たる顔触れも、詐欺、違法賭博、暴力事件その他諸々と、何がしかの罪によって前科のついた者ばかり。ろくでなしの見本市と言われても否定できない。
 そんな部隊の中で、一際とんでもない罪状の奴がいる。作戦中の誤射によって、元大統領を殺害したという大罪人。
 トリガーというTACネームで呼ばれるそいつは、大層な罪状に反して俺よりも十は若い――弱冠二十二歳の新米だった。そのくせ、自ら「オレはオレが『やっていない』と確信してる。周りはそうとは思わなかったが、だからって、それでオレの認識が変わるものでもないだろ」とどこまでも確信的に語り、少しも自分に科せられた罪状を気にした風がない。
 俺もその台詞を本人の口から聞いた当初こそ唖然としたものだけれど、今となっては疑う気もない。それどころか、逆に信じてさえいた。
 誰もが誰をも信じていない、一緒に飛ぶ僚機ですら味方と言いきれない――そんな部隊ですら平然と味方を守り、管制官の指揮に従って飛ぶ。それでいて、誰よりも戦果を上げる。
 あの罪状を押し付けられるに至るまでに、どんな事情があったのかは分からない。けれど、それほどの芸当をやってのける奴なのだから、きっと「やっていない」という自己評価も間違いなく真実なのだろうと。
 そして、そのトリガーの居場所と言えば、ここ数日すっかりある場所がお決まりになっていた。
「またここにいたのか?」
 そう言いながら夕日で赤く染まった格納庫に足を踏み入れると、お決まりの場所……いつも左手の壁際に放置されている折り畳み椅子に座っていた人影が、立ち上がってこちらに顔を向ける。
 少し伸ばした黒髪をうなじで括った、青い緑の眼の青年。よう、タブロイド。軽やかに俺のネームを呼んで、ひょいと手を挙げてみせる。
 異国の血が入っているのか、元々色の濃い肌は夏の日差しに焼かれて尚浅黒く、人懐こい笑顔を浮かべた面差しは男というより少年に近い。父親譲りだという童顔をどうにかしようと、似合いもしない顎鬚を生やしているのは涙ぐましい努力ではあるものの、現実的に機能しているかは大いに怪しいのが可哀想なところだ……なんて言うと拗ねるから、本人には言わないけれど。
「お前も飽きないな」
「やっぱ戦闘機乗りは戦闘機の近くにいると落ち着くだろ」
「お前は落ち着く為じゃなくて、作戦を練る為にここにきてるんだろ?」
 笑いながら答えれば、バレたか、とトリガーは肩をすくめる。
 格納庫の内部には、まだ自分の仕事に勤しむ整備員の姿がちらほら見られたが、こちらに注意を向ける素振りはない。彼らもどちらかと言えば、看守側の立ち位置だ。囚人である俺たちとは、必要以上の接触を持たない。
「少しは何か見えてきたか?」
 今日は珍しく空襲もなく、割合暇な一日だった。それを踏まえて問えば、トリガーは「どうだろうなあ」と煮え切らない答えで頬を掻く。
 俺たちは囚人であるからして、そのような無駄に費やす燃料はないと訓練も儘ならない。敵方の襲撃でもなければ、基地内の設備や敵の爆撃によって破損した欺瞞滑走路の整備に駆り出されるばかりだけれど、それでも日々多少の自由時間くらいは与えられていた。
 その自由時間になる度、こうしてトリガーが考え事に勤しむようになったのは、前回の作戦が発端だ。
 つい先日、俺たちは司令部の要請でザップランドを発って大陸の奥地へと向かった。偵察から帰還する正規軍の部隊を掩護する為だ。墜ちてもいいから偵察部隊を守れ、なんて散々な言われようで。
 味方の撤退ルートを確保して、後は彼らの通過を待つ――なんて呑気なことができればよかったが、そんな簡単な話はない。偵察部隊はあっさり敵の追撃に捕まって、あろうことか俺とトリガーで殿を務め、味方を逃がす羽目になった。それを命じられた時のゾッとした感覚は、今も忘れられない。
 けれど、トリガーは、そのこと自体は少しも気にしていないのだと思う。あのとんでもない無茶振りの中でさえ、口癖のように度々こぼす「オレはオレの仕事をするだけだ」という言葉、まさしくその通りに淡々と無駄なく飛んできた。こいつが気にしているのは、追撃に現れた敵の一機。
 ――翼端をオレンジに彩った、化け物じみた腕のSu-30。
 後で知ったことだが、そいつはトリガーにとって仲間の仇だったらしい。かつて親しかった同期のパイロットを墜とした仇敵。ただし、そいつは本当にとんでもない化け物で、うちの部隊で一番の腕を誇るトリガーでさえ、結局は仕留めきれず逃げを許したほどだ。
 以来トリガーは暇があれば、ここにきて、ひたすらに思索に沈んでいる。
 これまでに何度か、敢えて声を掛けないでいて、その現場を眺めてみていたことがある。椅子に座っていたり、床に胡坐をかいていたりと状況自体はまちまちだが、トリガーはいつも目を閉じて、じっとしていた。瞑想にも似たスタイルではあるものの、その裏で巡っているであろう思考を思えば、性質としては真逆だろう。
 瞼の裏に、仇の飛跡を思い描く。翼端がオレンジのSu-30の機体を思い出す。そうして、何度も何度もどうやって追い詰めるか、どうやって自分の牙を突き立てるか考えている。
 そうやって、この若き狼は牙を研いでいる。いつか仇を取る為に。自分に助けを求めながら墜ちていったという、今は亡き友の手向けの為に。
「色々考えるのもいいけど、もう夕飯の時間だ。食いっぱぐれたら、朝までひもじい思いをすることになるぞ」
「げ、もうそんな時間? マジか、呼びに来てくれてあんがと」
 慌てた顔をして、トリガーが足早に歩み寄ってくる。いつになく速い歩調は、それだけ腹を空かせているという証だろうか。
 二十二の若さに加えて、戦闘機乗りとしても大柄な体格はゆうに6フィートを超す。これで一食でも抜こうものなら、さぞ深刻なエネルギー不足に陥るであろうことは想像に難くなかった。
 加えて、俺とトリガーは寝起きに同じ部屋を割り当てられている。信じてついていくに足ると認めたエースが空きっ腹を抱えてしょんぼりしながら寝てるなんて、そんな締まらない光景は見たくないもんだ。
「寝てる最中に腹を鳴らされちゃ敵わないからね」
「オレもそれはやだな。めっちゃカッコ悪……」
 渋い顔をしたトリガーと並んで、格納庫を出る。眩いばかりの西日が差して、思わず顔をしかめた。オレンジの太陽が水平線の上にまだ残っている。
 ……オレンジ、か。
「そういや、今日の夕飯て何? 何か美味いもんある?」
 それかけた思考が、陽気な声が引き戻される。
「いつもの薄いスープと、後は何だったかな……。珍しくデザートがついてくるとか聞いた気がする」
「お、そりゃ楽しみ。なあ、タブロイド、あんた実は甘いもん苦手だったりしねえ?」
「残念、好きなんだ」
 にっこり笑って返してやれば、わざとらしく唇を尖らせて不満げな顔をしてみせるのがおかしい。本当に、つくづく囚人らしくない奴だ。
 見るからに善良で、喋ってみれば朗らかで。気付けば、俺もすっかり気を許してしまった。今や部隊で最も親しい相手、なんて認識しているくらいに。それが俺の独りよがりな認識でないといいのだけれど。
「しょーがねえから、デザートは諦めて飯にピーマンが混じってねえことでも祈っとくかな」
「好き嫌いはよくないぞ」
「好き嫌いしてもこんだけデカくなったから大丈夫」
「そういう問題じゃないと思うけどね」
 他愛ない会話を交わしながら、食堂への道のりを歩む。
 その最中でさえ、話せば話すほどに思う。こいつが何でこんなところに押し込まれたのか分からない。こんなところで燻らせておいていいはずはない。早くどこか、もっとちゃんとまともな基地に送り返してやるべきだ。そう思ってる奴だって、きっともう俺だけじゃないに違いない。
 ……なのに、人間ってのは本当に勝手なもんだ。
 早くどこかへ行かせてやらなけりゃと思うくせに、飛べる限り一緒に――同じ空を飛んでみたいとも思ってしまう。こいつの飛ぶところを、もっと見ていたいと欲が出てしまう。とんでもない矛盾だ。だから、そんなことは絶対に言わない。お前は、そんな風に思っていることを知らなくていい。
 いつかお前が自由に飛べて、その望みを果たせるように。そんな日が来ることを祈っている。
 もし伝わることがあるのなら、伝えるのはそれだけでいい。俺は到底お前には及ばないけれど。でも、だからこそ、それくらいの格好はつけさせてくれ。
「もしピーマンが入ってても、俺の皿に入れるのはナシだぞ」
「何で!? ひでえ! そういう意地悪はよくねえと思う!」
 それはともかく、作戦中にどんな無茶を言われてもそんな声を出したことないくせに、こういう時ばかり裏切られたみたいな顔と声をするのは止めなさい。ティーンの子供じゃないんだから。
「そんなしょんぼりした子犬みたいな顔をしても駄目だぞ」
「ご無体な~」


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サークル名:燎火堂(URL
執筆者名:奈木 一可

一言アピール
当日はエースコンバットZERO長編の後編と、エースコンバット7長編の1巻が発行されている予定です。後者は本作のトリガーが主体となって物語を追っていく構造となっておりますので、お手に取って頂ければ幸いです。


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