静かな世界に、想像力を


 〝静かだな〟
 〝そう……ですね〟
 〝なーんにも聞こえねぇ。……なんにも見えねぇ〟
 〝……えぇ、夜明けはまだ、当分先です。静かで暗い、闇の世界に、僕らはいるのでしょうね〟
 〝……若いの、いま何を考えてる〟
 〝別に、何も〟
 〝つまんねえ奴だな。何か、こう、想像力をはたらかせてみろよ〟
 〝特に……何も思いつかないんですよ〟
 〝こういうときはな、楽しいことを考えるんだよ〟
 〝そんなもんですか〟
 〝……そうさな、ヤクキメてキチガイみたいに踊り狂うとかよぅ〟
 〝よしてくださいよ〟
 〝……〟
 〝……〟
 〝いい女抱きてぇとかさ〟
 〝セクハラですよ〟
 〝俺のガキの頃、実家にゃ後家の女中がいてよぉ、親父の妾でもあったんだが、これがいい尻でな。俺も青姦で後ろからヤッちまって。親子で穴兄弟ってシャレにもなんねぇや〟
 〝ノーコメントで〟
 〝へへ。……そうだよなぁ、おまえらイマドキの若いのは、考えもしないだろうなぁ〟
 〝……〟
 〝……〟
 〝……どうだい、つまんねぇ世の中だとは思わねぇか〟
 〝いえ、別に。僕らはこの時代に生まれ育ったので〟
 〝つまんねぇよ、俺は、よ。俺らの若い頃は、もっと……こう……あぁ、こんな重っ苦しい世の中ぶっ壊して、暴れ回ってみてぇんだよ。革命だよ。抵抗だよ。天安門だよ。安寧を貪る腐敗した体制に怒りの鉄槌を下さねばならんのだよ。立てよ国民! 奴らを虚飾のエデンから引きずり出せ! 断頭台に送れ! 十字架に磔にせよ!〟
 〝私刑は犯罪ですよ。僕を巻き込まないで下さい〟
 〝……〟
 〝……〟
 〝あぁ、つまんねぇ時代だ。変えなきゃダメなんだ。若いモンに動いて欲しいんだ。わかるだろ、俺にはもうできない。俺はカタワなんだよ。いざりなんだよ。もう立ち上がれもしねぇんだ。あぁ、もう目も見えねぇ。めくらだ。耳もダメだ。つんぼだ〟
 〝……隊長、もう、充分です。ありがとうございました〟
 〝……そうか〟
 〝ヘリの音が聞こえます。……隊長のおかげです〟

   ○   

 ───思考をそのまま他人に送る新技術「ブレインキャスト」が開発された。人工的にテレパシーを実現したのである。
 複雑な手順や手術は不要、デバイスをイヤホンのように耳にかけておくだけで、自動的に脳波を読み取って電波に変換し、公衆回線に乗せて送受信できる。
 通信対象も自在で、特定の人や、一定のグループ、または世界中へ発信でき、同様に対象を選んで受信できる。つまりは文字や音声が不要なSNSとして認知され、その簡便さから瞬く間に巷間に普及した。

 しかし便利なテクノロジーはいつの世も悪用や濫用を生む。いたしかたないことである。
 やがて法規制がかけられた。主に電波を用いて多数に情報送信が可能な技術であることから、ブレインキャストは広義の放送とみなされ、放送法が基準となった。しかるに第三者機関として放送審議会が設立され、過去例を踏襲した放送コードが定められた。
 規制は、はじめはグローバルな通信のみが対象であった。サーバー上を通過する通信データから、コードに反する語彙を含むものを排除したのだ。あの手この手のポルノやプロパガンダの通知から解放された人々は、その措置に喝采を送った。

 だが規制の対象は、グループや個人に対する送信であっても受信相手の特定や所在地の確認は困難で、送信範囲が一律に定まらない、という理由から、すべての通信へと拡大していく。
 また、裁判の証拠として開示を求められるケースが増えた結果、データの排除でなく隔離へと対処が替わり、いかなる通信でその語彙が使用されたか、記録・蓄積がなされるようになった。人々は、それが必然であろうと納得して受け入れた。

 加えて、違反しても罰則はなかったものが、実効性がないと批判にさらされて追加され、時を経るごとに強化され、…………
 それでも人々は、いったん手にした利便性を手放せるものではないのだ。

   ○   

 ヒマラヤ山中。遭難した登山隊。生存者は二名。悪天候が何日も続いて進退窮まり、ビバーク地点に釘付けになっていた。
 若い隊員は比較的体力が残っていたが、もうひとり、老隊長は四肢の凍傷が悪化して身動きが取れず、五感を失っていまわの際にあった。
 黒雲と吹雪を裂いて現れたヘリコプターが、サーチライトを照射し、彼らを雪景の中に抜き出した。搭乗者が、プライベート対象のブレインキャストを送信した。
 〝動くな! 我々は放送審議会だ。貴様らを、放送禁止用語を使用した放送法違反の容疑で拘束する。聞くに耐えぬ奸佞下劣な発言の数々許し難い、厳重な処罰を覚悟しろ!〟
 〝ログを確認してください、僕は関係ありません〟
 両手を上げながら返信を送り、それから若者は、静かに口を開いた。発声するのは、いったい何ヶ月ぶりだろうか?
 「山岳救助隊も匙を投げた天候だのに、彼らは───放送審議会の検閲部隊は、発信源を特定して、ここまで来るんですね。彼らの肥大した正義感に賭けた方がよいとは、まったく想像もつきませんでした。───隊長、まだ聞こえてますか?」
 老隊長から答えはなかった。彼は、処罰を拒むかのように、息を引き取っていた。

   ○   

 想いや想像力をすべて自在に伝えられる時代。それは、思考そのものが法と放送コードに縛られる時代。
 ───とても静かな世界に、吹きすさぶ風音と、放送審議会ヘリのローター音が響き渡る。


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サークル名:DA☆RK’n SIGHT(URL
執筆者名:DA☆

一言アピール


現代・SF・ファンタジー脈絡なく書いています。

 想像って単語を言挙げするのは好きません。今回のテーマは苦労しました。
 誰かに想像を伝える、または想像を求める行為は、少なからず「私が気に入ることを考えなさい」と強制する意図を内包します。ただただ無意識に自然体に想像していたいものです。


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